健康でいたいなら、とにかく「腸」を大切にしなさい。幼いころからそう言われて育ちました。
製薬会社に勤める父は、昭和2年生まれの猛烈サラリーマンで、お酒は飲むわ、煙草は吸うわ、体に悪いことばかりしていました。けれども、激務に耐え抜き、楽しそうに仕事をするヒトでもありました。たまに家にいると、「いいか、体の真ん中にヘソがあるだろ。その周辺が人間の基本だから、腸を大事にしなくちゃ駄目だ」と説教しました。その時はあまり真面目に聞いていませんでしたが、『腸と森の「土」を育てる』(桐村里紗・著/光文社・刊)を読み、亡き父が遺した教訓は正しかったのだと再認識しているところです。
腸とは何か?
著者の桐村里紗は、臨床現場に身を置き、予防医学や生活習慣病、そして、在宅医療、終末医療まで、生活者に近い立場で診察を行ってきた医師です。しかし、元々、自身が幼いころから母親が病気によって人生を支配されていた経験から、「病気になる前に予防することに価値をおいてきた」と語っています。
そのため、たとえ重い病でなくても体の不調を訴え、悩んでいる人達に寄り添う気持ちが強いのでしょう。病気を治すだけではなく、病気にならないようなアドバイスを重視しています。患者にとって、自分の味方となってくれる医師は貴重です。病気になると、誰もが心身共に弱り、医師にその身をあずけるからです。桐村里紗はそうした訴えに耳を傾けているうち、腸内環境を整えることこそが、心身の不調を解決する上での土台となると考えるようになりました。
著者は、健康について語るとき、人間の腸と森の関係を重視し、印象的な表現をしています。
人は森であり、腹に土を内包しています。多様な微生物が食物を発酵させて作り出した栄養豊富な土です。腸は、その上に根を下ろし、血管という葉脈を使って栄養を運搬し、青々とした細胞という葉を茂らせます。(中略)人を診る医師である私は、腸内環境を観察し、土中環境との相関に歓喜します。
(『腸と森の「土」を育てる』より抜粋)
私たちは自らの体の中に、森で言えば「土」にあたる「腸」を抱えているというのです。土が汚染され衰えると森が枯れてしまうように、腸の働きが鈍ると、てきめんに体全体の活動が低下し、挙げ句の果てに、命に関わるほど深刻な停滞につながるリスクもあります。
腸内細菌によって得られる7つの効果
腸内細菌が活躍し、腸内環境が改善することで様々な効果が得られます。著者は腸内細菌が生み出す有機酸に注目し、次の7つの効果を示しています。
1 腸内環境を整える
2 便秘の改善
3 腸のバリア機能を改善する
4 免疫機能のバランスを整える
5 肥満や糖代謝の改善
6 脳機能の維持
7 発がん物質の抑制
医学知識のない私でも、腸が大事というのは、身をもって実感しています。私は決して子育てが上手な母親ではありませんでしたが、息子が幼いころ、「ポンポンが痛い」という訴えは見逃しませんでした。おなかが痛いという訴えのあとには、必ずと言っていいほど、何かの病気が続くと知っていたからです。風邪をひいたり、中耳炎になったり、高熱が出たりと、ふたつはセットになっているのではないかとさえ思っていました。
心にも影響する腸内環境
腸の状態が悪くなると、体だけではなく心までもが病んだ状態に陥るといいます。腸の調子が悪いから心を病むのか、心を病んでしまったから腸の具合も乱れるのか、そのどちらが先かは私にはわかりません。けれども、両者の間に何らかのつながりがあることは間違いがないでしょう。
『腸と森の「土」を育てる』には、実に多くの場面が取り上げられ、人間を苦しめる病気に対して、私たちがどうやって対処すべきか、細かく言及しています。人は森であるという観点から、広大な森のひとつひとつにあたる部分が専門的に検証されます。それだけに、見慣れない単語がたくさん登場し、時に混乱し、難しいと感じることもあるかもしれません。けれども、そんなときは自分に必要となる部分を選び、丁寧に読むと、ああ、そうだったのかという納得が得られます。
