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「足立 紳 後ろ向きで進む」第18回

 

結婚19年。妻には殴られ罵られ、ふたりの子どもたちに翻弄され、他人の成功に嫉妬する日々——それでも、夫として父として男として生きていかねばならない!

 

『百円の恋』で日本アカデミー賞最優秀脚本賞、『喜劇 愛妻物語』で東京国際映画祭最優秀脚本賞を受賞。いま、監督・脚本家として大注目の足立 紳の哀しくもおかしい日常。

 

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9月1日(水)

今日から親にとって(我が家にとって?)は待望の2学期が始まる。感染者急増でオンラインでも登校でもどちらでも構わないとのことだが、うちは迷わず登校だ。だが、息子は数日前から休み明け恒例の学校行きたくない病が発生しており、覚悟していたとはいえ、やっぱり今朝は放り出すのに時間がかかった。

 

時間ギリギリまで「ドラえもん」を読んでグズグズしていたが、学校に遅刻するのも嫌な息子は、行く行かないで激しくのたうち回る。ほったらかしにしておくと、ようやく「じゃあ、行くからファミマまで送って」と言い出した。「ファミマまで送って」は息子のバロメーターで、これを言うときは脳調(脳の調子)があまりよろしくなく、漠然とした不安感があるときなのだ。

 

自転車のうしろにのっけて近所のファミリーマートまで送り、ノロノロと学校に行く息子の小さな背中を見ていると切ない気持ちになる。

 

背中が見えなくなってから、そのままジョナサンに行って脚本を書く。こういうとき、息子の状態をもらってしまうのか、いろいろと負の妄想をしてしまい仕事が手につかなくなることがある。今日はまさにそうだった。

 

昼過ぎに早々に帰宅。娘も息子も緊急事態宣言が明けるまでは午前授業となっているのですぐに帰ってきた。

 

朝とは打って変わってご機嫌で帰宅した息子は「E君と遊ぶ約束した! 区民館行ってくる!」と言って元気に出て行った。それはとてもうれしいのだが、30分後「会えなかった」と言ってしょんぼりと帰宅。案の定だ。遊ぶ約束がちゃんとできていないのか、破られているのかは分からない。ただ、気落ちしたように「ドラえもん」を読んで現実逃避している息子の姿は、登校時の小さな背中を見るときよりも切ない。

 

9月5日(日曜日)

起床時から「なんか腰が変」と言っていた妻が、娘の野球の弁当を作っているときに突然悲鳴をあげて四つん這いになった。動けないらしい。キッチンの床で四つん這いのまま、あと20分で出発しなければならない娘の弁当や水筒の指示を大声で出すので、布団の中でスマホをいじっていた私も仕方なく起きた。

 

7時に娘が家を出て行くと、妻は腹ばいで娘の部屋に行き、うつ伏せのまま微動だにせず。

 

寝違いなのだろうと思っていたが、それにしては痛そうだ。だが病院に行けと言うも、「うごけねーんだよ!」しか言わない。

 

9時ごろ、息子の友達が家に来る。私は仕事へ向かったが、サウナにも寄らず14時ごろに早めに帰宅。妻は娘の部屋で、朝と同じうつ伏せのままで、「イタタタタタタタ…」と言っている。「大丈夫?」と聞くと、「大丈夫な訳ねーだろーが」と一言。

 

動けぬ妻の監視もなく、息子と友達はのびのびと遊んでいる。お菓子の食べかすやLEGOやウルトラマンが、文字通り足の踏み場がないくらい散らかっている中、ふたりは妻の隣で寝そべってゲームをしていた。

 

その後は妻に代わり、家事育児に精を出す。などと書けば、妻から50倍返しの異論がくるだろう。

 

※妻より。

50倍どころじゃないですね。でも、何も言いませんし言いたくありません。

まったく夫は誰へのアピールか分かりませんが、そこかしこで育メンアピールだけは抜かりなくて反吐が出そうです。いえ、実際はかなりの反吐を吐き散らかしています。

さて腰ですが、今までの人生で腰が痛いことなど皆無だったので突然の激痛に驚きました。病院に行っても、電気当てられて、湿布と痛み止めを処方されるだけだと思ったので、すり足で近所の整体へ行きました。すると「普段腰痛が全くない人が突然こんな酷いぎっくり腰になるなんて、相当ストレス溜め込んだんですね。背中も腰も肩も全身がガチガチです」と、夫がいつもマッサージ店で言われて喜んでいるフレーズを頂きました。きっと誰にでも言うのでしょうが、ストレスだけは本当です。

