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「IT・セキュリティ業界にいる、尖った人たちを紹介したい!」――

武田一城氏。セキュリティ関連の診断サービスなどを手掛ける株式会社ラックのマーケティング戦略担当であり、NPO法人日本PostggreSQLユーザ会理事でもある。セキュリティ分野を中心とした製品・サービスの事業立ち上げに加え、複数のIT系メディアで執筆活動や講演活動も行っている

 ……そう語るのは、セキュリティ企業の雄、株式会社ラックの武田一城氏。

 氏によると、“けものみち”を歩み続けてきたような(?)尖った人たちが業界には沢山いるという。

 本連載は、

「いろいろあって今はこの業界にいる」
「業界でこんな課題・問題があったけど○○で解決した」
「こんなXXXXは○○○だ!」――

 など、それぞれが向き合っている課題や裏話、夢中になっていることについて語り尽くしてもらう企画になる。果たしてどんな話が飛び出してくるのか……?

 第5回は、「シャノンマーケティングプラットフォーム」というクラウド型アプリケーションサービスを開発・販売する株式会社シャノンを2000年8月、慶応義塾大学理工学部4年生のころに起業した、同社代表取締役社長の中村健一郎氏が登場する。

 本屋にIT関連の本がほとんどなかった時代ということで、IT業界での起業を決意したという中村氏だが、学生起業に踏み出せたのは、大学1年生のころから働き始めた人材派遣の会社でビジネス感覚を養えたことが大きいという。起業した最初のころの仕事は、この会社からの紹介で取り組んだ大手出版社のイベントの申し込み受付サイトの制作。そこからイベントのシステム開発に取り組むようになり、それが今のシャノンマーケティングプラットフォームの原点になった。

 学生のうちに起業し、イベントやマーケティング分野のシステム開発に注目した理由、マーケティングオートメーションの市場で、国産メーカーとしてトップシェアを獲得した同社が今後はどのような展開を目指すのか、うかがってみた。

負担が大きいイベントの集客、必要な作業やデータ管理をまとめる「シャノンマーケティングプラットフォーム」

――まずは、現在どのようなサービスを展開されているのか教えてください。

イベントの集客やマーケティング業務の自動化・効率化を実現する「シャノンマーケティングプラットフォーム」

[中村氏]シャノンマーケティングプラットフォームというクラウド型のアプリケーションサービスを開発・販売していますが、このサービスは「イベントマーケティング(EM)」と「マーケティングオートメーション(MA)」の2つを軸に提供しており、これに付随するコンサルティングや運用代行、導入サービスといった人的なサービスも行っています。

 イベントの開催は、経験したことがある方はよく分かると思いますが、とても負担の大きいものです。受付用の登録フォームを作成して、受付作業、申込者の管理、受講票の配布、そして集客のことも考える必要があります。また、どのお客様が来場したのかも把握しないといけませんし、リード目的のイベントであれば迅速かつ丁寧な事後フォローも必要です。こうした煩雑な業務を全て一括して行えるのが「イベントマーケティング」というサービスで、効率よくリードを管理し、顧客育成へと進められるのが特徴です。小さなセミナーから数万人規模のイベントまで対応しています。

 「マーケティングオートメーション」は、商談を増やすためのマーケティングシステムで、現在はこちらの売上が全体の7割ほど。マーケティング業務の自動化・効率化と戦略的なコミュニケーションを実現することが目的のサービスです。顧客の個人情報や購入履歴、ウェブサイトの閲覧履歴など、あらゆるデータを記録することで、効率的に潜在顧客を掘り起こし、顧客へと育成したり、見込み顧客の確度によってアプローチ方法を変えて効率よく受注につなげたりといったことができます。例えば、メールを2回送ったけど開いていないといった潜在顧客に対して、3回目はハガキを送るといったことが自動でできるようになるのです。

株式会社シャノン代表取締役社長の中村健一郎氏

――ウェブサイトの閲覧履歴のようなデジタルな部分だけでなく、イベントやセミナー、ダイレクトメール(DM)のようなアナログなマーケティング活動まで網羅したサービスなのですね。

[中村氏]そうですね。デジタル、アナログにかかわらず、マーケティング活動に関するあらゆることを統合的に扱えるのが大きな特徴です。国産のサービスとしてはトップクラスのシェアを誇り、B to B、B to C問わず、幅広い業界で導入いただいています。顧客それぞれに担当が付き、手厚いサポートを大事にしています。

やりたいことが「何もなかった」大学3年生の就活時

――中村さんが起業した2000年は、デジタルトランスフォーメーション(DX)という言葉もなかったころ。今、うかがったサービス内容は学生起業家の発想を超えているように感じるんですよね……。そもそも、なぜ起業することになったのでしょう?

