NHKの大河ドラマ『青天を衝(つ)け』のVFX映像の制作過程や裏話、現場の様子などをご紹介するシリーズ企画。19回目となる今回は多重合成による富岡製糸場繰糸所のシーンについて解説したいと思います。
[青天を衝け] VFX編 | 激動の幕末をダイナミックに描く舞台裏 | 青天を衝けの世界 | NHK
© NHK
ミッション<19>「1式だけの繰糸器械を何度も撮影し、多重合成で富岡製糸場を再現!」
第31回『青天を衝け』の放送では、尾高惇忠や渋沢栄一、渋沢喜作たちが富岡製糸場の繰糸所内を見学するシーンが登場します。日本近代化の象徴ともいえる当時世界最大規模の富岡製糸場を描くにあたり、繰糸所内で工女たちが作業しているシーンは必要不可欠でした。しかし、現在の富岡製糸場内に残されているのは創業当時のものではないため、そのまま撮影することはできません。
▲現在の富岡製糸場繰糸所
また、当時の繰糸器械は貴重で現存するものも数少ないため、撮影のために数十式の繰糸器械を一箇所に集めることも現実的ではありません。そこで、繰糸所内の背景素材は富岡製糸場の現地で撮影した静止画をベースにマットペイントし、また、繰糸器械や工女、役者の演技はスタジオで別々にグリーンバック撮影をし、それらを多重合成することにしました。今回はその多重合成による富岡製糸場繰糸所シーンをいかに制作しているかをご紹介します。
両脇に並んでいる工女たちの作業風景大ロングカットは、このシーンではアングル違いの2カットほどありました。次の映像はそのうちの1カットのVFXブレイクダウンです。
▲富岡製糸場繰糸所VFXブレイクダウン
では、具体的にどうやってつくっていったかを説明します。まず、ベースとなるアングルを現地で演出たちと相談しながら決めます。
▲現地でのカメラアングルの検討の様子
カメラ位置を決めたら、PanasonicのGH5を使用して背景素材をHLG撮影しました。そこから不必要なオブジェクトをマットペイントで消していきます。
▲Photoshop作業画面
また、消すだけでなく、窓外に木々や建物を足すこともしています。SDRであれば白飛びさせてもあまり違和感はなく、問題なかったのですが、HDRとなると高輝度の範囲にも情報が残ってきますので、無理に白飛びさせるとHDRで視聴したときに不自然に感じてしまいます。窓外の建物は別のシーンで富岡製糸場の外観を3DCGで制作していましたので、カメラ位置を調整し1フレームレンダリングした画を使用しています。
▲3DCGによる窓外素材
前景はスタジオにグリーンバックを設置し、撮影していきます。用意することのできた当時の繰糸器械は1式だけでしたので、繰糸器械を引き枠にのせて位置を事前にシミュレーションした上で設置場所をずらしながら撮影しました。
▲スタジオ平面図でのプリビズ
▲プリビズ画像
20回以上繰糸器械や床を動かすため、撮影にはかなりの時間を要しました。その間、カメラが動いてしまうと位置が全て狂ってしまい最初から撮り直しになってしまうので、セイフティーコーンで囲い不意に人がぶつかることがないよう最新の注意を払いながら撮影しました。
▲スタジオの撮影の様子。カメラはセイフティーコーンで囲っている
スタジオの広さの都合で、ずらすのは8~9回が限界でしたが、最終的にはもっと奥行きのある画を想定していたので、それより奥は後処理でスケールを小さくして合成しています。
▲繰糸器械を簡易合成した結果
事前のシミュレーションどおりほぼ想定の位置に繰糸器械が並びました。床の継ぎ目はどうしても出てしまうので、マットペイントで描き直したものと撮影素材とを上手く組み合わせて目立たないよう処理しています。また、湯気や光線(ray)もHoudiniや実写素材を使い分けながら足して雰囲気をしあげています。
かなりの数の素材を読み込むことになるため、全て別々の素材として読み込むとNukeの挙動が重く作業がまともにできなくなってしまうため、スクリーンコレクションして重ねた素材を一度書き出すなど、段階ごとにスクリプトを分けて作業しています。
▲中間書き出ししたスクリーンコレクション素材
▲上記のスクリーンコレクションを作成するためのNukeのノードツリー。大量に素材を読み込んでいる
このシーンは先程紹介した多重合成以外にもいくつかのカットがあり、背景に繰糸器械や工場の壁や窓が映ってきます。役者の芝居に合わせてカメラ位置やアングルは決まっていくので、何十回と多重合成をするカット以外は現場で映り込む分だけ繰糸器械をずらして撮影したり、壁や窓は一部分だけセットで作り、カットに合わせて同じく映り込む分だけずらして撮影したりすることで背景のマットペイントが必要なカット数を最小限にしています。
▲撮影プランニングシート
▲背景として使用したセット。カメラアングルに応じて移動させて使用
▲完成映像
▲撮影映像
上記で紹介したカットの他にも、建物内部から撮影した想定のカットも制作しました。それらのカットでも繰糸器械を多重合成しています。
▲富岡製糸場繰糸所VFXブレイクダウン
今回は富岡製糸場繰糸所のシーンをご紹介しましたが、このように多重合成を駆使して視察シーンはつくられました。今後もNHKの大河ドラマ『青天を衝け』のVFX技術をたくさん紹介していきますので、ぜひ放送をご覧ください。(『青天を衝け』VFXチーム)
info
-
大河ドラマ『青天を衝け』
【放送情報】
NHK 総合 毎週(日)夜 8:00~/[再放送]毎週(土)午後 1:05~
NHK BSプレミアム 毎週(日)午後 6:00~
NHK BS4K 毎週(日)午後 6:00~総集編:2022年1月3日(月)NHK総合
午前 8:15~10:00 第1部(55分)・第2部(50分)
午前10:05~11:49 第3部(54分)・第4部(50分)
公式HP www.nhk.or.jp/seiten© NHK