 

9月6日(月曜日)

夏休み明け、一発目の朝のボランティアが今日からだったのだが、案の定忘れた。Xちゃんをお迎えに行く時間になって、「今日だ!」と思い出し、慌てて妻が詫び電話(私は電話が苦手だ。とくに何かを断る電話と何らかの詫びの電話は)。遅れてもいいから来てくれとのことで、着の身着のまま家を飛び出して(妻はとても書けない恰好をしていた為すぐに出られない)、自転車をかっ飛ばしXちゃんの住むグループホームに迎えに行く。

 

反則なのだが今日ばかりは近くに停めておいた自転車の後ろに乗っけて学校に連れて行った。いつも登校途中にいろんな寄り道をして遊んでしまい、遅刻ギリギリで学校に着いているのだが、今日は自転車の後ろがうれしかったようで、どこにも寄らずに、むしろ普段よりも早く学校に着いた。

 

その後、ジョナサンで昼過ぎまで脚本を書き、午後から近所の銭湯サウナに行き、家で昼めしを作って食って寝て、3時ごろに起きて5時まで書いた。

 

今年に入ってほぼこの仕事しかしていないという、とあるドラマの台本を執筆中なのだが、終わりが見えてきた。そうなると、このキャラクターとサヨナラするのが寂しくなる。それくらい主人公に魅力があると思う。原作ものなので私の手柄ではありませんが。

 

9月8日(水曜日)

今日から高校の授業が始まった。妻には「休んだら?」と言ったが、痛み止めをガブガブ飲んで来るのはもちろん責任感もあろうが、授業のある日はいつもこの日記で書いているように、高校のある街で妻とランチをする。それを貪り食うためもきっとあるだろう。

 

今週のランチはイタリアン。サラダ、前菜の盛り合わせ、パン3種類、パスタにメインの料理、デザートまでついて、ひとり2000円くらいだ。私の食べたしらすのパスタがシンプルでチョーうまかった! 家でも作ってみようと思った。デザートは、睨みつけてくる妻のぶんまでタルトとアイスを(ダイエット中だからと私に食えと押し付けておきながら、食うと睨む)平らげ、大満足。今日は成城石井30%off甘味に寄らずに済んだ。

 

授業では私の監督デビュー作である「14の夜」を生徒さんたちに見てもらったのだが、こんなに下ネタが多かったっけと思うくらい多く、見せながら若干イヤな汗も出た。来週は続きを見てもらって、感想をもらう予定だ。

 

「南木顕生遺稿集」を読み終わった。

 

9月10日(金曜日)

朝早く家を出て、山口県下松へ向かう。「こどもしょくどう」の上映で呼んでいただき、トークも少しだけさせていただく。

 

お相手をしてくださったのは周南映画祭実行委員長のマニィ大橋こと大橋広宣さん。

 

大橋さんには恩があり、周南映画祭が立ち上げた松田優作賞という脚本賞に「百円の恋」を応募した際、下読みをしていた大橋さんが最終審査に残してくださり受賞につながったのだ。あれは2012年の暮れだった。あのときのことは一生忘れないだろう。それまで6、7年は無職が続き、映像業界からも完全に足を洗って専業主夫をしていたが、もう一度この世界で仕事をする機会をもらえたと思った。受賞したことを妻に電話で知らせると悲鳴をあげて喜び、次の瞬間号泣していた。後ろで娘への報告のおたけびと、生まれたての息子のギャン泣きも聞こえた。妻は1週間くらい優しかったが、「百円の恋」はなかなかお金も集まらずすぐに映画化されることはなかった。あっという間に2年の月日が流れて、2014年にようやくクランクインにこぎつけた。と、このあたりのことを書いていると止まらなくなるのだが、だから大橋さんには恩があるのだ。

 

大橋さんは、ご自身の発達障害のこともSNSなどでどんどん発信されていて、息子のことも何度か電話で話を聞いてもらったこともある。この日もお会いして車の中ではずっとそんな話をしていた。発達障害をあまり理解してもらえない人に話しても「考えすぎだよ」とか「甘えてるだけでしょ」とか「甘やかしすぎでしょ」とか「発達障害でくくるのもよくないんじゃない?」(じゃなかったら何?)などと言われ、苦しくなったりするが、大橋さんと話していると勇気づけられるし何より楽しい。

