「私たちの子どもになってくれてありがとう」
そんな思いが込められています。
しかし、その子どもは母親のおなかの中で亡くなっていました。
赤ちゃんが亡くなった状態で生まれる「死産」を経験する人は、国内では1年間におよそ2万人もいます。
残酷な現実を受け止めきれず、深刻なうつ状態になってしまう人もいます。
しかし、社会の支援の体制はまだまだ整っていません。
何とか孤立させずに、つながれる社会を。
(大阪拠点放送局 記者 北森ひかり)
「私たちの子どもになってくれてありがとう」
インスタグラムに次々とキャンドルライトの写真がアップされます。
投稿しているのは、死産・流産で亡くなった赤ちゃんの家族たちです。
赤ちゃんは男の子。航平くんと名付ける予定でした。
毎年、10月15日は航平くんに思いを寄せる特別な日です。
「胎動かな?」
出産予定日を過ぎた妊娠41週のある日。
おなかの中でばたばたと航平くんが動くのを感じました。
「胎動かな?」と特に心配はしませんでした。
助産師に赤ちゃんの状態をチェックしてもらいました。
ところが、心拍をなかなか確認できません。
“何かが起きている”
初めて異変に気がつきました。
待合室にいた付き添いの夫と母親も診察室に呼ばれました。
そして、医師はこう告げました。
「赤ちゃんが亡くなっています」
何が起きているのか理解できない。
小原さんはハンカチで口元を押さえ、泣き叫ぶのを必死でこらえました。
「普通のお産になります」
さらに、医師が続けます。
「ここまで大きくなってくれたから、普通のお産になります」
陣痛を起こして分べんに臨まなければなりません。
小原さんは受け止めることができず、パニックに近い状態になっていました。
小原弘美さん
「現実の出来事とは思えませんでした。お産って元気な赤ちゃんとともに頑張るものだと思っていたので、どうしようどうしようって。死産のことは知ってはいましたが、まさか自分に起こるとは全く思っていませんでした」
“やっと会えた。でも、やっぱり動かないんだ”
医師の宣告から2日後。
亡くなった原因は分かりませんが、首にはへその緒が巻きついていました。
身長49.3センチで体重は2720グラム。
残酷な現実でした。
「いつまでも悲しんではいけないよ」
産後1か月。産婦人科の健診がありました。
悲しみにくれたあの場所にまた足を運ばなくてはなりません。
あんなに楽しみだった通院がつらくてたまらない。
同じ道を通ることも苦しくてなりません。
涙を流しながら、いつもの坂をのぼりました。
外出することすら難しくなりました。
とくにつらかったのは友人から出産の報告を受けたとき。
涙が止まりませんでした。
感情のコントロールもできなくなっていました。
「いつまでも悲しんではいけないよ」
近しい人からの励ましのことばも、かえってつらくさせるだけでした。
小原弘美さん
「死産を経験したあとは強烈な孤独感に襲われていました。ことばではうまく言い表せません。自分だけ違う世界に行ったような感覚でした」
しかし、わが子を亡くした悲しみは夫も同じ。
時折涙を流していることを小原さんも知っています。
家族だけでは抱えきれない。
この気持ちを分かってほしい。
誰かに頼りたいけど頼れない…
小原さんは孤立を深めていきました。
死産・流産の経験者の3割 誰にも相談できない
過去5年以内に死産・流産を経験した女性の65%が、うつや不安障害が疑われる心理状態にありました。
3割は、誰にも話したり相談したりできなかったということです。
各自治体の相談窓口を利用できることになっていますが、その多くは“育児支援”と同じ窓口。
元気な子どもたちをたくさん目にする場です。
わが子を失ったばかりの人にとっては“酷な環境”で、訪れるのは簡単ではなく、公的な支援体制の整備は進んでいません。
「また歩いて行ける支えに」
去年、双子の死産を経験したケイコさん(仮名)は、出産の2日後に行った赤ちゃんの火葬が忘れられないと言います。
ケイコさん
