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合格率わずか5%──。超難関として知られる気象予報士の資格を持つ現役アイドル、それがAKB48の武藤十夢である。8回目の受験にしてようやく合格を勝ち取った武藤は、シングル選抜の常連となり、今は自身が出演する番組のお天気コーナーで原稿も執筆している。「気象予報士になったことで人生が開けていった」と感無量の表情で語る令和のシンデレラガールが全半生を語り尽くした!

(構成・撮影:丸山剛史/執筆:小野田衛)

 

武藤十夢◎むとう・とむ/1994年11月25日、東京都生まれ。2011年、AKB48第12期研究生オーディションに合格し、現在、AKB48のチームKメンバーとして活躍中。生島企画室所属。選抜総選挙の最高位は7位(2018年)。成城大学大学院経済学研究科修了。19年に気象予報士に合格し、現在はABEMA「ABEMA Morning」(月~金曜午前7時)金曜お天気キャスター。6月にはファイナンシャル・プランニングの2級技能士を取得。舞台・映画・ドラマと、俳優としても活躍。

 

足かけ4年、8回目の受験でついに合格!

──「気象予報士の資格を持つ現役アイドル」ということで話題になっている武藤さんですが、もともと天気に関心があったんですか?

 

武藤 いや、そんなこともないんです。ご存知の通りAKB48は大所帯のグループなんですけど、この中でどうやって自分の個性を出せばいいのか悩んでいたんですよね。歌、ダンス、トーク……特に秀でたものが自分にはなかったもので。そんなとき、『AKB48 ネ申テレビ』(ファミリー劇場)という番組の中で「何かチャレンジしてみたいことはありませんか?」とスタッフさんに聞かれたので、「気象予報士の資格を取ってみたいです」と答えたんです。気象予報士の資格は前から父にも薦められていたので、そのアドバイスも大きかったかもしれません。

 

──気象予報士の試験は難しいことで有名で、一説では合格率が5%とも言われています。ある意味、東大よりも難関なのでは?

 

武藤 とにかく勉強しなくちゃいけない範囲が膨大なんですよ。天気記号の暗記から始まって、衛星の知識、熱力学、宇宙の構造、温度変化……。私なんてずっと文系でやってきたから、完全に未知の領域でした。試験の科目は3つあって、まず学科の「一般」と「専門」。これに合格したら初めて「実技」が受けられるシステムになっているんですね。マークシートで出題される「一般」と「専門」は、回によっても違うんですけど、おおむね15問中9問~11問くらいで合格できると思います。実技は記述式で、これも7割くらいは取らなくちゃいけない。一度合格したら、その科目は免除期間というものが設けられるんですけど、これがまた1年だけしかないんです。1年以内に3つ合格しないと、またイチからリスタートする羽目になるんです。

 

──受験者はどんな人たちなんですか? 全員が天気キャスター志望というわけではない?

 

武藤 これが不思議な話で、若い女性もいれば、退職したご年配の方もいるんです。ご年配の方は、おそらく趣味で受験しているのではないかなと。教養を身につけようと、ご自身の時間を勉強に回しているのかなと。会場で会話を聞いてみると、「いや~、難しかったですね。今年もダメですかねえ」なんて笑い合っているから、想像以上に幅広く受験している感じはあります。

 

──それにしたって武藤さんも足かけ4年、7回落ちたうえでの合格ですかからね。

 

武藤 先の見えない感じが一番キツかったです。途中からは番組のスタッフさんに頼んで、密着をやめてもらったんです。実際は地道に勉強しているだけだから絵面的に地味だし、それで録れ高も少なかったら申し訳ないじゃないですか。番組を見ている人も「いつまでこれやってるの?」と思ったでしょうし。あまりにも私が落ち続けるものだから、周りからは「もうやめたほうがいいんじゃないの?」と声をかけられることも結構あったんです。だけど、そのたびに「なにくそ!」と思っていましたね。半ばムキになっていた気がします。根っからの負けず嫌いなんですよ。

 

伝える能力がじつは大切

 

──そもそも気象予報士って何をする人なんですか? たとえばテレビの天気コーナーに出てくる「お天気お姉さん」は、気象予報士とどこが違うのでしょうか?