 

映画もバカみたいに大好きな方で、今は実際に作られてもいる。大橋さんの初プロデュース作品「恋」(監督:長澤雅彦)は私が脚本を書かせていただいた。この日は大橋さん原案、長澤雅彦監督作品の陣中見舞いにも行った。新津ちせちゃんが主演である。半年ぶりくらいにちせちゃんに会ったら大きくなっていて驚いた。

 

夜は両親が来ていたので(コロナ禍で2年帰省していない。今回両親は鳥取から車で来た)自作ではあるが一緒に映画を観た。悲しいお話の映画だが母親はいちいち子どもたちの表情に笑う。涙もろい父親は泣いている。笑い上戸の母はそんな父の姿を見て、私の肩を突いて必死で笑いをこらえている。そんな母に気づいた父が「なんだいや、お前は」と声を出して不機嫌になる。劇場で両親と並んで映画を観たのは高校生以来だが、そう言えばいつもこうだった。父親の反応にいちいち母親は声を殺して爆笑し、そして父親が不機嫌になるのだ。

 

せっかく山口県まで来ているので何か美味しいものを食べたかったが、この状況でお店はどこも8時で閉まっている。しょうがないのでスーパーで総菜を買って両親の泊まっているホテルの部屋で食べて、夜中に自分の宿泊先へ戻った。

 

山口県には11月の周南映画祭でまた行く予定だ。

 

このようなご時世の中、オンラインではなく集客イベントを開催していただき、関係者の皆々様、ご来場していただいた皆々様には本当に感謝です。コロナ対策の徹底、ありがとうございました! 初めてネットでPCR検査&陰性証明書の発行をしましたが、かなり簡単でした。修学旅行とか帰省とか普通にできるようになるとよいのですが……まだまだ先かなあ(by.妻)

 

9月13日(月)~17日(金)

まだ腰が本調子ではない妻に代わり、ひたすら家事育児と執筆。子どもたちに「パパのご飯美味しい! ずっとパパが作って!」とリクエストされ、最近毎晩夕飯を作っている。健康に良いからと毎日酒粕とか麹入りのものを食わされている子どもと私が不憫になる。

 

それにしても近ごろの私の家庭での働きぶりには、誰も褒めてくれないので自分で自分を誉めるしかない。本当によくやっている。

 

「弧狼の血 LEVEL2」(監督:白石和彌)鑑賞。

 

※妻より

あーあ。

言いたくないが、異議あり。

自己肯定感の高い夫は「俺の家事育児のスキルは最高級!」と自画自賛しているのですが、よくもまぁ事実をここまで捻じ曲げることができるものだと、驚きを通り越して関心すらしてしまいます。アナタは立派な政治家になれます。「パパ作って!」なんて誰が言ったんだ!

私がぎっくりで動けなくなって初めて、ようやく夫は「あ、夕飯作ろうか。俺の料理の方が子ども喜ぶし」とクソむかつく言葉を吐きました。ハラワタ煮えました。

1か月に1度は、マグマのような怒りを夫にぶつけるのですが、今回はぎっくりもあり、いつもの倍はぶつけました。私の怒髪天の言葉を夫はしおらしく伏し目がちに聞いていましたが、その大根芝居にも虫唾が走ります。50夫を褒めて伸ばすなど、私には糞くらえです。普段、自分の事しか考えておらず家庭のことなど目に入っていないから、少しでもやるとすぐに「俺、すげーやってる! 他のお父さんよりやってる!」と謎の比較から自己満足に至るのでしょう。

まぁ色々と流せない私も面倒だとは思いますが。

 

9月15日(水曜日)

朝一で「恋の病~潔癖なふたりのビフォーアフター~」(監督:リャオ・ミンイー)鑑賞。

 

その後、高校教師まで時間がないのでサクッとうどんランチの予定だったが、うどん屋さんに向かう道の途中にあった焼き肉屋さんの前で珍しく妻が立ち止まる。

 

