2021年12月8日
理化学研究所
山形大学
名古屋大学
広島大学
-X線偏光観測衛星 IXPE の打ち上げ-
理化学研究所(理研)開拓研究本部玉川高エネルギー宇宙物理研究室の玉川徹主任研究員、山形大学学術研究院(理学部主担当)の郡司修一教授、名古屋大学大学院理学研究科の三石郁之講師、広島大学宇宙科学センターの水野恒史准教授らの共同研究グループは、日本時間2021年12月9日(木)午後3時に、米国航空宇宙局(NASA)ケネディー宇宙センター(フロリダ州)から「X線偏光観測衛星IXPE(Imaging X-ray Polarimetry Explorer)」を打ち上げます。
IXPE衛星は、天体からのX線の偏光[1]を高感度で観測できる世界初の衛星です。激しい活動により、ブラックホール[2]や中性子星[3]などの極限天体からX線が放射されますが、IXPE衛星は観測例の極めて少ない「X線偏光」を捉えることで、誰も見たことがない新しい宇宙の姿を明らかにします。
偏光は電磁波の持つ性質の一つで、波の偏りを表します。雪面のような平面で反射した太陽光は、雪面と平行な方向に波が偏ることが知られています。スキーのゴーグルはこの偏光をうまく利用することでまぶしい光をカットし、風景をはっきりと見えるようにしています。それと同様に宇宙においても、X線を放射する天体の周りの物質や磁場の形状を反映して、X線の波が偏ると考えられています。IXPE衛星は、このようなX線の波の偏りを感度よく観測することで、ブラックホールに落ち込む物質の形や、ブラックホール周りの時空のゆがみ具合、中性子星の持つ強い磁場によってゆがめられた特異な真空など、これまでの観測とは全く質の異なるデータが得られると期待できます。
IXPE衛星は米国とイタリアによる国際プロジェクトですが、日本からも理研がX線偏光計[4]の心臓部である「ガス電子増幅フォイル[5]」を、名古屋大学がX線望遠鏡の「受動型熱制御薄膜フィルター[6]」を提供し、協力しています。また、プロジェクトには日本から20人を超える科学者や大学院生が参加しており、打ち上げ後の天体観測やデータ解析を通して「X線偏光天文学」の開拓に貢献します。
試験中のIXPE衛星 ©BallAerospace
背景
宇宙には、高エネルギーの電磁波であるX線を放射する天体が数多く存在し、ブラックホールや中性子星、爆発した星の残骸(超新星残骸[7])、ブラックホールから噴き出す宇宙ジェット[8]などが例に挙げられます。このような天体を観測し、研究する学問を「X線天文学」といいます。
X線は地球の大気を透過できないため、X線を放射する天体を観測するには、X線検出器を宇宙に持っていく必要があります。そのため、X線天文学はロケットや衛星に観測装置を搭載することで科学観測が可能になった1960年代に開拓された、天文学の中では比較的新しい分野です。日本では、宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所を中心に、衛星プロジェクトによる研究が継続して進められてきており、X線天文学は日本のお家芸ともいわれています。
X線の波の偏りである「偏光」の観測の重要性は、およそ60年前X線天文学が開拓された当初から認識されており、1970年代には実際に米国の研究グループによりX線偏光観測が試みられました。しかし当時は、観測装置の感度が十分でなかったため、観測できたのはおうし座にある超新星残骸「かに星雲」だけでした。
その後、X線観測の技術が大きく進歩し、2000年代から再びX線偏光観測の機運が高まり、玉川徹主任研究員らの共同研究グループを含め、いくつかのグループがその実現に挑戦してきました。X線の偏光はこれまでの観測で得られる情報(画像、時間変動、エネルギー)とは情報の質が異なること、また十分に開拓されていないことから、「X線天文学に残された最後のフロンティア」といわれています。
研究手法
X線偏光観測の開拓を目指し、日米欧でこれまで多くの研究が続けられてきましたが、本命と目されているのは、米国航空宇宙局(NASA)マーシャル宇宙飛行センターが中心となって提案し、2017年1月に採択された「X線偏光観測衛星IXPE(Imaging X-ray Polarimetry Explorer)」です。IXPE衛星は米国主導による米国・イタリアの国際共同プロジェクトですが、日本からも観測に欠かせない主要機器であるX線偏光計のセンサー部品「ガス電子増幅フォイル」とX線望遠鏡の「受動型熱制御薄膜フィルター」を提供しています。約5年の準備・建造期間を経て、日本時間2021年12月9日(木)午後3時に、IXPE衛星はNASAケネディー宇宙センター(フロリダ州)からスペースX社が開発したファルコン9ロケットに搭載され、赤道上空の高度600キロメートルを回る軌道に打ち上げられます。