 

武藤 「お天気お姉さん」は気象予報士の資格は必ずしも必要でなくて、気象予報士によって事前に用意された原稿を読むことを求められます。一方で私たち気象予報士は自分で原稿を書くことになるし、原稿に対して自分なりの見解とかニュアンスを加えることもできる。そこが大きな違いになります。

 

──武藤さん自身も『Ameba Morning』(ABEMA)で天気情報をお茶の間に発信しています。自分なりのニュアンスを加えることもあるんですか?

 

武藤 当然あります。というか、その前にまず番組の方向性があるんです。たとえば「関東を中心に扱っていく」とか「生活に寄り添った情報を伝えていく」とか。私が担当している番組もわりとそっちのタイプで、「今日は洗濯日和です」とか「少し肌寒いので、薄手の羽織るものを用意するといいでしょう」といった伝え方をするんですね。天気図を映しながら詳細に報じるというスタイルではなくて。それでも「今日は天気図を入れたほうがいいな」と思ったときは、番組のスタッフの方にも相談しつつ、入れる場合もあります。「どうしたら、より伝わるか?」という観点で考えています。

 

──その「伝える能力」というのは、どのように鍛えているんですか?

 

武藤 そこはボキャブラリーの問題も大きいんです。たとえば8月は連日のように暑いものだけど、毎日「熱中症に注意してください」と言っていたら、「それ、昨日も聞いたよ!」と見ている方はイライラすると思うんです。だから「こまめな水分補給と塩分補給をしましょう」とか「外出する際は日傘や日焼け止めを用意したほうがいいかもしれません」とか、そういったフレーズのレパートリーを自分の中に持っておく必要がある。それを用意するためにも、他の番組を見て参考にさせてもらうことは多いです。

 

──同業者で「この人はすごい!」と感じる方はいますか?

 

武藤 よく勉強させてもらっているのは、『news every.』(日本テレビ系)の木原(実)さん。木原さんは本当にすごいです。あの番組のお天気コーナーは、そらジローの印象のほうが強いかもしれませんが(笑)。木原さんは「昼間は晴れているけど、夕方からは雨が降り始めるかもしれません。夜になると強くなるので気をつけてください」という感じで、1日の流れを説明するのがすごく上手なんですよね。それは関東限定ということから可能になることではあるとは思うんですけど、イメージがダイレクトに伝わるというのは私の目指すところでもあります。

 

──お薦めの天気予報アプリはありますか? 結構、予想内容も違っていますよね。

 

武藤 私は立場上、ありとあらゆる天気系アプリを利用しています。その中でも好きなのは「ウェザーニュース」と「tenki.jp」の2つ。「ウェザーニュース」は自分が出演している番組でも使っているので、絶大な信頼を寄せています。「tenki.jp」は細かく時間ごとの天気がわかる点が便利ですね。逆にメジャーなアプリでも、「これはどうかな?」と個人的に感じるものも正直あります。そこでは大袈裟な予報を出してくるんですよ。「雪か? それとも雨か?」みたいな微妙なときも、必ず雪だと主張してきますし。いずれにせよアプリごとに癖みたいなものが確実に存在するから、そこを見分けたらより便利に使えると思います。

 

──その他、天気にまつわるお薦めグッズは?

 

武藤 夏だったら、晴雨兼用の傘。日傘としても雨用にも使えるというもので、今は折り畳み式でも可愛いデザインがたくさん出ているんですよね。冬はどのご家庭も暖房を入れると思うんですけど、そうなると加湿器は必須だと思います。やっぱり喉へのダメージが全然違ってきますから。

 

気象予報士・武藤十夢のリアル解説

 

──報じる側の武藤さんからすると、台風の扱いで意識していることはありますか? 台風は直前でルートが変わることが多々あるので、すごく翻弄されるのですが。

 

9月29日時点での台風16号の経路図(気象庁HPから)

 

武藤 台風は進路図の読み方を理解していない方も多いのではないかなと思うんです。通過ルートに円が並んでいて、その中心に線が引かれていますよね。この線の通りに台風が移動するわけではなくて、これは「円の中のどこかに台風が移動しますよ」という意味なんです。円の大きさは台風の強さを表しているものではないんです。

 

──そういう意味だったんですか!