「どうした?」と聞くと「無性に肉が食いたくなった」とのことで、急遽焼肉に変更した。妻はよほど肉を欲していたのか、ランチだけでは飽き足らず、時間もないのにミノだのギャラだのマルチョウだのとホルモンをガツ食い。でもダイエットをしているのでご飯は私に押し付けてくる。私は私で焼き肉定食の他に単品冷麺も頼んだりしていたので、嫌だな~と思いながら炭水化物を大量に摂取し、ふたりして猛烈に焼肉臭くなりながら学校へ行った。

 

※妻より

異議あり。ほんとよく言うわー……。なんか、異議があり過ぎて禿げそうです。

ミノだのギャラだのマルチョウだの、なんならタンモトだの、追加でガンガン頼んだのは夫です。ついでに1日限定5食という牛の角煮も2人前頼んでいたし…。

私は牛タン2切れとハラミ3切れしか食べてないです……。まぁ同じ身長の北斗 晶より体重あるんだから、こんなところで小食アピールしてもしょうがないけど。

それにしても久々の焼き肉美味しかったです。こういう当たりランチだと、マッコリをせめて1杯か2杯。いや、3杯か4杯くらいは飲みたかった……。

 

9月17日(金曜日)

頭皮を火傷した。

 

熱いウーロン茶をぶっかけてしまったのだ。なぜにこういうことになったのかと言えば、以前もこの日記に書いたが息子の同級生のⅯ君のお父さんが、AGA治療で髪の毛がフサフサになって、それを見た私はまたムクムクと「ハゲから脱皮したい」という気持ちが湧き上がってきた。そんなときに、とある方のネット配信番組というのか、お金払った人だけが見られて、内容はなるべく口外しないでくださいねというような番組? を妻とパソコンで見ていたのだ。

 

そのとある方もAGA治療をされているとのことで、明らかに髪の毛が増えていた。そして私の気持ちは「ハゲから脱皮したい」が「ハゲから脱皮できるんじゃん!」に変わり、近くのAGA治療院を検索したのだが、医院長先生が美しい女性のお医者さんだったので、行くのを臆した。「あー、この人、この年になってもまだハゲたくないんだぁ。カッコ悪!」とか思われはしないだろうかと自意識過剰が発動してしまったのだ。で、そのままハゲにまつわるいろんなことを検索していると、ウーロン茶での洗髪が非常に良い!という記述を見つけ、試そうとしたところ、冒頭のような大惨事になってしまったのだ(やかんで黒ウーロン茶を温めたのだが、指先の温度ではOKだったが、頭皮にかけたら飛び上がるほど熱かった)。

 

ショックだった。多分その火傷したところは毛穴が死滅してしまったのではないだろうか。

 

だがウーロン茶洗髪はAGA治療よりは断然安いし(AGA治療もそんなに高値ではない)、続けてみようかとは思う。

 

それにしても「ハゲ」ってどうでもいいやとか、やっぱり嫌だなとか、私の場合は周期的に考え方が変わる。それはプロレスをアホのように見たり、まったく見なくなったりするのに似ている。

 

9月19日(日曜日)

本来なら今日から始まる3連休は地方で仕事の予定だったが、土壇場で中止となってしまった。実はこの仕事は去年も緊急事態宣言で中止になり1年延期されていた。それが今年も緊急事態宣言で正式に中止となった。1年延期の挙げ句の中止はきつい。この他に、去年の夏にクランクイン予定だった映画が今年の夏撮影に延期されていたのだが、それも正式に中止となった。このやり切れない気持ちのぶつけどころはどこにもない。

 

だが、中止になったおかげで娘の部活(テニス)の試合は観に行けた。娘は学校部活でテニス、クラブチームで野球をしているのだが、土日は基本的に野球の練習があるから、今日のように試合が重なるとどちらかを休まざるを得ない。

 

日本ではいまだにひとつのスポーツに精進することが美徳というような雰囲気があるが、子どものうちはやりたければやりたいだけスポーツが(スポーツだけでなくても)やれる環境にならないものかと思う。

 

試合が重なれば行きたいほう、もしくは行かないと試合が成立しないほうに行けばいいと思うのだ。ダブルスの試合に出ることになっている娘は当然、補欠である野球を休む。だが、野球を休むことで監督コーチからの心象がどうなるかを気にしている。そういう気遣いを子どもたちが感じることがなくなればいいと思うのだ。

 

