「眠れない夜には、頭の中で羊を数えるとよい」と言われてきました。
実際に頭の中で羊をイメージし、1匹ずつ右から左へと通過させてカウントした人は多いでしょう。
ほとんどの人にとって、このように「頭の中で情景をイメージする」ことは、ごく普通のことです。
しかし中には、頭で映像を作り出せない「アファンタジア(Aphantasia)」という状態に悩まされる人がいます。
今回は、最近徐々に明らかになってきたアファンタジアについて解説します。
目次
- 脳内イメージが作れない「アファンタジア」
- アファンタジアの原因は「映像記憶を引き出す神経回路の切断」?
- Firefoxの創設者である天才プログラマはアファンタジアだった
脳内イメージが作れない「アファンタジア」
美しいビーチを頭の中に思い描けるでしょうか?
そこには水平線に沈んでいく夕日やオレンジ色に染められた砂浜やヤシの木が登場するかもしれません。
ある意味、私たちの脳内は映画館のようです。
脳内スクリーンでは、どこかで見たことのある色とりどりの静止画や動画が次々に映し出されることでしょう。
しかし、このような脳内イメージを作れない人たちがいます。
この症状は「アファンタジア」と呼ばれており、人類学者フランシス・ゴルトン氏によって、1880年に初めて研究されました。
そしてゴルトン氏は調査の結果、「イギリス人の2.5%がアファンタジアである」という推測を提出。
つまり40人に1人は頭の中で映像を作り出すことができていなかったのです。
とはいえ、このときの調査は統計的なものであり、症状自体を詳しく調べたものではありませんでした。
なにより「アファンタジア」という名前は2015年にエクセター大学のアダム・ゼーマン教授の研究で名付けられたもので、それまでは症状は知られていたものの、明確に名前すら付いていなかったのです。
そして1880年の調査から時は経ち、2005年になってこの症状は再び注目されるようになります。
「ある患者が事故によって後天的なアファンタジアの症状を示した」という事例が報告されたのです。
アファンタジアの原因は「映像記憶を引き出す神経回路の切断」?
脳は、頭頂葉、前頭葉、後頭葉、側頭葉などの部位に分かれており、それぞれが協力しています。
そして脳内イメージは次のように作り出されています。
まず頭頂葉や前頭葉が脳に保存されている情報を映像として取り出します。
次に、その情報を後頭葉と側頭葉が処理。
その結果、脳内スクリーンには映像が映し出されるのです。
さて2005年、イギリスのエクセター大学(University of Exeter)に所属する認知神経学者アダム・ゼーマン氏は、ある患者から「脳内で視覚化する能力が失われた」という報告を受け、アファンタジアに関する研究を開始。
研究には同様の症状をもつ20人以上が参加しました。
彼らの脳をfMRIで調べた結果、頭頂葉と前頭葉の活動が低下していると判明。
しかし患者たちは、夢の中では鮮明なイメージ体験ができていました。
また患者たちの中には、先天性のアファンタジアの人もいれば、後天性の人もいると分かりました。
ゼーマン氏はこれらの調査結果から、次のように推測しています。
「患者たちの記憶自体は問題ないので、アファンタジアの原因は脳の各部をつなぐ神経回路の切断なのかもしれない。
あるいは、そもそも神経回路が存在していないのだろう。
アファンタジアの人はイメージを形成することはできても、”脳のプロジェクター”に欠陥があるため、意識的にそのイメージにアクセスできないと考えられる」
ではアファンタジアの人は、脳内イメージを映し出せないゆえに思考力や判断力が劣ってしまうのでしょうか?
実は、そうとも限りません。
アファンタジアゆえにハイレベルな論理的思考が可能になる場合があるのです。
Firefoxの創設者である天才プログラマはアファンタジアだった
アファンタジアの人は、論理的な思考の面で優れている人が多いと言われています。
問題の特定や分析が得意であり、物事をよく理解して最適解を提出できるのです。
これは本来脳内イメージを作るために用いられるはずの脳機能や神経回路が、別分野で用いられるからだと考えられています。
患者たちは顔や情景を覚えるのに苦労しますが、事実を文章的に記憶するのは非常に得意です。
そして、このような特徴は才能あるプログラマによく見られます。
実際、ウェブブラウザ「Firefox」の創設者兼プログラマであるブレイク・ロス氏は、自身がアファンタジアであると語っています。
彼によると、「私は生涯で一度も、何かを脳内で視覚化したことがありません」とのこと。
鮮やかな風景や夕日について書かれた本を読んでも頭には何も浮かばず、羊を数えることなど単なる比喩でしかない、というのです。
さて、これらを総合的に考慮すると、アファンタジアは脳内イメージを喪失する代わりに別の才能を与えるものだと言えます。
現在アファンタジアに関する研究は少しずつ進んでいます。
しかし、まだ根本原因の解明や治療法の発見には至っておらず、そのためにはもっと多くの研究や調査が必要でしょう。
もし自分がアファンタジアであるなら、「自分には別の才能がある」と考えて、それを生かす方向に意識を向けるとよいでしょう。