たとえば、私はうつ病という病気にとりわけ興味があります。周囲にうつ病に苦しむ人が多いからです。そこで、うつ病と腸内細菌との関係について書かれた部分にとりわけ引き寄せられました。
2019年にベルギーで、これまでで最大規模となる1000人以上を対象に行われた、うつ病と腸内細菌との関連性についての研究結果によると、うつ病と診断された人の腸内には、恒常的にコプロコッカス属とディアリスター属の2種類の腸内細菌の数が少ないことが分かりました。
(『腸と森の「土」を育てる』より抜粋)
コプロコッカス属は、長寿菌としても有名な腸内細菌だそうです。うつ病と腸内細菌の間には、何らかの結びつきがあるようです。ですから、たとえとくに腹部に不調を感じていなくても、食生活を見直し、できる限り改善して腸の状態を整えることが大切なのではないでしょうか。
そういえば、以前、うつ病に苦しんでいる友達からよく相談をもちかけられました。彼女は病院にも通い、投薬も受けていましたが、なかなかよくならず、私に電話をかけてきて、しょっちゅうこう訴えました。「しんどくて人に会いたくないの。それで、一日中、布団をかぶって寝ているから、運動不足なのよ。便秘がひどくて、ますます憂鬱になり、死にたくなる」と。便秘が病気の原因だと特定することはできないかもしれませんが、もし、あの時心と腸の関係性を知っていたら、もう少しましなアドバイスができたかもしれません。
では、何をすべきか
では、腸内環境を良い状態に保つため、私たちは何を食べたらよいのでしょう。毎日、体の中に入れるものなのに、私はこれまで食事に無頓着でした。特に、息子が成長して独立し、夫が数年にわたる単身赴任を始めると、私は自分のためだけに食事の支度をするのが面倒になりました。インスタント食品だけですませた日もあります。体を壊さずにすんだのは、週末は夫が帰ってくるので、そのときはきちんとご飯を作り、平日はその残り物を食べていたからかもしれません。一方で、夫は病気になり心身のバランスも崩してしまいました。
ところが、このコロナ禍で、ここ2年間はステイホーム生活のもと、家庭で食事をする毎日が続いています。この際、食生活を見直し、腸内細菌を元気にしてくれる食品を取るようにしたいと決心したところです。
『腸と森の「土」を育てる』には、日常に取り入れやすい様々な食品の選択について書かれています。そのうちの1つが、発酵食品です。腸と自然をつなぐ発酵食品として、次の7つが挙げられています。
1 味噌や塩麹など発酵調味料を活用する
2 しっかり発酵した漬け物を少量ずつ
3 乳製品より代替ミルクヨーグルトの方が環境負荷が低い
4 チーズは、プロセスチーズよりナチュラルチーズを
5 (牛乳を選ぶ場合)ジャージー種やブラウンスイス種はカゼインによる懸念が少ない
6 キムチやすぐき漬けの漬け物に含まれる乳酸菌は、生きて腸までとどきやすい
7 納豆は腸内細菌を元気づける
これら7つを積極的に食べようと思ったものの、同時に気づきました。私はこの7つの食品が好物で、既に毎日、食べていたのです。おそらく、腸は大事だと言い続けた父の影響でしょう。これからも亡き父の教えに感謝しながら、好物である味噌汁や納豆を食べ、さらに、「人は森であり、腸に「土」を内包している」の言葉を新しい気づきの呪文として唱えていこうと思います。
【書籍紹介】
腸と森の「土」を育てる
著者:桐村里紗
発行:光文社
人にとって最も身近な自然環境は「腸内環境」であり、そこは人が根を下ろす「土」にあたる。土壌に暮らす微生物が、食べ物と共に腸内に移住したものが腸内細菌の起源であり、人は今でも「食べる」ことを通して、外的な環境と接続しているのだ。日々の食べ物が腸内の土作りの材料になり、消化や腸内細菌による発酵を通じ栄養豊かな土となる。それはまるで、森の落ち葉や動物の死骸から腐植土が作られるシステムと同じである。本書では近年明らかになっている腸内環境と心身の不調との関連について、最新情報を伝えつつ、人と地球の土を同時に改良する食べ物の選択の重要性と具体的方法を「プラネタリーヘルス」の観点から説く。近代農法や畜産が環境に与える甚大な影響と、それを解決する農業や食の未来も伝える。