「人生でいちばんつらい日でした。2人の顔、姿がなくなってしまう。遺骨になってしまう。今考えても、思い出しても、いちばんきついです」
「ドゥーラ」は、産後の女性を支える専門家を意味する英語です。
死産・流産の当事者は医療機関との関係が途絶えて1人で抱え込んでしまうケースも少なくありません。
ケイコさんのことばに、助産師が耳を傾け寄り添います。
ケイコさん
「真っ暗闇に落ちたような感じだったので…」
助産師
「そうですよね。時間はかかりますよね」
双子を亡くしたケイコさんにプレゼントしたのは、ペアのぬいぐるみ。
赤ちゃんと過ごした時間がほとんどなく、思い出が少なかったケイコさんにとって、心のよりどころです。
ケイコさん
「本当に、その日生きていく、ふんばるだけで精いっぱいだったところをずっと寄り添ってくださった。また社会とつながり、自分の足で立って歩いていける支えになったと思います」
「いつまでも元気なおかあさんでいてください」
例えば「母の日」。死産した子どもは、戸籍の上では名前も残っていません。
親子として認めてもらえない、そう感じる当事者もいます。
そんな人には、母の日にメッセージカードを送っています。
ケイコさんが受け取ったカードにはこう記されていました。
「いつまでも元気なおかあさんでいてください」
ケイコさん
「亡くなった2人から届いたような感じです。死産・流産のお母さんって、お母さんだと認められないことがすごく多いので。また頑張ろうという力になります」
大阪ドゥーラの会 助産師 中尾幹子さん
「死産や流産はどうしようもない自然の出来事ですが、あまりに衝撃的で1人で受け止めるのは難しい出来事です。支援を受けられないままだと、深刻なうつ状態になってしまう人もいます。私たちのようなお産の知識のある専門職が寄り添うことが重要だと考えています」
「もっと早くつながることができたら」
誰にも言えなかった気持ちを共有でき、大切な人と死別した人のケアを専門とする心療内科ともつながることができました。
小原弘美さん
「同じような経験をしている人に出会えたことで、自分だけじゃないと思うことができました。そう実感できたことで、少しずつ現実を受け止めることができるようになりました。もっと早くつながることができたらよかったと思っています」
いま、世界中の当事者がつながることができるように
国際的な啓発週間「Baby Loss Awareness Week」の取り組みです。
小原さんは今、この啓発週間を国内でも広く知ってもらおうと、当事者たちで作った団体「Baby Loss Family Support Angie」の共同代表を務めています。
世界中でみんな一緒に赤ちゃんに思いを寄せる
キャンドルに明かりをともして赤ちゃんに思いを寄せる日です。
自宅でキャンドルをともし、航平くんを思う時間を夫と過ごした小原さん。
インスタグラムで#Waveoflightと検索すると、同じようなキャンドルの写真が数多く投稿されていました。
“1人じゃない”
自宅に飾ってある写真。
産まれてきた航平くんと夫婦で手を重ねて撮った一枚です。
世界中の仲間とつないでくれたわが子に感謝の思いを持っています。
小原弘美さん
「短い時間だったけど、おなかで一緒にいた時間は楽しかったね。こうちゃん、私たちの子どもになってくれて、みんなをつないでくれてありがとう」
1人にさせない社会に
流産を経験する人も多くいます。
どれだけ医学が進歩しても救えない命があります。
当事者の支援はこれまで見過ごされてきました。
いまも1人で抱え込んでいる人が多くいます。
悩みを抱える人たちがより支援につながりやすくなるようになってほしい。
取材を通じて感じました。
「大阪ドゥーラの会」のホームページはこちら ※NHKのサイトを離れます
「Baby Loss Family Support Angie」のサイトはこちら ※NHKのサイトを離れます
大阪拠点放送局 記者
北森ひかり
平成27年入局
医療取材や大阪府警の事件取材を担当