NHKの大河ドラマ『青天を衝(つ)け』のVFX映像の制作過程や裏話、現場の様子などをご紹介するシリーズ企画。5回目となる今回は「渋沢家スタジオセット」について解説したいと思います。
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TEXT_『青天を衝け』VFXチーム(NHK)
EDIT_海老原朱里 / Akari Ebihara(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
[青天を衝け] VFX編 | 激動の幕末をダイナミックに描く舞台裏 | 青天を衝けの世界 | NHK
© NHK
ミッション<5>「スタジオセットに背景を合成する!」
渋沢家「中の家(なかんち)」では屋内での芝居も多くあるため、それらを全て「血洗島オープンセット」で撮影することは現実的ではありません。そこで、母屋、中庭、離れの小屋などはスタジオセットをつくっています。オープンセットでは見えていない母屋の裏側にあるという設定にしています。
▲渋沢家スタジオセットの美術図面
渋谷のNHK106スタジオに建てた渋沢家「中の家(なかんち)」セットはドラマの中で何度も登場するため、細部までつくり込まれています。
▲渋沢家「中の家」スタジオセットの写真
下記の画像で枠に囲まれているのがスタジオセット。枠の外がオープンセット部分です。映像ではこれら両方のセットをシームレスに感じられるようにする必要があります。
▲渋沢家スタジオセットとオープンセットの位置関係。枠に囲まれているのがスタジオセット
そこでVFX的な懸念点が発生します。母屋には障子がはめられていますが、渋沢家は農家のため障子を開けっ放しにしていることが多く、その場合「窓外には何が見えるのか? 血洗島オープンセットの庭が見えるのでは?」という懸念点です。CGでシミュレーションしたところ下記の画像のように、外庭と小屋が見えました。これらの景色をVFXで合成する必要があります。
▲CGによるシミュレーション。母屋の座敷から見た外庭側
これまでの大河ドラマなどでは、スタジオセットで撮影した室内の場面に広大な庭などを背景合成することはなかなか実現できていませんでした。理由は合成するカット数が多くなり、作業量が膨大に増えてしまうためです。また、大河ドラマは毎週放送することもあり、城や屋敷のシーンでは障子を閉めて撮影することが多かったです。しかし、今回は「スタジオセットに背景を合成することで、有限なスタジオ面積の中でも豊かな空間を実現する」ということにチャレンジしてみました。
VFXの立場としては外庭側には全面グリーン幕を垂らしたいのですが、そうすると合成カット以外でも常にグリーンの反射が影響してしまいます。そのため、照明部と相談して合成カットのときだけグリーン幕を設置できるようにバタフライスタンドを使用することで、高い位置からの太陽光もグリーン幕に干渉せず差し込むようにしました。
▲外庭側にバタフライスタンドでグリーン幕を張る
合成するためには、その素材となる「血洗島オープンセットの玄関や座敷から実際に見える景色」を用意する必要があります。そこで「血洗島オープンセット」でのロケ撮影の合間に、縁側の前や玄関前にSONYのラージセンサーカメラVENICEやPanasonicのデジタルカメラGH5を置き、4K動画(HLG)を撮影しておきました。
▲血洗島オープンセットの座敷から見た実際の外庭側の景色
▲SONY VENICEに魚眼レンズをつけて撮影
▲Panasonic GH5に魚眼レンズをつけて撮影
それらの動画を繋ぎ合わせ、パノラマ映像をつくります。朝、昼、夕方といった時間帯や曇り、晴れ、雨などの天候を変え、複数パターン用意しています。
▲渋沢家「中の家」の外庭パノラマ映像
今回は複数パターンの素材を選ぶことができるNUKEのToolSetをつくりました。これによりコンポジット時の負担を軽減しています。
▲渋沢家「中の家」の外庭素材サムネイル
▲庭素材読み込みToolSet
▲合成後
続いてスタジオ撮影したグリーンバック素材のカメラ合わせですが、PFTrack やNukeXでトラッキングを行ない、お芝居カットのカメラ位置を計算します。そして、そのカメラ位置に合った背景をレンダリングするのですが、カメラが動く場合には視差が発生するので単に2D合成するのではなく、簡単な形状(SphereとCard)にカメラマップして若干の視差を発生させます。このような2.5D合成でも場合によってはとても有効です。
▲NUKEのProject3Dノードによりカメラマップを行なう
合成するプレートのカメラ位置を探るためのガイドとして、血洗島オープンセットの渋沢家をあらかじめレーザースキャンしています。今回はLeicaのレーザースキャナBLK360を使い、渋沢家「中の家」の庭の形状をレーザースキャンしました。そして、そのスキャンデータとデジカメ撮影した写真をRealityCaptureでCGモデル化しています。そのCGモデルをAlembicキャッシュとしてNUKEに読み込み、テクスチャを貼っています。レーザースキャンで計測したデータは精度も高く、カメラの位置合わせにはとても有効でした。最近はスマートフォンにもLiDAR機能が搭載されているものも増えてきて、実写VFX現場にとってはとても有効なアイテムだと思います。
▲レーザースキャナで形状測量
▲NUKEに読み込んだレーザースキャンによる渋沢家CGモデル
▲渋沢家スタジオセット合成のVFXブレークダウン映像
渋沢家スタジオセットは何度も登場するセットなので、庭合成のVFXカット数が多くなることを当初から予想していました。作業量軽減のために全て2D合成を行うことも考えましたが、2.5D合成ならばそれほど手間も増えずに、かつ、効果が大きいのではないかと考え、クランクイン前に事前テストを行なっています。建物の中から撮影した映像の合成用背景として、パノラマ写真を簡単な形状へカメラマップし、視差のあるカメラの動きにどこまで許容できるか、ということを複数の背景素材を使ってテストをしました。
▲2.5Dによるカメラマップ庭合成テスト映像
このような事前テストを経たうえで、渋沢家の庭合成を行いました。「スタジオセット」と「血洗島オープンセット」、別々の空間をVFX技術によりシームレスに繋いでいることがおわかりいただけたかと思います。手間をかけて合成したことに気が付かないかもしれませんが、VFX技術を使うことで、室内シーンの全てをあたかもオープンセットで撮影したかのような自然な感覚でドラマに没入することができる豊かな空間が表現されています。今後もNHKの大河ドラマ『青天を衝け』でのVFX技術をたくさん紹介していきますので、ぜひ放送をご覧ください。(『青天を衝け』VFXチーム)
info
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大河ドラマ『青天を衝け』
【放送情報】
NHK 総合 毎週(日)夜 8:00~/[再放送]毎週(土)午後 1:05~
NHK BSプレミアム 毎週(日)午後 6:00~
NHK BS4K 毎週(日)午後 6:00~
公式HP www.nhk.or.jp/seiten© NHK