X線偏光観測により、これまで観測できなかった宇宙空間での現象を新しい切り口で捉えられるようになります。例えば、恒星とブラックホールがお互いの周りを回っている連星系では、恒星から流れ出した物質がブラックホールに吸い込まれる際に、「降着円盤」というプラズマの円盤が形成されます。降着円盤はブラックホールに近づくほど高温になり、ブラックホールのそばではX線が放出されます。このX線の波は、円盤の面に平行な方向に偏っていると考えられています。つまり、X線の偏光を見ることができれば、どんなに性能の良い望遠鏡でも観察できない遠くにある円盤の構造が、まるでその場にいるように観測できます。
ブラックホールのごく近くでは、強い重力場やブラックホール自身の高速回転により時空がゆがめられることが知られています。それにより偏光にわずかな変化が生じるため、X線偏光を精度良く捉えることができれば、ブラックホール周りの時空のゆがみ具合やブラックホールの回転を観測できます。
ブラックホールと同様に小さな高密度天体である中性子星は、わずか半径約10キロメートルで太陽の約1.5倍もの質量を持ちます。一部の中性子星は、地球磁気の100兆倍以上の強い磁場を持つと信じられています。そのような強磁場中では、何もないはずの真空そのものがゆがめられ、磁場の向きにより光の速度が変化する特異な状態が実現されると考えられています。その中で、波の偏りがそろうことが予想されており、X線偏光観測により特異な真空が世界で初めて実験的に検証されることが期待できます。
ほかにも、偏光観測で磁場の向きを測定できるようになるため、星の爆発で形成された衝撃波[9]により、粒子をほぼ光速にまで加速するメカニズムなど、多くの謎が解明されるものと期待されています。いよいよX線天文学に新しい観測の扉が開かれようとしています。
軌道上のIXPE衛星想像図 ©NASA
NASAの第14号小型衛星として、2017年1月に採択された。全長約5メートルの衛星で、X線望遠鏡3台と、それぞれの焦点面に3台のX線偏光計を搭載している。X線天文衛星としては小型であるが、これまでのどの衛星とも違い、高感度のX線偏光観測に特化した世界初の衛星である。
今後の期待
IXPE衛星は打ち上げ後、宇宙空間で1カ月間、機能・性能評価を行った後、科学観測を始めます。世界初となる天体からのX線偏光の高感度観測では、これまでのX線天体観測の延長線上ではなく、全く質の異なるデータが得られるため、世界中の天文学者がIXPE衛星の観測結果を心待ちにしています。運用期間は約2年間を予定していますが、最初の数カ月~半年程度の観測で、多くの新発見があると期待できます。
IXPE衛星は2年間の運用が終わった後も、衛星の機能が維持されている限り、運用が延長されます。IXPE衛星が優れた成果を上げれば、さらなる観測の発展につながると期待できます。IXPE衛星が切り拓くX線偏光天文学をさらに推し進めるために、次世代のX線偏光観測衛星も日米欧および欧中の各研究グループにより計画されています。
関連情報
補足説明
- 1.偏光
電磁波の持つ性質の一つ。電磁波は電場と磁場が直交し、空間を伝わる波である。電磁波の偏光は、どの程度波が偏っているのかを表す「偏光度」と、偏りの方向を表す「偏光角」の二つの情報からなる。電球などから放射される電磁波は、電場があらゆる方向を向いて偏っておらず、無偏光である。 - 2.ブラックホール
太陽質量の30倍以上の恒星が、一生の最後に爆発した後に残される高密度な天体。強い重力のために、光さえも逃げ出すことができない。銀河の中心にも超巨大ブラックホールが存在しているが、その成り立ちはよく分かっていない。 - 3.中性子星
太陽質量の8~30倍程度の恒星が、一生の最後に爆発した後に残される高密度な天体。主に中性子からなる天体で、ブラックホールと違い、半径約10キロメートルの表面が存在する。一般に強い磁場を持つものが多い。中でも、100億テスラ以上の磁場を持つ天体は磁石星(マグネター)と呼ばれている。 - 4.X線偏光計
