点滴連続殺人で元看護師に無期懲役 争点となった「完全責任能力」とは?
人の命を救う看護師が殺人の罪などに問われた注目の裁判。
山形純菜アナウンサー
「強い雨の中、報道陣がつめかけています。久保木愛弓被告に対する判決公判はいま始まったところです。今回、裁判長は“静粛な環境で被告に判決を聞いてほしい”としていて、主文は後回しになる予定です」
判決の前に理由が述べられる「主文後回し」が予告されていた9日の判決公判。横浜地裁が言い渡したのは「無期懲役」でした。
事件が起きたのは、今から5年前の2016年9月。横浜市の旧大口病院に入院していた西川惣藏さん(当時88)、八巻信雄さん(当時88)、興津朝江さん(当時78)が点滴に消毒液を混入され、相次いで死亡しました。また、3人がいた病棟では事件前の3か月ほどの間に入院患者およそ50人が亡くなっていたことも明らかになっています。
<逮捕前の取材 2016年>
記者
「(死者が)多いと感じることは?」
久保木愛弓被告
「多いとは思ったんですけど、終末期の患者を受け入れている病院なので」
事件発覚から1年10か月後、逮捕されたのが当時看護師として病棟で勤務していた久保木愛弓被告です。取り調べで、3人の殺害を認めていました。
久保木被告
「自分の勤務時間に患者が亡くなると、家族への説明が面倒で苦痛だった。20人以上の点滴に消毒液を入れた」
これまでの裁判では、被害者の遺族が涙ながらにこう訴えました。
亡くなった西川惣藏さんの長女(意見陳述)
「運動会で孫が一番見える席に座って黙ってほほえんでいる姿は忘れられない思い出です」
亡くなった八巻信雄さんの長男(意見陳述)
「あまりしゃべることもできなくなっていた父が苦しいと口にすることもできないまま、誰にも看取られずに息を引き取ったことを思うと、かわいそうでなりません」
裁判では「責任能力の程度」と「刑の重さ」が争点となりました。
弁護側は、久保木被告について「事件前に患者の遺族から罵倒されたことがあり、犯行時は著しく心神耗弱状態だった」として無期懲役が相当と主張。
これに対し検察側は、「計画通りのタイミングで被害者が死亡するよう手段を使い分けていて、容易に行えるものではない」などとして、計画性の高さを主張。「完全責任能力があった」として、死刑を求刑しました。
最終意見陳述で久保木被告は・・・
「私の身勝手な理由で大切な家族を奪ってしまいました。死んで償いたいと思っています」
そして9日の判決・・・
『被告人を無期懲役に処する』
久保木被告は言い渡しのとき、真っ直ぐ裁判長を見つめていました。争点だった「責任能力の程度」について裁判長は・・・
『完全責任能力が認められる』
犯行時の久保木被告について、うつ状態だったとしたものの、犯行に合理性があることなどから完全な「責任能力」を認めた裁判長。その一方で・・・
『死刑を科することがやむを得ないとまでは言えない』
その理由について、久保木被告には「複数のことが同時に処理できない」「対人関係の対応力に難がある」などといった、「自閉スペクトラム症」の特性があると指摘。また、「死んで償いたい」などと遺族に対する償いの意思を示していたことも指摘し、「更正の可能性も認められる」と述べました。
山形純菜アナウンサー
「無期懲役を言い渡された久保木愛弓被告の判決公判はおよそ40分で終わりました。その後、遺族は無言で法廷をあとにしました」
遺族は強く反発しています。
亡くなった八巻信雄さんの長男
「あまりに身勝手な動機で罪のない人を殺しておきながら、死刑にならないのはおかしい」
検察側が主張した「完全な責任能力」を認めながらも、なぜ判決は求刑された死刑ではなく、無期懲役となったのか。東京高裁の元判事は刑法での「完全責任能力」についてこう説明します。
元東京高裁判事 波床昌則弁護士
「少し法律上の概念と違うと理解いただきたい」
刑法上の「責任」の概念は、本人が自由に選択し、判断能力や行動を制御する能力があることを指します。
元東京高裁判事 波床昌則弁護士
「被告人が自閉スペクトラム症という病気にかかっていて、判断能力、行動制御能力に影響を及ぼした可能性があるので、そうではない人と同じ責任を負わせるわけにはいかないと」
判決を受け、横浜地方検察庁は「判決内容を精査し上級庁とも協議の上、適切に対応したい」とコメントしています。