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こんにちは、書評家の卯月 鮎です。つい20年ほど前まで、ロボットの二足歩行といえば、アシモがカクカクと歩く程度でしたが、最近は上手にバランスを取って歩くどころか、走ったり、バク宙したりするロボットも登場してきました。

 

コンピュータで作った表情も、昔はどこか不気味でしたが今はかなりナチュラル。ロボットが人間のように動き、コミュニケーションを取る時代が近づいています。そうなると人間とロボットはどこで区別するのか……。ワクワクと同時に怖さもありますね。

ロボット学の権威が語る人間の本質

今回紹介する新書ロボットと人間 人とは何か』(石黒 浩・著/岩波新書)の著者は、人間型ロボット研究の第一人者としてテレビにもしばしば出演する大阪大学教授の石黒 浩さん。『ロボットとは何か 人の心を映す鏡』(講談社現代新書)、『どうすれば「人」を創れるか―アンドロイドになった私』(新潮文庫)など著書も多数です。この9月にはアバター技術によって人々の可能性を拡張するというベンチャー企業「AVITA株式会社」も立ち上げています。

 

ロボットとの対話から見えてくるもの

石黒さんは本書の冒頭で、ロボット研究のふたつの役割を挙げています。ひとつはロボットを開発して人間に役立たせるという技術的側面。もうひとつは人間のようなロボットを作ることで、人間について知るという科学的側面です。

 

このようなロボットに関する学問を、石黒さんは「ロボット工学」ではなく、ロボットから人間そのものを理解する「ロボット学」として提唱しています。確かに、ロボットを人間に近づけるということは人間を見つめることにつながりますね。

 

第1章では石黒さんの代表的な研究である遠隔操作ロボット「ジェミノイド」が取り上げられています。石黒さんそっくりの顔をしたジェミノイド(ジェミニは「双子」という意味)は、国内外の会議で石黒さんの身代わりとして講演を行います。

 

遠隔地にいる石黒さんの声と顔の動きをコンピュータが取り込み、ジェミノイドが表情まで再現する……。講演では本人よりもジェミノイドのほうが人気が高いそうで、石黒さんは「自分のアイデンティティとは何か」という問題に直面し、「人間に酷似したロボットを開発することで、それにより人間を深く理解できる」と気付いたのだとか。

 

このあと2章と3章では、人と対話しながらサービスを提供するロボットや、実在の人物をモデルにしたアンドロイドなど、石黒さんが実際に携わってきたプロジェクトについて語られています。そして中盤以降は、本書のメインとも言える、ロボット研究から見えてきた“人間とは何か”が考察されます。

 

コミュニケーションの苦手な私が「なるほど」と思ったのは、4章の「自律性」。石黒さんが開発したアンドロイド「エリカ」は、人間に近い自律的な対話を目指したロボット。

 

エリカには主に5つの内部パラメータ、「気分」「対話相手への好感度」「自己開示の度合い」「わがまま度合い」「相手との関係性」が設定されています。また、対話の際には、常に相手の表情や動作、発話パターンを認識し、対話者が好意的に反応しているかどうかも判断しているそうです。

 

そして、自分も相手も気分が高まっているとわかると、より個人的な話題を提案するように。一方で、相手が対話に熱心でないときはエリカも次第に話さなくなり、うつむいてスマホを見る……。この章を読むと、人と人との関係性や相性がどのようにして決まってくるのか、その一端がわかるような気がします。

 

ホテルや高齢者向けの対話サービスロボットのメリット、夏目漱石などの偉人アンドロイドの製作方法、脳波で操作する「第三の腕」に見る人間の可能性……。その道の第一人者でありながら、石黒さんの他の本と同様に専門用語は少なめで、ロボットに関する最先端のトピックがわかりやすい言葉で説明されています。いずれ到来するであろう人間型ロボットと人が共生する社会はどうなるのか。人間存在について、哲学書のように考えさせられる一冊です。

 

【書籍紹介】

『ロボットと人間 人とは何か』

著者:石黒浩
発行:岩波書店

ロボットを研究することは、人間を深く知ることでもある。ロボット学の世界的第一人者である著者は、長年の研究を通じて、人間にとって自律、心、存在、対話、体、進化、生命などは何かを問い続ける。ロボットと人間の未来に向けての関係性にも言及。人と関わるロボットがますます身近になる今こそ、必読の書。

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【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。