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興収20億を突破し、大ヒット上映中の『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』。隅々まで行き届いた写実的な画づくりにこれまでにないリアリティを覚えた視聴者も多いことだろう。それらは細かなひとつひとつの演出によって支えられており、実はそこにはCGによる表現がさりげないかたちで、ときには目を引くかたちで組み込まれている。本作特有のビジュアルを創り上げたキーパーソンのひとりがCGディレクターを務める増尾隆幸氏だ。日本を代表するCG・VFXスタジオ「ルーデンス」の創設者である増尾氏がガンダムにもち込んだ匠の技、そしてガンダムとの縁の深さについて聞いた。


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ガンダムらしさの継承と、”動く美術”を体現。映画『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』

TEXT_日詰明嘉
EDIT_沼倉有人(CGWORLD)、山田桃子
PHOTO_弘田 充
©創通・サンライズ


【大ヒット御礼】『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』ロングPV
企画・製作:サンライズ/原作:富野由悠季、矢立 肇/監督:村瀬修功/脚本:むとうやすゆき/キャラクターデザイン:pablo uchida、恩田尚之、工原しげき/キャラクターデザイン原案:美樹本晴彦/メカニカルデザイン:カトキハジメ、山根公利、中谷誠一、玄馬宣彦/メカニカルデザイン原案:森木靖泰/総作画監督:恩田尚之/色彩設計:すずきたかこ/CGディレクター:増尾隆幸、藤江智洋/編集:今井大介/音響演出:笠松広司/録音演出:木村絵理子/音楽:澤野弘之/配給:松竹ODS事業室
gundam-hathaway.net

<1>ガンダムに携わること40年 ついに新作劇場作品に参戦

CGWORLD(以下、CGW):増尾さんといえば、ルーデンス時代の『サッポロ黒ラベル〈温泉卓球篇〉』や、『パコと魔法の絵本』などの中島哲也監督作品やCM作品、VFX映像などを手がけられてきましたが、実はガンダム作品も様々なかたちで関わられてきたそうですね。

CGディレクター 増尾隆幸氏(以下、増尾):ええ。最初に関わったのはもう40年も昔になります(笑)。その頃はフリーのイラストレーターをしていまして、MSV(モビルスーツバリエーション ※1)のデザインとカラーリングやメカニカルマーキングを担当したんです。その後、私は1980年代にCGを始め、1990年にルーデンスを設立しゲームのCGムービー等を制作していたのですが、その後(当時)サンライズの堀口大明神(※2)というプロデューサーと出会いまして(笑)。富士急ハイランドの『GUNDAM THE RIDE ‐宇宙要塞A BAOA QU‐』(2000年稼働開始)のCGディレクションを担当させていただきました。さらにそのながれで『GUNDAM EVOLVE』シリーズ(2001年)のなかで監督も担当しています。あとは、2013年にお台場の「ガンダムフロント東京」のドーム施設「DOME-G」で観られるCGムービーを制作しています。と、こんなふうにガンダムの長い歴史の中でポイントポイントで、楽しく関わらせていただいていました。


※1 MSV……『機動戦士ガンダム』放送後に展開されたプラモデルシリーズ。「フルアーマーガンダム」、「局地戦闘型ドム」、「高機動型ザクII ジョニー・ライデン少佐機」など、当時の本編映像に登場しなかったモビルスーツを考証し、兵器としての存在感を強調してプラモデル化したもの。プロデューサーは安井尚志、設定・デザインは大河原邦男と共にストリームベースと増尾が担当した

※2 堀口大明神……本名:堀口 滋。サンライズでガンダム事業のプロデューサーを長きにわたり務め、ファンからは堀口大明神の愛称で呼ばれる。2009年「1/1ガンダムプロジェクト」ほか多数。現在はA-1 Picturesデジタルクリエイティブグループ本部長兼CGディレクターズルーム室長を務める


  • 増尾隆幸/Ryuko Masuo



    京都市立芸術大学美術学部を卒業。フリーランスのイラストレーターとして活動後、1990年3月に、ルーデンス(現TREE Digital Studio ルーデンス事業部)を設立。CMや映画、イベント映像を中心に数多くの作品のCG制作とディレクションを手がけてきた。2020年末でルーデンス代表を退任し、現在フリーのCGディレクター、アーティストとして活動中。

    twitter.com/ryukowmasuo

CGW:そして今回、『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』という、宇宙世紀を舞台とする新作映画に携わることになりましたが、増尾さんご自身としてはどのような思いでしょうか?

増尾:これまではCGという自分のホームグラウンドである種、自由にやらさせてもらっていましたが、このシリーズ作品はいわばガンダムの"正史"ですからね。奥が深くて難しいです(笑)


CGW:本作の村瀬修功監督とは映画『虐殺器官』(2017年)でもご一緒されていますが、参加のきっかけはその作品からでしょうか。

増尾:そうですね。『虐殺器官』の後、『ブレードランナー ブラックアウト2022』(2017年)でもご一緒しています(キャラクターデザイン・作画監督:村瀬修功)。その後、村瀬監督がサンライズの小形(尚弘)プロデューサーに相談をしてくれて、お話をいただきました。それが2018年夏のことでした。


CGW:本作では、藤江智洋さんと共同でCGディレクターを務められています。お仕事の分担はどのようにされましたか?

