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現在、急激に人口が増加しているアフリカ。国連の世界人口推計によると、サハラ以南のアフリカの人口は、2050年までに倍増すると言われています。人口増加によって経済成長や市場の拡大が期待される一方、いまだ多くの課題があるのも事実。中でも、保健医療の体制を整えることはアフリカ全体で急務となっています。

 

そこで注目されているのが、IT技術を活用して医療課題を解決する「E-Health」です。今回は、長年保健医療の分野に携わり、現在はアフリカの医療支援団体でも活動している三津間氏に話を聞きました。アフリカの中でも「ブルーオーシャン」として注目が集まるタンザニアにフォーカスし、保健医療分野の現状や具体的なニーズを解説。「E-Health」の可能性を探ります。

 

お話を聞いた人

三津間 香織

日本の医療機器製造販売メーカーに10年以上勤務し、医療機器の商品開発から生産販売、事業開発、アライアンスに関する業務などを広く経験。その後、大学院で経営学を学び、アフリカに置き薬を広めるNPO法人「AfriMedico」での活動を始める。本団体での活動をきっかけに、アイ・シー・ネットに入社。ビジネスコンサルタントとしてアフリカへ進出する日本企業の支援をしながら、現在も「AfriMedico」での活動を続けている。

 

急速な人口増加を迎え、課題を抱えるタンザニアの保健医療分野

タンザニアは、世界の中でも、今後大幅な人口増加が起こると予測されている国の一つ。現在約5800万人の人口は、2050年には1億人以上になると言われています。しかしながら、増加する人口を支えるだけのインフラは、まだ十分に整っているとは言えません。特に保健医療の分野においては、さまざまな課題を抱えているのが現状です。

 

例えばタンザニアでは、妊産婦の死亡率が高く、10万人あたりの死亡者数は524人にものぼります。死亡要因を見ても、1990年と比べると大幅に減少していますが、いまだ死亡要因の50パーセント以上を占めているのが、感染症疾患及び母子・栄養疾患です。三津間氏は、「特に農村部では、マラリアやエイズなどの感染症にかかって亡くなる子どもが多い」と話します。

 

 

ダルエスサラームなど都市部では、概ね道路も舗装されていて、30分ほど車を走らせればどこかの病院に行くことができます。しかし、ダルエスサラーム以外の州には、まだ舗装されていない道も多くあり、公共交通機関で病院まで行こうとすると片道1、2時間はかかってしまいます。さらに農村部の病院では待ち時間が長く、受診するまでに早くても3時間、ときには5時間ほど待たされることも少なくありません。そして受診後に薬を処方されたとしても、病院が薬の在庫を持っていないケースもあって、その場合は処方箋だけもらって次の日にまた薬局まで取りに行かなければならないんです。

 

農村部に住んでいる人たちにとっては、『一日がかりで病院に行くこと』が普通で、軽い症状だと我慢をしてしまう人も多いのが現状。そのため、病院に行く頃には症状が悪化していたり、特に子どもは手遅れで亡くなったりするケースもあります。ただ病院の数が少ないことだけではなく、道路や物流といったインフラにも、都市部と農村部では大きな差があると言えます

 

村にあるクリニック

 

政府の力だけでなく、民間の手も借りながら人口増加に備える

医療従事者の数が全体的に大きく不足していることも深刻な課題の一つ。特に一般医は、人口1万人あたり0.25人しかおらず、これは日本の100分の1であることから、不足傾向が顕著です。今後、人口が増えることを考えると早急に対処する必要がありますが、三津間氏は、「人口増加にあわせて医療従事者を増やしていくことは難しい」と語ります。

 

 

日本でも実感できることですが、高齢者が増えているからと言って、その需要を満たすだけの介護士が増えるわけではありませんよね。私たちは職業を自由に選択することができますし、同じ職種でも待遇が良ければ、海外で働くことを選ぶ人もいます。特に医療従事者は大学を卒業しても現場での経験を積む必要があり、育成までに数年かかります。そのためタンザニアに限らず、アフリカ全土で急激な人口増加に併せて医療従事者をいっきに増やすことは不可能に近いことだと感じています。

 

