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ポスト印象派を代表する画家といえば、誰もがゴッホとゴーギャンをあげるだろう。ふたりの画家は一時期、南仏アルルで共同生活をしたものの、関係が悪化してしまいゴーギャンが去った後にゴッホの耳切り事件が起こったことはあまりに有名だ。ゴーギャンはやがてタヒチに向かい、彼の地で多くの絵を描いた。ゴッホはサン=レミの療養所、そしてオーヴェル=シュル=オワーズで療養しつつも絵を描いていたが、一発の銃弾がゴッホを死に至らしめた。ゴッホの死に関しては、自殺説、他殺説諸説あり、アート史上の最大の謎になっている。

 

リボルバー』(原田マハ・著/幻冬舎・刊)は、ゴッホとゴーギャンの知られざる関係に迫りつつ、誰が引き金を引いたのかにスポットを当てたミステリー小説だ。史実を基に、謎とされている部分は原田さんの創作だが、もしかしたら、それが真実かもと思わせる展開に読者はドキドキしながら引き込まれていく。また、本作は夏に舞台化もされ、大いに話題を集めた。

 

リボルバーは2000万円で落札された

1890年ゴッホを打ち抜いた拳銃は、フランスのルフォショー製のリボルバー。1960年代になってオーヴェル=シュル=オワーズの農民によって発見された。それが2019年6月19日、パリの競売会社オークション・アートによって競売にかけられ、16万ユーロ(約2000万円)で落札された。この事実は世界中のメディアが一斉に報じた。

 

原田さんはその後、『小説幻冬』で2020年からこのテーマでの連載をはじめ、そこに加筆、修正を加えて一冊にまとめたのが本作で史実に基づいたフィクションだ。

 

物語の主人公は、架空の人物で、日本女性の高遠冴。幼いころから部屋に飾られたゴッホとゴーギャンの複製画を見て育ったという設定だ。やがて冴はパリに渡り、大学で美術史の修士号を取得、19世紀フランス絵画の専門家として、パリのオークション会社に勤めることとなった。社長のギロー、鑑定士のジャン=フィリップ、そして冴の3人のオークショニアが中心となった小さな会社だ。

 

錆びついた一丁の拳銃

物語は無名の画家、サラという女性が19世紀後半の錆びついた拳銃を持ち込んできたことで幕を開ける。

 

「一八九〇年七月二十七日、オーヴェル=シュル=オワーズ村で、ファン・ゴッホの腹部を打ち抜いたピストルです」

ギローとジャン=フィリップと冴は、顔を見合わせた。どの顔にも驚きが広がっている。(中略)ゴッホが自殺したかどうかは別として、彼の命を奪ったのが銃弾であったことは間違いない。診察した医師の証言や診断書も残っているから、それは明確に証明されている。しかし、どこで、誰が、どのようにしてピストルの引き金を引いたのか。なんのために? 見た者もいなければ、なんら証拠も残っていない。証明しようがないのだ。あの赤く錆びついたリボルバーが、ゴッホの血を吸ったものだとは—。

(『リボルバー』から引用)

 

こうして、3人のオークショニストによる検証と謎解きがはじまるのだ。

 

昔のままの風景が広がるオーヴェル=シュル=オワーズ

ところで、日本の街は都会でも田舎でも時代とともに変貌するが、フランスの風景は時を経ても変わらない。パリもショーウィンドーや走る車や人々の装いを見なければ19世紀と変わらない建造物が並んでいるし、田舎に行くと、昔とまったく変わらない景色が広がっていて驚いてしまう。20年以上前になるが、私はオーヴェル=シュル=オワーズ村を訪ねたことがある。ゴッホが描いた教会、麦畑が絵画そのままにあることに感動してしまった。

 

また、ゴッホの終の棲家となったラヴー亭は食堂として、そしてミュージアムとして今なお営業中だ。ラヴー亭は当時は下宿屋を兼ねた食堂で、ゴッホはそこで人生最後の十週間を過ごし、その小さな屋根裏部屋で弟テオに看取られ息を引き取ったのだ。

 

さて、物語では冴たちが、検証の第一歩としてこのラヴー亭を訪れるところから展開していく。

 

リボルバーは二丁あった?

ラブー亭のオーナーは驚くべき話を冴たちにする。オークションにかけてほしいと持ち込まれた拳銃はなんとゴーギャンの子孫の持ち物だというのだ。農民が見つけ、一時期、ラブー亭に展示されていたリボルバーとは、別のもう一丁のリボルバーが存在するのだと……。

 

「オワーズ川沿いにポプラ並木の古径があるんですが……その古径が途切れるところに立っている木の根元を、ある人物に言われた通りに掘り起こすと、出てきたんだそうです」

「ある人物……?」ギローが復唱した。「どういう人物ですか?」

ペーターズは一瞬、目を泳がせたが、思い切ったように答えた。

「ポール・ゴーギャンの子孫——ということでした」

冴は息をのんだ。

(『リボルバー』から引用)

 

ゴッホのリボルバーではなく、ゴーギャンのリボルバーがあるというこの展開はフィクションとはいえ、ドキドキしてしまう。二人の画家の切っても切れない関係、そして本作ではタヒチ時代のゴーギャンについてが詳しく描かれている。アートの専門家、キュレーターでもある原田さんでなければ書けないストーリーだ。

 

引き金を引いたのは誰なのか?

ネタバレになってしまうので、どのようにしてゴッホの腹部に銃弾が打ち込まれたのかは書けないが、もしも、それが本当ならすごい真実だし、読んでいて私は涙が止まらなかった。

 

ひとつだけ、ここにヒントを書かせてもらうと、そのリボルバーには微量の絵の具と、ひまわりの種子の破片が付着していた、と。

 

リボルバーを持ち込んだサラという女性は何者なのか?

もうひとつのリボルバーはオークションにかけられたのか?

 

是非、本書を読んでただきたいと思う。

 

現在はコロナ禍で日仏の行き来がままならないから、せめて本の中で、パリやオーヴェル=シュル=オワーズを旅したいと思う。繰り返して何度も読みたくなる作品で、ゴッホのファン、ゴーギャンのファンには必見の一冊といえる。

 

【書籍紹介】

リボルバー

著者: 原田マハ
発行:幻冬舎

ゴッホとゴーギャン。生前顧みられることのなかった孤高の画家たちの、伝説のヴェールを剥がせ!「ゴッホの死」。アート史上最大の謎に迫る、傑作ミステリ。

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