増尾:基本的には藤江さんがモビルスーツに関連した部分を担当され、それ以外を私が担当しました。例えば物語冒頭で舞台となるハウンゼン356便というシャトルの内部や、ダバオの街のハイウェイ、そのほかの背景周りやカメラマップを使って表現するカットなどです。最初は私自身がサンライズでの仕事の仕方に慣れていないこともあって、藤江さんのアプローチの仕方を横目で見つつ学んでいったかたちです。当初はそれぞれの役割分担で作業を進めつつサンライズにおいてトゥーンシェーダやアウトラインシェーダの表現はどういう表現にするのが正解なのかといったことを横目で見ていましたが、作業終盤では余裕がなくなってこちらがモビルスーツカットのお手伝いをしたりもしました。

CGW:最初につくられたのはどのカットでしょうか?

増尾:最初のトレーラー映像(下記)に映っている海面や波打ち際の部分ですね。ここは具体的にどうつくりたいのかという画が見えていたので、現場を動かしていく作業でした。次の予告ではさらに多くの海面が登場するので、そこに向けて作業を進めつつ、ハウンゼンの機内の作成にも取り組んでいきました。


▲『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』トレーラー

CGW:最初に取り組まれた水面の表現は、これまで増尾さんが手がけられてきたフォトリアル系の表現をアニメに採り入れるという意図からでしょうか?

増尾:いえ、むしろフォトリアル系のCG表現は避けていました。というのも、今のCGシステムですとリアル系の表現は簡単にできてしまうので、それが私にとっては面白くない(笑)。アニメーション映像表現としてのリアリティは感じさせつつ、単純にフォトリアルではない画づくりの匙加減を探る方がやっぱり面白いんですよ。波や泡の表現ひとつとっても、ちょっと動きがちがう印象になるよう、試行錯誤していきました。


CGW:ちなみに、増尾さんの古巣であるルーデンスのチームはどういった部分を主に担当されましたか?

増尾:ルーデンスが担当したのは、ハウンゼンの機内ですね。あとはタサダイ・ホテルのエレベーター、物語の中盤に登場する海の部分や半島の空撮カット、後半の戦闘シーン周りではMS戦闘も一部担当しています。もともと、ハウンゼンでのシーンはカット数が多く、それを様々なアングルで見せていくため、機内を3DCGでつくってしまった方が良かろうと考えました。ただ、ルックはできるだけ美術タッチにしたかったので、カメラワークがあるカットについてはカメラマップをベースに作成することに決めました。


▲『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』冒頭15分53秒(Aパート)

CGW:ハウンゼンのカメラマップは冒頭映像でハサウェイがコクピットに向かう場面が顕著ですよね。

増尾:キーワードとして重視したのが「動く背景美術」です。そしてその省力化も重要なテーマとしました。ハウンゼンの機内の美術ボードがとても良くできていたので、それを貼って共有しつつ、それをベースにカットごとに必要な画を割り出して、それに対して美術さんに必要なUVテクスチャを描いてもらいました。それを使って画面カットとして構成した上でカメラマップのガイドを作成しそこへさらにレタッチで手を加えていただきました。これは『虐殺器官』のときに開発した手法です。本作の美術スタッフにはそのときにお願いした方もいらっしゃったので、ワークフローとしては確立しています。それでありつつ、さらにひとつひとつの作業をブラッシュアップさせていったかたちです。

CGW:そもそもの話になりますが、カメラマップを使われたのはどんな意図からだったのでしょうか?

増尾:カメラマップは、業界的にも定着している手法ですが、一般的な手法だとハイコストに感じていました。そこで、私が実写VFXで培った知見を活かすことで、もっと効率的に意図した画づくりができる手法を実践してみようという意図もありました。ポイントはカメラマップをどのように撃っていくか(投影するか)であって、あまり気づかれていないカメラの撃ち方をしています。

CGW:具体的にはどのようなカットでそれを行われたのですか?

増尾:冒頭のハウンゼンシーンは、機内に繊細な装飾も多くありますしゴージャスなシートがたくさんあって、その間に人が入ってくるという複雑な構造をしています。そのシーンに対して別のカメラからマップを投影してそれを素材として合成するという方法です。多分、アニメ業界ではカメラマップを使う際に、シュートカメラ(最終的なカットの構図となるカメラ)から投影するのが定番だと思いますが、別のアングルから複数のマップを撃つことでシュートカメラの大きな動きに対応できるようにしています。

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<2>村瀬監督との仕事は常に刺激的

<2>村瀬監督との仕事は常に刺激的

CGW:撮影チームとのやりとりはどのように進められました?

