10月23日(土)より劇場公開中の長編アニメ『映画トロピカル~ジュ!プリキュア 雪のプリンセスと奇跡の指輪!』。東映アニメーションは本作の制作に際して、インハウスで開発した「3Dレイアウト」を導入。加えて、『ヒーリングっど♥プリキュア』のモデルを使用した今後導入予定の「アングル補正ツール」の開発事例がアニメ制作技術の総合イベント「あにつく 2021」にて「もぎたてフレッシュ!開発便り!!」と題して語られた。登壇者は加藤康弘氏(製作本部 製作部 CG制作室 CGアニメーション課 課長)、中村有希恵氏(同課リードアニメーター)、服部 剛氏(フリーランスTD)、山口雅志氏(製作本部 製作部 テクノロジー開発推進室 研究開発課 開発エンジニア)。本稿ではその様子をお伝えする。
TEXT & PHOTO_真狩祐志 / Yushi Makari
EDIT_三村ゆにこ / Uniko Mimura(@UNIKO_LITTLE)、小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)
©ABC-A・東映アニメーション
©2021 映画トロピカル~ジュ!プリキュア製作委員会
自社開発の「アングル補正ツール」と「3Dレイアウト」とは
▲『映画 トロピカル~ジュ!プリキュア 雪のプリンセスと奇跡の指輪!』本予告。この本予告では「3Dレイアウト(HMLayoutCutter)」は使用されておらず、本編で使用されている
東映アニメーションが開発した「アングル補正ツール(taMayaPoseRegister、taMayaApplyPoseCam)」はMayaに、「3Dレイアウト(HMLayoutCutter)」はBlenderに実装している。特に後者においては、同社で初めて本格的にBlenderを採用した点に注目したい。
▲(左から)服部 剛氏、加藤康弘氏、山口雅志氏、中村有希恵氏(以上、東映アニメーション)
▲アングル補正ツールの概要。taMayaPoseRegisterでは「アングルの指定と登録作業」、taMayaApplyPoseCamでは「アングル検知とポーズの実行」を行う
「アングル補正ツール」の開発期間は4ヶ月程度。アイデアが出てから開発終了までおおよそ7ヶ月程度を要したとのこと。他のプロジェクトや業務と並行しての開発であるため、「工数」ではなく「開発期間」として要した時間だ。中村氏が『ヒーリングっど♥プリキュア』の実例紹介に入る前に、「『アングル補正』という言葉は造語です。基となるキャラクターモデルを様々な角度から、さらに見映えが良くなるよう骨格レベルで修正を行うもの」だと加藤氏は説明した。
「taMayaApplyPoseCam」は、任意のカメラから見えているモデルの顔の形状を「ワンポチ(1回ポチッとクリックするだけ)」で調整できるツールになっている。そのため、数多くのショットで使用されるキャラクターであればあるほど作業時間の短縮が見込まれる。
ツールはカメラとモデルの位置から「モデルの方向の検出」→「近似ポーズの収集」→「ポーズのブレンド」→「適用(キーを打つ)」というながれで処理される。また使用できるのは顔だけではない。講演では、サイドヘアが顔にかかってしまうため、髪も同時に動かしていた。
▲「taMayaPoseRegister」使用の様子。画面右手にあるパネル内の左側が「登録したいリグ」、右側が「登録したいフレームのリスト」。「正直、もっと早くほしかったツールですね(苦笑)」(中村氏)、「昨年のあにつくでは、中村さんが全て手動で動かしましたよね……(笑)」(加藤氏)
続いて「taMayaPoseRegister」の使用法が紹介された。画面右手にあるパネル内の左側が「登録したいリグを追加」、右側のリストで「登録したいフレームを追加」。ここでは全フレームの補正済みの顔を登録して追加し終えているため、これでポーズ登録自体が完了ということになる。欲しいフレームにセットするだけで良く、カメラが移動しても途中の画はツール側で補完してくれる。完璧な顔ではない場合も、気になるところを押してしまえばキーポーズ以外も補完してくれる。
▲アングル補正ツールの要件定義。本ツールの発案者はセクションスーパーバイザーの金井弘樹氏だ
これらツールの利点は、アニメーターがゼロから顔のアングル補正をする必要がないため、時間を確保できるところにある。その時間を顔の形状調整以外の箇所、例えば顔の芝居や演技といった作業に充てられるため、作品の精度を上げることができる。これが実装されていれば、カットバイでの画のちがいのようなものも生じにくくなるため、生産性も上がることだろう。「実際に登録した角度以外にも様々な角度で実行できるのか」との加藤氏の質問に服部氏は、「登録していないところで “ほどほどになる” というのが売りです。時間があって登録する数が増えればもっと精度が上がります。登録する数が少なくてもほどほどのところにしてくれるので、後は少し修正すれば良い……といった具合になってくれたら」と今後の展望を述べた。