 

武藤 円がだんだん大きくなっていくのは、時間の経過とともに移動する場所の振り幅が大きくなるということ。逆に小さい円が並んでいる進路図だと、通過ルートは当初の予定からあまりズレない。「毎回、台風って変な方向に進むな~」と感じている人がいるかもしれませんが、もう一度、正しく進路図を見直していただけたらなと思います。とはいえ、たしかに台風は予想が難しいところがあって、わずか数時間で状況は刻一刻と変わっていくケースも多い。なので小まめに予報をチェックすることも必要かと思います。

 

──素晴らしい! ついでに天気図の読み方も教えていただけますか? 天気図が読めると、だいぶ予報の精度も上がると思います。

 

9月15日12時の天気図(気象庁HPから)

 

武藤 すごく簡単に説明すると、まず高気圧と低気圧がありますよね。高気圧は晴れる、低気圧は雨。それから前線があるところも雨が降る。このあたりまではおそらく知っている方も多いと思うんです。ポイントはたくさん引かれている線なんです。これは等圧線と言うんですけど、密集して混みあっているほど風が強く吹くんです。あとは高気圧と低気圧で風の回り方が違ってくるので、どちらの方向から風が吹いてきて、どこに雨が降るかを判断していくという流れ。

 

──それは瞬時に判断できるものなんですか?

 

武藤 たとえばこの図の場合、台風というのは熱帯低気圧だから反時計回りに風が吹くんです。したがって南からの風が強く吹くし、前線もあることから九州や四国のあたりで非常に強い雨が降りそうだということがわかってくる。

 

──すごい! 説得力が段違いです! ちなみに専門家同士で意見が違ってくることもあるんですか?

 

武藤 もちろんあります。『Ameba Morning』では気象予報士の先輩とタッグを組んでいるのですが、たまに「えっ?」と思うことはあるんです。この前も私が「関東地方は雨かもしれません」という原稿を書いたら、先輩に「関東地方は曇りでしょう」と直されたんですね。それで話し合った結果、本番では「関東は雨」と報じて、実際にその日は雨が降ったんです。その先輩、「武藤さんの言う通り雨でした」と優しくLINEを送ってくれましたけど(笑)。

 

──今年の夏は、特に8月中旬から下旬にかけて異常なほどの大雨に日本列島が襲われました。ゲリラ豪雨も明らかに増えていますし、気候変動が進んでいると見ていいのでしょうか?

 

武藤 地球温暖化の影響は明確にあると思います。ザーッと一気に降る雨の様子を見ると、南国のスコールに近い感じなっていますから。天気予報を見ていても「記録的豪雨」とか「〇年に一度の~」とか「これまでになかったレベルの~」といったフレーズが使われることが最近は多くなっていますけど、これはもう「異常」な状態が「通常」になっているという話なんです。なので、これからも異常気象は続いていくはずです。

 

──異常気象による深刻な災害が多く、天気が直接人の生死に関わることが多くなっています。そんな中で予報することは責任重大ですね。

 

武藤 本当にそうなんです。ものすごく責任が重い仕事だと思います。資格を取るまでは私もそのことに気づいていなかったから、最初はすごく気持ち的に怖かったですし。6月に入って豪雨が多くなり、特別警報も増えてくると、人の命に直接関わることを自分が伝えなくてはいけないんだというプレッシャーから胃が痛くなってきて……。今はやりがいをすごく感じていますけど、軽はずみなことは口にできないし、生半可な覚悟じゃできない仕事なのは間違いないです。

 

──自分の一言によって、人の運命が変わる可能性もあるわけですからね。

 

武藤 そうなると、やっぱり伝え方が大事になってくるんです。たとえば「大雨に注意してください」と書いたところを、「大雨に警戒してください」に直したり。あるいは「強く降る可能性があります」を「強く降る恐れがあります」に変えたり。

 

──今は地震報道も視聴者や読者の危機感を高めるために大仰な表現に変化しています。

 

武藤 何か事故が起こることが一番避けなくてはいけないですから。警報が多い時期になると、直前になってコロコロ天候の様子が変わってくるから気が気じゃないです。

 

アイドルも気象予報士も全部繋がっている

──気象予報士として、今後の目標は?