[中村氏]就職活動を始める大学3年生の秋ごろに起業を思いつき、大学4年生の8月に会社を設立しました。大学3年生の夏を過ぎたころに、「自分はこの先、何をして生きていきたいのだろう」と悩み、やりたいことが何もないことにショックを受け、人生に絶望していました。頑張る気力がなくなり、このまま生きていても……という気持ちになったのですが、そんなことをしたら親が悲しむなと思ったと同時に、親がいる環境が恵まれていることに気付きました。

 それで、やりたいことがなくても、親のいない子どもたちのために自分の人生を生きていけるなら、良い人生だったと思えそうな気がして、「親のいない子ども100人を育てよう」と決めました。その夢を叶えるために必要なお金は、子ども一人育てるのに2000~3000万円かかるとして、100人ですから相当な額。それをどうしたら実現できるか考えたときに、会社を作るしかないと思い起業しました。これが起業の原点です。

アルバイトでビジネス感覚を養った学生時代、家電量販店で全国トップ3の販売実績を出す

――それはまた思いがけない発想ですね(笑)それでも、やりたいことを実現するための手段が起業だったと。一度会社に就職してからというのは考えなかったのでしょうか?

[中村氏]ビジネスをやること自体に、変に構えたり、難しそうと感じたりしていなかったので、就職は考えなかったですね。こうしたビジネス感覚を持てたのは、大学1年生の終わりごろから、今でいうベンチャー企業のような会社で契約社員に近いかたちでアルバイトをした経験が大きかったです。全国の家電量販店に何百人と人材を派遣している会社で、フルタイムで働くと月に35万円ぐらいもらえるような環境でした。

 最初は家電量販店に派遣される立場で働き、全国でトップ3に入るぐらいの販売実績を上げていました。家電量販店では必ずしもスペックが高いものが売れるわけでもなく、派手にテレビCMをしていると売れることもあるなど、さまざまな情報が絡んで売れ行きが変わるのが面白いなと思いながらやっていました。

 実績が認められた後、その会社では派遣する人材を採用したり教育したりする側になりました。学生でありながら、全国各地に行って、自分より年上の人たちの面接を何千人としたことがあります。このような環境にいたので、学生のうちに起業できたのだと思います。

「本屋に本がない」からIT業界で起業、でも資金調達に一苦労

――学生の時点で面接を担当していたとは!? ちなみに、中村さんが起業したときはITバブルが崩壊したような時代でしたが、その中でIT分野を選択した理由は何だったのでしょうか。

[中村氏]これから大きくなるマーケットだと思ったので、最初は介護ビジネスを考えました。ところが、事業計画をExcelで作ってみても2つ目の事業所を作れる目処が立ちませんでした。今思えば、簿記とかも分からず、ファイナンスの知識がないだけだったのですが、そのときに「お金がなくてもできるビジネスは何だろう?」と考え、IT分野にたどり着きました。

 また、本屋に行ったときに、IT関連の書籍が棚1つだけで「本がない=歴史がない」だから楽勝だと思ったんですよね。

 ただ、自分が今からITを覚えるのはきついと思い、大学でITに詳しい数人を紹介してもらい、「一緒に起業しよう」と口説きに行き、3人で起業しました。

――当時は今のようなベンチャーキャピタルもなく、資本金を用意するのも大変だったと思うのですが、どうされましたか?

[中村氏]会社を作るのに300万円必要で、一緒に起業した友人の実家が裕福だったので、だいぶ援助してもらいました。あとは先ほどお話したように、比較的、収入の多いアルバイトをしていたので、そこから出しましたね。また、信用がなく、銀行口座を作れずに困っていたときも、会社を経営している友人の父親が銀行に口添えをしてくれて、メガバンクに口座を持てました。当時はメガバンクに口座があることが信用につながり、助かりました。

 銀行から資金を借りるときは、必ず連帯保証人が必要な時代でしたから、学生なのに3000万とかの借入にサインするのは恐さもあり、手が震えたのを覚えています。

 当時と今とでは、起業に対するハードルがかなり違うと感じます。今は資金調達をしようと思ったときの選択肢が多いので何とかなります。でも当時は「資金調達ができる会社=すごいベンチャー企業」という前提がありました。私も50社ぐらいに資金調達の話をしに行ったものの、なかなか決まりませんでした。ところが、1社決まった段階で、それならとほかの会社にも支援してもらえるようになったのです。

起業当初の仕事はイベントのホームページ制作、サブスクサービス開始のヒントに

――ちなみに、起業当初から今のビジネスを始めていたのでしょうか。

[中村氏]起業最初のころの仕事で、イベントのホームページ制作の仕事がありました。今でこそ言えますが、仕事を受注してから「ホームページの作り方」という本を買って帰りました(笑

 学生時代にアルバイトをしていた人材派遣の会社のクリエイティブ部門が、某大手出版社からイベントポスターの作成などの仕事を請け負っていました。その流れで、当時アメリカで行われていたオンラインで展示会に申し込みができる機能を備えた、ホームページの制作依頼の話があり、システムの会社を起業していたということで、私宛に紹介してもらったのが最初です。