娘たちは3回戦まで進出したが惜しくもそこで敗れた。娘たちに勝ったチームはそのまま勝ち進み都大会進出を決めたから強いチームだったのだろう。というか強かった。

 

娘は中学1年まで学校の部活はイラスト部だったのだが、廃部になってしまいテニス部に移った。野球と掛け持ちはきついだろうと思ったが、野球チームの人間関係に悩みまくっているからテニス部の活動は楽しくてしょうがないようだ。それにしてもテニスを始めてまだ5か月だ。それでここまでくるのだからやはり運動神経は妻に似て良いのだと思う。なのにメンタルが私に似てどうにもガッツと覇気に欠ける。もったいないなあと思う。

 

どうでもいいが、中学生女子のテニスの試合をスマホで撮っていると、どうにも不審者丸出しのようで辛かった。

 

灼熱の中、初のテニスの試合。不審者扱いを気にしてか、めちゃくちゃ遠くからの写真でよく分からない(by.妻)

 

9月20日(月曜日)敬老の日

朝7時、開店と同時にジョナサンで仕事。昼過ぎまで書き13時半から息子を野球に連れて行く。

 

息子のチームは年長さんから5年生までいて、コーチが“怒らない、怒鳴らない、無理はさせない”をモットーとしている。

 

試合形式のゲームではキャプテンを毎回その場で決めるのだが、キャプテンをやっていないのはもう息子だけだ。年長さんの子もやっているが息子は頑なに断る。それでも「やってみればいいじゃない」ということもコーチたちは言わない。自発性を待つでもなく、できない子・したくない子にはさせないというだけの雰囲気が息子には合っているようだが、見ている私としては複雑な気持ちになってしまう。みんながやってるんだからやれよと思ってしまうのだ。

 

「みんながやってるんだから」という言葉は人から言われるとウザい言葉の上位に入るだろう。私も散々言われてきた「社会じゃ通用しないぞ」という言葉が喉まで出かかってしまう。そういう言葉を吐く人の見えている社会で通用しないだけで、通用する社会を見つければいいだけのことだが、今の社会ではそれはなかなか大変なことのような気もする。私も自分の見えている社会だけで息子のことを見ているからそう思うのだ。息子のおかげでもしかしたら見ることもなかったようなものを見ることができたり、考えなくてもよかったことを考える機会を与えられている。と思わなくもないが、ああ、こんなこと考えたくないなあ、面倒くさいなあと思うこともまた事実だ。

 

9月21日(火曜日)

私が夕飯を準備していると、2階から妻、娘、息子のキャッキャと楽しそうな声が聞こえた。天体望遠鏡で満月を見ているようだ。普段なら大声で夕飯できた告知をするが、楽しそうなので「夕飯できたよー」と2階まで上がって行くと、すぐに3人は「あー、お腹減った」と下に降りてしまった。

 

夕飯後、2階で仕事をしていると、今度は階下から我が家でブームのチェスをしている3人の声が聞こえる。大きな笑い声も聞こえてくる。そのうちチェスが終わり、ピアニカの音ともに3人で楽しく歌を歌っているのが聞こえてくる。私がその場にいるとなかなかこのようにはならない。なぜなのか? 妻に言わせると「子どもの話を遮って、自分の話ばかりするからだ。子どもへの興味より、俺の話を聞け! って雰囲気丸出しだから」と言うが、私も子どもの話を聞くのは好きだし、子どもに自分の話をしているつもりはあまりない(確かにチェスでマジになってしまうところはあるが……)。休みの日はほとんど子どものために過ごしていると言っても過言ではないのに、うまく伝わらないし、邪険にされている気すらする。階下に降りていきたいが、部屋に入った途端、招かれざる客になるのは確実なので、2階の窓から満月を見て、誰かに会いたいなあなんて思ったりした。

 

9月22日(水曜日)

本日は高校の授業がない。

 

朝一で「ドライブ・マイ・カー」(監督:濱口竜介)を観に行く。すごく良い映画だった。私は批評・分析的なことはまったくできないが、私にとっては包容力があり、活力の漲ってくる映画だった。そして、普段の日常生活からペラペラとしゃべりまくるのはよそうと思わされた。声という音がないほうが通じることもあるのだな、なんて思いつつ、ラスト近辺、北海道で主人公が吐露する本心なのかどうか分からないが、そのように思える言葉にはやや違和感というのか、こういうことだけなのかな? と思ったりもした。同じ夫婦の映画でも身もふたもない本心をぶつけあう夫婦の映画を私は作っているからそう感じたのかもしれない。