 

武藤 帯で、お天気番組をやるのが夢です。細かいところで言うと、私は今、自分が書いた原稿を自分で読むスタイルでやっているんですね。だけど気象予報士の中には「原稿なし」の状態でカメラの前に立っている方もいますから、そういう姿に憧れます。だけどそのためには知識に加えてトーク力も必要になってくるし、現場で「こう喋ったほうが伝わるかな」というアドリブ力も問われることになるんですよ。私は上がり症なので、そこも課題になってくるかなと思います。

 

──武藤さんの場合、気象予報士の資格だけじゃなく、ファイナンシャル・プランナー2級も今年7月に取得していますよね。大学院を修了していることもアイドルとしては異例かと思うのですが、なぜそこまでストイックに頑張り続けるのですか?

 

武藤 常に何かをやっていないとダメな人なんですよね。目標がないと前に進めない性分なので。気象予報士にもなれた。大学院も修了できた。今はやることが特にないし、コロナ禍で自由に使える時間もある。だったら勉強する習慣が残っているうちにFPも取っておくかと、そういう発想なんですよね。

 

──意識が高いですね。見習いたい限りです。

 

武藤 そうしていないと不安になっちゃうんですよ(苦笑)。本質的に自分に自信がないのかもしれない。

 

──天気をテーマにしたAKB48楽曲でお薦めはありますか?

 

武藤 あります、あります! 9月29日にAKB48の新しいシングル『根も葉もRumor』が出ましたけど、 カップリング(Type B)で『西高東低』という曲があるんです。歌っているのはチーム8だから、チームKの私はその場にいないんですけど。

 

──『西高東低』? モロに天気の曲じゃないですか。それなのに選抜メンバーでもある武藤さんが無関係なんですか?

 

武藤 それが聞いてください! ある日、スタッフさんからメールが届いて、そこには歌詞が添付されていたんですね。曲名は『西高東低』で、歌詞自体も気象用語が満載だったんです。「これは!?」って思うじゃないですか。「とうとう私のセンター曲を秋元康先生も作ってくださったのかな!?」って(笑)。それで浮かれながら「次、この曲やるんですか?」って尋ねたら、スタッフさんからの返事が「いや、歌うのはチーム8。だけど天気に関係する歌詞になっているから、ちょっと悪いんだけど添削しておいて」って……。

 

──ひどい! ぬか喜びさせておいて(笑)。でも専門知識がある武藤さんの校閲はたしかに有効でしょうね。

 

武藤 「あ……そうなんだ。私が……歌うんじゃないんだ……」って少しだけ惨めな気持ちになりながらチェックしました(苦笑)。まぁこうやって取材のたびにネタにできるから、気象予報士になれたことは無駄じゃないと考えることにします!

 

──でも真面目な話、気象予報士の資格を取ったことでステップアップできたのは事実じゃないですか。

 

武藤 そうですね。資格取得以降、シングルの選抜メンバーに選ばれる機会も増えましたし。8月からは生島企画室でお世話になっているんですけど、そもそもこのお話がきたときも気象予報士の資格をすごく褒めていただいたので。気象予報士になったことで人生が開けたと言い切れます。

 

──そう考えると不思議ですね。途中で諦めていたら、今とはまったく違った人生になっていたかもしれません。

 

武藤 最近、感じるのは全部が繋がっているんだなということ。気象予報士って天気のことを人に伝える職業じゃないですか。そこで身につけた「伝えるスキル」が、AKB48のステージやお芝居にも活かされているんです。苦労はしたけど、無駄なことは何ひとつなかったと改めて思うんです。軽い気持ちから始めた気象予報士への挑戦は、私にとても大事なことを教えてくれました。