映画『プリキュア』における3Dレイアウトツールの活用例
続いて山口氏が『映画トロピカル~ジュ!プリキュア 雪のプリンセス と奇跡の指輪!』で実際に使われた宮殿のアセットモデルを用いて、3Dレイアウトツールの解説を行なった。
▲3Dレイアウトの完成サンプル画像(Photoshop)。グレーの部分が「OverScan」の領域
レイアウトはグレーモデルで行なっているが、本編では美術での利用も考慮し演出チェックがOKになった段階で美術から指定された設定でテクスチャを付け、モデルを更新した(画像は更新した状態のモデル)。読み込んでいるキャラクターも、作業時は色付き &フル装備の衣装ではなく、グレーモデルで衣装も最小限の状態で作業していた。アセットごとにコレクションが分かれており、見えているオブジェクトが「実際の画」として出力される。グレーがかっている部分が「OverScan(カメラの見た目を変えずに余白の部分を付け足してくれる機能)」の領域だ。
▲トップビューからカメラ配置の検討を開始する
上の画像の中央右がレイアウトツールのUI。まず「3Dカーソル」というBlender独自のカーソルがあり、カメラをどこに配置したいかなどの検討をトップビューから開始する。「新規カメラ作成」、「カメラ視点に切り替え」に設定するとカーソルを置いた場所に新規にカメラが作成され、「視点をカメラに固定」に設定すると指定したカメラ視点からレイアウトの編集ができるようになる。
キャラクターをもってくる場合、「セレクションtoカーソル」で3Dカーソルの置かれた場所に配置する。キャラクターのポーズは、Blenderでは「ポーズモード」で調整する。3DCGの映像制作では複雑なシステムでキャラクターを動かす必要があるが、未経験でも簡易的にポーズを付けられるなど、運用面も考えてFKのみのシンプルなリグ操作システムにしている。
Blenderにはビューレイヤーごとにアセット単位でキャラクターや背景を個別にまとめたコレクション単位で出力する機能があり、これらを切り替えてそれぞれ現在のカメラでスクリーンキャプチャを行うと、所定の場所に「PNG形式/アルファチャンネル付き」で出力される。そして出力後にPhotoshopにレイヤーとして読み込むとレイアウト画像が出来上がる。
このレイアウトを基に、演出家が必要な素材やフレームの変更といった映像化するために必要な設計をしていく。その他、背景に関しては「背景原図」としても利用された。監督チェックが済んだ後、さらに細かい画素材に分けて美術に渡し、背景を描くためのベースとして利用されることもあったという。また、演出家も美術も、ほとんど3Dでの作業は未経験であった。さらに「HMLayoutCutter」の機能はワンパネルに集約しているが、UIの仕様については今後の課題だと話している。
▲「重力モード」を試す中村氏。「直感的ですね。Mayaのように”Altキーを押しながらグリグリ”するのではなく、ゲームのスクリーンショットを撮ってSNSにアップする感覚に近いんじゃないですかね」(中村氏)
「HMLayoutCutter」は、実際にXboxのコントローラを使って「上下左右にビューの変更」や「カメラ自体の移動」などの操作ができるようになっている。なかでも興味深いのが「重力モード」だ。「重力モード」をONにすると、ストンと落ちたり地面の上を歩いたり、階段があったら駆け上がれたりする。これは、3Dの操作に不慣れな演出家でも手軽に操作できれば良いのではないか、ということで実装したという。
3Dレイアウトを導入することで「作業を効率的なフローにしたい」、「原図整理や地塗りといった美術工程の作業も軽減したい」という思いもあった。また、演出家に使ってもらうことで2Dでの作画レイアウトの作業工程を省き、「原画マンが考える工程」を演出家が考えることで、少しでも早く原画を完成させることを目標としている。
▲Blenderの導入には、AIの機能実装の展望も含まれていた
最後に山口氏は、「演出家にレイアウト作業を負担してもらうことで原画マンの負担を軽くし、その分を原画作業のクオリティアップにつなげることが目標だった」と改めて述べた。さらに「ツールに関してはプロトタイプ色が強いため、UIや機能を改良していきたい。使用頻度が低い機能を隠したり、よく使う機能は表に出したりと使いやすくしていけたら」と今後の目標と改良点を挙げてセッションは終了した。
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