 

いずれにせよ大変面白く刺激的な映画で、2駅分歩いて、その間に妻に感想をベラベラとしゃべり続けた。

 

そして高田馬場の「蒙古肉餅」で羊を食いまくった。大好きなお店だ。面白い映画を観たあとは食欲もわく。

 

9月25日(土曜日)

娘は朝から野球へ。息子は友達と公園へ。

 

朝10時、湯船に浸かっている妻と脱衣所にいる私とで大ゲンカ(仕事の事)。映画の一場面にしたいくらいみっともなく滑稽な構図(一緒に風呂に入っていたわけではない)。

 

隣にできた新築の家が内覧中だったが、不動産屋さんにも内覧中の若夫婦にもかなり迷惑をかけてしまった。隣との距離が近すぎるので(しかも風呂場の窓は全開)、内覧中の声も丸聞こえだったが、ヒートアップしたこちらのケンカの声はもっと筒抜けだ。きっとあの夫婦は隣の家を買わないだろう。いずれにせよ、誰かが隣に引っ越して来たら、ほとんどくっついていると言っても過言ではない状態の隣の家への配慮は大変だろう。ひとり暮らしのアパートは別として、今まで隣家とこれだけ近い距離に住んだことがないからどんな感じなのかうまく想像ができない。

 

昼から、来春撮影予定の映画でチーフ助監督をつとめてくれる松倉君家族がいらっしゃる。午前中のケンカなどみじんも感じさせず、映画の打ち合わせをしながらビールを4本、ワインを3本、ウイスキー1本が空いていた。

 

3歳の松倉息子と9歳の足立息子がほぼ同年齢のように話していて、かわいい。松倉妻が毎回必ず寝るのが大変おかしい。

 

9月26日(日曜日)

娘の野球の試合(3年生が引退するのでチーム内紅白戦)。その後、保護者会があるとのことで妻と朝8時に球場へ向かう。

 

Aチーム(2、3年10人)対Bチーム(1年13人)の試合で、和気あいあいと試合が始まった。Aチームにいた娘は最初ベンチだった。10人しかいないからたったひとりのベンチだ。これは私も経験があるが、なかなかに辛い。

 

でも、途中から出られるだろうと思って気楽にフェンス越しから見ていた。1回からAチームがガンガン点数を入れ、途中10点以上差がつき、回も4回を超えたあたりから私は不安になってきた。娘はいっこうに出る気配がない。対するBチームはどんどん選手が代わるし、ポジションも普段は守らないようなところを守ったりして楽しそうだ。

 

ずっとひとりでファウルボールを追いかけたりしていた娘は、それでも我々の近くに来るとニコッと笑って手を振ったりしていたが、私は見ていて辛かった。そして監督さんに対して怒りが込み上げてきた。なんでこんな飼い殺しのようなことをするのだと。

 

最終回を迎えたときは試合を正視できなかった。そしてまさかとは思ったが、娘は試合に出なかった。3年生の引退試合であり、両チームで出場しなかったのは娘だけだ。レベルの高いチームで、みんな小学生から野球をしている中、娘だけが中学から始めたから実力は追いついてないだろうが、それでも納得はできなかった。懲罰的な意味合いがあるとしか思えない。何度も書くが、たかだかチーム内紅白戦で、大差で圧勝なのだ。後半からはファウルボールを取りに行く娘の表情もこわばっているように見えた。

 

試合終了の挨拶も、娘だけ俯いていた。そしてグランドから出てきた娘は、妻と私を見るとワッと泣き出した(野球のメンバーには見られない場所で)。妻がすかさずトイレに娘を連れて行ったが、誰も娘のその様子には気づかなった。3年生の引退で、選手たちはキャッキャッとはしゃいでいる。1年生の途中からチームに入った娘は確かに引退する3年生たちとは関わり合いは浅い。トイレから出て来た娘は帽子を深くかぶり、目を真っ赤にして、俯くようにして、チーム全員の記念撮影に加わった。この状態で、「はい、すしざんまい!」の決めポーズはさぞや辛かったであろう。かわりに私がそのポーズをしてあげてもいいと思ったほどだ。

 

いったいAチームの監督さんは何の意図があって、娘だけを出さなかったのか。

 

どんなに勝ちにこだわるチームとは言え、チーム内紅白戦でかつ大差なのだ(何度も書くが)。先日テニスの試合で3連休の練習に行けなかったからか? 夏に山村留学に参加して何度か練習を休んだからか? 普段から積極的な姿勢が見えず、声も出さないからか? 単に下手くそだからか? 干して何かを感じて欲しかったのか?