増尾:今回のワークフローでは、撮影スタッフとのやりとりは特にありませんでした。こちらとしては、どんな撮影処理をされても、もしくはまったく処理をしなくても画面として成立するような意識で提出していました。これはCM映像をつくっていたときと同じ意識です。私のポリシーとしては、画づくりに対しては最後まで責任をもってつくり上げるけれども、後工程のスタッフが監督の指示に従って変えるのであればかまわない。加工をするならばやりやすいよう、パーツやレイヤーを分けた状態で納品するというのが基本的なスタンスです。ただ、アニメの場合は撮影のファクターが非常に大きいので、実写案件よりも撮影さんにおまかせする要素は増やしました。

CGW:撮影のチームとしてもCGの上がりを見てから判断されたこともあったでしょうし、何より本作においては村瀬監督の意図がどのスタッフにも行き届いているのでしょうね。

増尾:改めて思いましたが、村瀬監督は本当にすごいクリエイターですよ。一緒に作品をつくっていて常に刺激的です。まず、画がべらぼうに上手い。さらにAfter Effectsで何でもやってしまうし、レイアウトもCinema 4Dを使って組み立ててしまう。その他のCG要素に対してもとても理解が早いと思います。目線も的確だし、伝えてくる情報量も多い。きっとこの作品全部を1人でつくってしまえるような方ですよ。われわれは監督が望んでいることを一生懸命察知して、それを支えて叶えることが重要だと思いました。村瀬監督は言葉を尽くして説明するよりも、「描いちゃった方が早い」というタイプなんです。ただ、そこで周りのスタッフが監督の意図を理解しきれていない様子も見受けられました。私はあまりわかりづらいと思ったことはないんだけれども。

CGW:増尾さんは監督の指示をすぐに理解できたのですね?

増尾:できたとすると多分、実写やCMを含め、様々な監督と仕事をしてきたからだと思います。皆さんそれぞれのやり方があって、こちらとしてはその意図を即座に理解してつくり上げる能力が求められ続けてきました。その結果、その監督が何を創りたいか、どんな表現をしたいのか目指すところが明確であれば、大体のことは理解できるつもりでいます。抽象的かもしれないけども、やっぱり「良い画をつくりたい」ということに絶対的な価値があると思っていて、それを示してくれれば途中のルートは自ずと「こうなるよね」とわかる。だから村瀬監督みたいな天才と仕事をするのは楽しいんですよ(笑)。


CGW:増尾さんが作画アニメにこれだけ本格的に携わることで、何か変革をもたらすのではないかと期待してしまいます。

増尾:そんなおこがましいというか、恐ろしいことはとてもとても(笑)。ただ、アニメーション制作において改善していきたい部分はあって、そのお手伝いはできればと思っています。本作で痛感したのは、2Dベースの作品と3Dベースの作品では3DCGに対する考え方がまったくちがっていて、アプローチを根本的に変えていく必要があるということです。ただし現状では2Dベースの作品では3DCG側の視点が蔑ろにされている感じがします。今後は、2Dと3Dそれぞれの強みを最大限に発揮させるためにも、双方の特性をふまえた改善案を提案していくことが重要だと思います。

CGW:今回の制作を通じて見えてきた課題は?

増尾:最も大きなネックになったのは複数のCGプロダクションが携わるなか、それをトータルで管理するパイプラインがないことです。今回は、FBX形式にコンバートすることで対応しましたが、ツール間の仕様のちがいから、どうしてもデータにズレが生じてしまうことがありました。そういったロスを、今後は極力発生させないで済むように、テクニカルディレクターやテクニカルアーティスト職の方々にも参加してもらいながら改善していきたいです。


CGW:3部作の『閃光のハサウェイ』は今後も制作が続いていくと思いますが、増尾さんの個人的な目標を教えてください。

増尾:とにかく新しいワークフローのパイプラインを構築して、サンライズのアニメーションをさらに効率的にして、クオリティをアップしていけるようなサポートができればと考えています。だって、天下のサンライズが新しいワークフローをつくり出せたら格好良いじゃないですか? 今回の制作で(アニメ制作特有の)いろいろなことを勉強できましたが、学べば学ぶほどわからないことが新たに浮かぶのがこの世界(笑)。村瀬監督やほかのスタッフに教えてもらいながら、私ができることを提供していきたいですね。


CGW:最後に、CGWORLD読者へのメッセージをお願いします。

増尾:今のCG業界を見ていると、例えば「フォトリアル」とひと口に言っても、昔とは比べものにならないぐらいハイクオリティの画をつくり出せるようにはなっている。だけれども、私としては「それで面白いの?」と思うんですよ。たとえ嘘でも、魅力的だったり格好良い画面だったり、良い芝居ができていたりすれば、その方が面白い表現に仕上がると私としては思うのです。システムは使うものであって、使われるものではない。システムが高度になりクオリティが上がってできることが増えた今だからこそ、システムから外れたことをやって、私たちを驚かせてほしいです。