 ホームページのメインビジュアルなどは、クリエイティブ部門で制作してもらったのですが、マウスカーソルを画像やボタンの上に乗せたときに、ボタンの色が変わるような設定をして喜んでもらったのもいい思い出です。

 イベントのシステムは好評で、他社にも紹介してもらえるようになり、安定して仕事を得られるになりました。当時、世界的にはASP(Application Service Provider)が熱くなると盛り上がっていた時代。レンタルで提供するモデルにして月額、今でいうサブスクリプションのサービスにすると、安定した経営ができると思い、依頼されて毎回一からイベント用のシステムを開発するのではなく、もっと簡単に安く提供できるようにレンタルで提供するモデルに変更しました。

――イベントのオンライン化というのが、今のビジネスの最初だったのですね。それにしても、最初の仕事が大手企業のものというのはすごいですね。

[中村氏]起業した当時は有限会社でしたので、直接の取引はできないと言われ、学生時代に働いていた企業経由でやっていました。そして会社設立後2年ほどして、株式会社になり、資本金が1000万円になったころから直接取引ができるようになりました。

 この大手出版社の仕事ができたおかげで、他社からも新たに声を掛けてもらえたり、次の仕事に繋がっていったのは大きかったです。

顧客の相談がヒントに、イベントと同時にマーケティングの問題を解決するサービスの開発へ

――イベントに特化したシステムからマーケティング分野にも広げていったのは、どのような経緯からですか。

[中村氏]実際に使っていただいているお客様の相談を受けたところ、セミナーやイベントをただやっているだけではなく、マーケティングという大きなくくりの中でやっていることを知りました。だから、もっとお客様の役に立とうと思ったら、マーケティング全体の問題解決ができるサービスにしないといけないと分かり、今のようなマーケティングのサービスを開発しました。

 2006年ごろにクラウド型のサービスとしてリリースしましたが、当時は「スマートセミナー」という名称でした。そして、この先どう進めていくといいのか考えているときに、アメリカでマーケティングオートメーションのようなサービスが出ていました。当然、今ほど注目はされていなかったのですが、この分野は必ず伸びると確信を持ち、こちらの方向に切り替えて開発しました。流行るときにトップを取れれば成長できるチャンスがあるかもしれないと考えていたのです。

――気付いたときの行動が早いですね! それが国内トップシェアの獲得につながるんでしょうね。

[中村氏]最初はセミナーに特化したものを開発して、裏ではマーケティングオートメーションを粛々と4年間ぐらい開発していました。会社内で「リードマネジメントをやるよ」と言ったら「この人は何を言っているんだろう」というような反応が来ました(笑)。

ゲーム×ビジネスを融合した新システム、バーチャル空間をビジネスの場に

――それでは、会社として今後取り組んでいきたいことがあれば教えてください。

[中村氏]マーケティングの再現性で世界を変えるのが目標です。多くの会社が簡単に顧客を作れる、増やせるようにしたいです。数値的な話をすると、約3年後には売上を今の21億円から50億円まで伸ばし、約7年後には売上規模を100億円まで伸ばせるよう取り組んでいます。従業員数は、今の200名程度から500~600人ぐらいまで増やし、顧客数は5000社ぐらいにしたいですね。

 外資系が強いマーケティングオートメーション市場ですが、シャノンは国産サービスとしてのシェアはトップです。アメリカでベストなものが日本でもベストだとは限らないので、マーケティング分野で見ると「シャノンがいいね」と言ってもらえるように精進していきたいです。

 そして今後は世界に通用するようなポジションの確立を目指します。そのために2020年12月に子会社、株式会社ジクウを設立し、バーチャルイベントのシステムを開発中です。ゲームの「あつまれ どうぶつの森」や「フォートナイト」のようなバーチャル空間をビジネスの場に作りたいと考え、ゲームのテクノロジーとビジネスのテクノロジーを組み合わせて開発しています。

 ビジネスの場合は、ゲーム機まで購入していただくのは現実的ではないため、ウェブブラウザーで動かないといけないなど制約はありつつ、9月ごろにはリリース予定です。国内で販売した後に、アメリカやヨーロッパで販売し、最後にアジア圏に広げていきたいと考えています。

 親のいない子どもを育てるという私の夢は、まだ金額が足りないのですが、夢物語であった距離感が手に届くところにきたと思っています。こちらもあと数年仕事を頑張ってきちんと実現します。

――今でこそ大学発のベンチャー支援の体制なども整ってきていますが、そうではない時代に起業した中村さん。お話くださった資金調達の面での苦労のほかにも多くの“けもの道”を通って来られたのではないかと思います。その“けもの道”を地に足をつけて歩きつつ、「これだ!」とひらめいたときの、行動力こそが今の成功につながっているように思いました。ファーストペンギンとしての世界への挑戦も応援しています。ありがとうございました。

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