 

こういう指導者のチームに入れていると思うと、頭がぐらぐらする。こういうことで、好きな野球を嫌いにはならないで欲しい。

 

指導の方針をとやかく言う気はないが(でも言うが)、下手くそでも試合に出れば楽しいし、1試合出ただけで1か月分の練習よりも成長したりする。試合の楽しさや緊張感を味合わせて欲しい。何度も書くが、たかだかチーム内の紅白戦だし、大差なんだからそれこそ普段は出られない子に機会を与えて欲しい。

 

試合後、娘と一緒に帰宅。途中のスーパーで「なんでも好きなものを買って食え」と言うと、特上寿司、お稲荷さん、生ハム、サーモンの刺身、しめ鯖、まぁまぁ高いチョコレート、2000円もする美白パックもどさくさに紛れてかごに入れてきた。

 

帰宅後、娘はそれらを貪り食って美白パックして、ふて寝。

 

夜になってもグチグチ文句を言い続けている私に、ついに妻が「お前、もういい加減うるせえわ」とキレたが私はそんな妻に頼み込んで、監督ではなくチームのGMに「今日の試合はどういうつもりですか?」とクレームのようなLINEを送らせた。

 

「自分で送れ」と言われたが、そういうのが私は大の苦手だから、長々とした文章を下書きして妻に送ってもらった。

 

GMは女性で、すぐに返信が来た。別件があり(小学生の女子野球も見ている)試合に遅れて来た為、娘の状態に気づかなかったようだが、よくぞこういう意見を伝えて下さいましたとのこと。娘の辛さをとても分かってくださり、同じような悩みを持っている子が他にもいるから、監督にGMの意見として進言するとの返信をいただく。私は妻に「な、メールして良かっただろ、俺、こういう仕打ちは流せないから」と要らぬ一言を言ってしまい、「いい加減、自分で対応してみろよ! いっつも矢面に立っているのは私だろーがっっ!!!!!」と結局は怒らせた。

 

※妻より

LINEという連絡手段ができてから本当にこういうやり取りに疲れ果てます。娘、息子の野球や格闘技教室、その他の習い事に学校、部活、療育、友人関係(トラブル多し)でLINEグループは多数。スマホは震えっぱなしです。正直気が狂いそうになることもあります。夫も野球のLINEに加わってはいますが、スケジュール管理、返信は今のところ全部私の役割。

夫は「だって俺、苦手なんだもん、そういうの」で逃げてしまう。こればかりは無理やり振っても「忘れてた」となるのは目に見えているので、私がやるしかない……となるからストレスが溜まるのかも知れません。何せ夫は不得手なことが多すぎます。相手の性根を変えるしかない、と若いときは思っていましたが、人間が変わるのは難しい……、身に染みて理解したつもりです。そして我慢すると心身共にぶっ壊れるので、月に一度の激怒スケジュールが発生します。

 

 

【妻の1枚】

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【プロフィール】

足立 紳(あだち・しん)

1972年鳥取県生まれ。日本映画学校卒業後、相米慎二監督に師事。助監督、演劇活動を経てシナリオを書き始め、第1回「松田優作賞」受賞作「百円の恋」が2014年映画化される。同作にて、第17回シナリオ作家協会「菊島隆三賞」、第39回日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞。ほか脚本担当作品として第38回創作テレビドラマ大賞受賞作品「佐知とマユ」(第4回「市川森一脚本賞」受賞)「嘘八百」「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」「こどもしょくどう」など多数。『14の夜』で映画監督デビューも果たす。監督、原作、脚本を手がける『喜劇 愛妻物語』が公開中。著書に『喜劇 愛妻物語』『14の夜』『弱虫日記』などがある。最新刊は『それでも俺は、妻としたい』(新潮社・刊)。

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