X線の偏光を捉えることができる検出器。目で見える光(可視光)は波としての性質が強いので、市販の偏光板でも容易に観測できるが、天体からのX線は波の性質が弱く、その量子性が強く見える(光子)ため、単純な偏光板は使えない。アインシュタインが光量子仮説により説明した「光電効果」を利用する特殊な計測装置を用いる。 - 5.ガス電子増幅フォイル
X線偏光計のセンサー部品として用いられる素子。X線光子を捉えた際にできる電子の塊を、その形状を保ったまま増幅できる、一種の信号増幅装置。電子の塊の形状に偏光の情報が含まれるため、このフォイルの性能がX線偏光計の性能を左右する。 - 6.受動型熱制御薄膜フィルター
X線望遠鏡用の受動型熱制御部品。宇宙空間では望遠鏡は激しい温度変化にさらされるが、このフィルターがあれば、その変化を抑えられ、ヒーターなどの電力消費も最小限にとどめることができる。 - 7.超新星残骸
星が爆発した後に残される残骸。星の爆発に伴って、まき散らされた元素が、プラズマとして淡く分布する。時間とともに広がっていき、数十万年程度で宇宙空間に消えていく。 - 8.宇宙ジェット
ブラックホールは物質を吸い込むだけでなく、その一部をジェット状に噴き出している。どのように物質を跳ね飛ばすのか、その仕組みはよく分かっていない。 - 9.衝撃波
音速を超える速度で物質が動くときに、その前方に発生する圧力の不連続面。宇宙では1cc当たり1個程度の原子が存在するが、その中を超新星爆発などで吹き飛ばされた物質が高速で動くと、前面に衝撃波が発生する。この衝撃波は、宇宙における粒子加速器の役割をすると考えられている。
共同研究グループ
IXPE日本チームコアメンバー
理化学研究所 開拓研究本部
玉川高エネルギー宇宙物理研究室
主任研究員 玉川 徹(たまがわ とおる)
研究員 北口 貴雄(きたぐち たかお)
榎戸極限自然現象理研白眉研究チーム
理研白眉研究チームリーダー 榎戸 輝揚(えのと てるあき)
山形大学 学術研究院(理学部主担当)
教授 郡司 修一(ぐんじ しゅういち)
名古屋大学大学院 理学研究科
講師 三石 郁之(みつい しいくゆき)
名誉教授 田原 譲(たわら ゆずる)
広島大学 宇宙科学センター
准教授 水野 恒史(みずの つねふみ)
大阪大学大学院 理学研究科
准教授 林田 清(はやしだ きよし)
中央大学 理工学部
助教 岩切 渉(いわきり わたる)
IXPE日本チームメンバー
東京理科大学大学院 理学研究科
大学院生 内山 慶祐(うちやま けいすけ)
(理化学研究所 仁科加速器科学研究センター 高エネルギー宇宙物理研究室 研究パートタイマーⅡ)
大学院生 武田 朋志(たけだ ともし)
(理化学研究所 仁科加速器科学研究センター 高エネルギー宇宙物理研究室 研究パートタイマーⅡ)
山形大学 理学部
プロジェクト研究員 渡邉 瑛里(わたなべ えり)
大学生 管 佑真(かん ゆうま)
山形大学大学院 理工学研究科
大学院生 寺島 政伸(てらしま まさのぶ)
大学院生 齋藤 耀(さいとう よう)
名古屋大学大学院 理学研究科
大学院生 柏倉 一斗(かしわぐら かずと)
広島大学大学院 先進理工系科学研究科
教授 深沢 泰司(ふかざわ やすし)
准教授 高橋 弘充(たかはし ひろみつ)
大学院生 张 思轩(ジャン・シシュアン)
大阪大学大学院 理学研究科
大学院生 朝倉 一統(あさくら かずのり)
日本からの貢献について
2021年4月23日プレスリリース「X線偏光観測衛星IXPEで紐解くダイナミックな宇宙」
研究支援
本研究は、科学研究費補助金基盤研究(S)「X線・ガンマ線偏光観測で開拓する中性子星超強磁場の物理(19H05609、研究代表者:玉川徹)」、基盤研究(A)「X線偏光観測による回転するブラックホールの時空構造の解明(19H00696、研究代表者:郡司修一)」、宇宙航空研究開発機構JAXA宇宙科学研究所小規模計画「X線偏光観測衛星IXPE(代表者:玉川徹)」、稲盛財団研究助成(三石郁之)、小笠原科学技術振興財団一般研究助成事業(三石郁之)、ウシオ電機株式会社寄付金(三石郁之)による支援を受けています。
発表者
理化学研究所
開拓研究本部 玉川高エネルギー宇宙物理研究室
主任研究員 玉川 徹(たまがわ とおる)
山形大学 学術研究院(理学部主担当)
教授 郡司 修一(ぐんじ しゅういち)
名古屋大学大学院 理学研究科
講師 三石 郁之(みついし いくゆき)
広島大学 宇宙科学センター
准教授 水野 恒史(みずの つねふみ)
機関窓口
理化学研究所 広報室 報道担当
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