千葉県八街市で6月28日、トラックが下校中の小学生の列に突っ込み、5人が死傷した。危険運転致死傷罪で起訴された運転手の男(60)の呼気からは、基準値以上のアルコールを検出。男は「事故前にコンビニで酒を買った」「車内で飲んだ」といった趣旨の供述をしている。
運転手の男がアルコール依存症かどうかは現時点では断定できない。が、NPO法人ASK(アルコール薬物問題全国市民協会)の今成知美代表は、男が依存症に陥っている疑いが強いと指摘する。飲酒運転による悲惨な事故を減らすには、何が必要なのか。今成代表に聞いた。(共同通信=山岡文子)
▽コロナ禍で増加?
―職業ドライバーが、仕事中に飲酒するとは考えられない。
酒を買っても、普通なら帰宅するまで待てるが、それができないのがアルコール依存症。報道から推測すると、被告は依存症が強く疑われる。
統計を取っているわけではないものの、最近、増えたと実感しているのが、車でコンビニに酒を買いに行ったときの事故。家で飲んでいるうちに酒が足りなくなり、車でコンビニに突っ込む、買った酒を駐車場で飲み、帰りに事故を起こすなど、インターネットで記事を探すと次々に見つかる。以前からこうしたケースはあったが、新型コロナの感染が拡大した、この1年ぐらいで特に増えた印象だ。
―厳罰化が進んでも、警察庁によると2020年の飲酒運転による死亡事故は159件も起きた。
モラルに訴えても飲酒をやめられない人が事故を起こしているのではないだろうか。依存症の予備軍や大量に酒を飲む人の存在が、うかがえる。
▽有効な終業時の検査
―本人は、自分がアルコール依存症だと気付かないものか。
依存症は、突然なるわけではない。飲酒量が少しずつ増え、いつの間にか進行するので本人は気付きにくい。仮に本人が酒をやめようと思っても、やめられないコントロール障害なのに「努力が足りない」と誤解されやすい。
―上司や同僚が先に気付く場合が多いのか。
「自分はそんなに飲んでいない」「この程度なら運転できる」と依存症の人が思っていても、周囲が気付くことがあるのは確かだ。しかし、今からトラックを運転する従業員が酒臭いからといって、代わりの運転手を見つけるのは簡単ではない会社も多いのではないか。結果的に見て見ぬふりが起きてしまっている恐れもある。
トラックの運転手は、緊張が続く運転が終わればリラックスするために酒を飲みたくなるものだ。運転手にかぎらず、シフト勤務で働く人は、寝る時間をコントロールする手段として寝酒を飲んだり、昼間に仕事が終わって、みんなで飲みに行ったりといった傾向が強いため、依存症になりやすいと思う。
―アルコール検査は有効か。
起訴された被告の勤務先は、検査が義務付けられていない業態だったというが、職業ドライバーを雇う会社は、義務付けられているかどうかにかかわらず、検査を行うべきだ。
就業前だけでなく、仕事を終えるときも職場で検査すれば、業務中の飲酒の歯止めになる。アルコール検査中の運転手の画像を、職場で確認できる検知器もある。終業時に職場に戻れなくても検査はできるため、いわゆる「すり抜け」は防げる。ただ、機器の購入やメンテナンスに費用がかかるため、規模の小さい企業には負担になるかもしれない。しかし、一度事故を起こせば企業の信用は失われる。事故防止だけでなく、会社と従業員を守るためにも必要な投資だ。
▽研修で意識を変える
―予防には、どんな対策が必要か。
職場が飲酒運転に厳しい態度で臨めば、ドライバーも自分の飲酒行動に注意せざるを得ない。そのためには、アルコール問題に関する基礎知識を、誰もが持つことが必要だ。ASKでは、勤務先のアルコール検査でひっかかった人を対象にした研修や、社員数が多い企業向けのeラーニング、社内で飲酒運転の予防を啓発する講師の養成講座などを行っている。
飲んだ酒の量ではなく、酒に含まれる純アルコール量を把握できていない人が、圧倒的に多い。例えば「グラス1杯の焼酎」は、薄め方やグラスの大きさで千差万別だ。どの研修も、ここに気付いてもらうことに重点を置いている。1日当たり20グラムのアルコール摂取なら、節度ある適度な飲酒とされる。アルコール分5%のビールの場合、500ミリリットル1缶程度。筋肉量や年齢によって違うが、分解に約4時間かかる。女性や高齢者は、さらに時間が必要だ。
―研修は現場で、どう役に立つのか。
受講者の中には「自分の飲み方に問題があった」と納得し、飲む量を減らす人もいる。「体調がよくなった」「血圧が下がった」などの効果を実感し、それを同僚に伝えれば説得力がある。結果的に問題のある酒の飲み方を変えられる人が増える。
依存症予備軍の人や、純アルコールに換算して1日当たり平均60グラムを超える酒を飲む「多量飲酒」の人を早く見つけ、治療につなげるには、検査と知識の両方が不可欠だ。アルコール依存症になると「常に酒に酔っており、ろれつが回らない」といった固定観念があるかもしれないが、働きながら依存症になる人も多く、大変身近な病気だ。さまざまな問題を起こして家族や同僚から非難され、社会から排除されれば回復は、より難しくなることをぜひ知ってもらいたい。
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今成知美(いまなり・ともみ)氏 1983年のASK発足から関わり、85年に代表に就任。アルコール健康障害対策基本法の制定に向けて活動し、2014年の法施行後は、推進基本計画の策定に携わった。薬物、ギャンブル、インターネット、ゲーム依存の予防にも取り組んでいる。