しかしそもそもタンザニアでは、『医療従事者になることができる人』がとても少ないのが現状です。現在のタンザニアの義務教育は小学校のみ。中学高校に進学できる子どもは国民全体の2割ほどで、さらに大学に進学できる子どもは1割ほどしかいません。今後は、医療従事者を目指すことができる母数を増やすため、ボトムアップしていくことも課題の一つになると考えられます。その一方で、都市部に出てきて進学する優秀な若者たちの多くは、保健医療分野に対して、すでに強い課題意識を持っています。それはやはりほとんどの若者が、自分の家族や友達を感染症で亡くした経験を持っているから。今の国の政策だけでは解決し得ないこともわかっていて、多くの人たちが『この状況をなんとかしたい』と思っています。このような背景もあってタンザニアでは今、政府だけではなく、官民の連携や民間企業の介入によって、保健医療サービスなどの提供を進めていくことが、ますます求められるようになっているのです

 

IT技術を用いて医療を提供する「E-Health」

保健医療分野の課題を解決するために、近年アフリカ全体で注目されているのが、「E-Health」です。「E-Health」とは、IT技術を用いて、より効率的・効果的な医療サービスを提供しようという取り組みのこと。現在アフリカで実際にスタートしているサービスや、タンザニアでの導入状況について、三津間氏に聞きました。

 

日本で近年よく耳にするオンライン診療も、『E-Health』の一例です。すでにアフリカのいくつかの国では、イギリスがつくったオンライン診療のサービスが導入されています。また、ナイジェリアでは『偽薬』を防ぐためのIT技術が導入され始めているところ。アフリカでは薬の物流形態が複雑で、途中で偽物の薬が混じってしまい、そのまま販売されてしまうことがあります。偽薬のせいで命を落としてしまう人もいるため、アフリカではかなり深刻な問題として考えられているのです。しかしIT技術を用いることで、サプライチェーンの流通を管理して混じった偽薬を検知することが可能になります。このような技術が今後さらに広まれば、アフリカのさまざまな国で、安心安全な薬の流通を実現させることができるはずです。

 

このようにアフリカ各国で『E-Health』のサービスがスタートしていますが、実はタンザニアでは、まだあまり大規模な導入は進んでいません。その背景には、農村部で通信が不安定な地域が多かったり、キャリア会社が5~6社もあったりして、サービスを始めても一気に拡大しにくい現状があります。しかし、数年前までタンザニアと同じようにキャリア会社が複数あった隣国のケニアは、今ではほぼ1社に絞られており、タンザニアも同様の道をたどると言われています。そのためタンザニアでも、今後キャリア会社が絞られてインフラが整備されることで、E-Healthの導入が本格的に加速するのではと考えています

 

「医療を効率よく提供すること」は日本とも共通の課題

これからE-Healthの導入が期待されるタンザニア。中でもニーズがあると考えられているのが、妊産婦や小児向けのサービスです。三津間氏は今後ニーズが見込めるサービスとして、オンライン診療や、妊産婦が正しい知識を得られるようなコンテンツ配信などを例に挙げました。

 

「タンザニアでは、保健省の政策で妊娠期間中に合計5回はクリニックに行って診察を受けることが決まりとなっています。周産期を確認して出産のタイミングを予測したり、赤ちゃんの状態はもちろん、母体の健康状態をチェックしたりする必要があるためです。しかしながら現地で出産した人からは『2~3回しかクリニックへ行っていない』という話を聞くことも。農村部に住む人々は、一日がかりで病院に行かなければならず、特に妊産婦や小児にとって大きな負担となっているのが現状です。そのため、何らかの症状が出ていても我慢してしまい、重症化してから病院へ行くというケースも少なくありません。

 

この課題を解決するために考えられるのが、オンライン診療・問診などのサービスです。例えば、オンライン上で問診をすることで、初期症状での対応が可能となり、医療サービスへのアクセス向上が期待できます。さらに、現在紙で運用されている母子手帳を電子化して、妊産婦の過去の診療データや経過などを一括管理することも、より効率的な医療サービスの提供につながります。

 

また、妊産婦たちや患者へ正しい対処法が伝わっていないことも課題の一つです。タンザニアでは、赤ちゃんを育てるときに必要な対処法などをコミュニティの中で教わることが多いのですが、それが必ずしも医学的に正しいとは言い切れません。そのため、妊産婦たちが安心して子育てできるよう正しい情報を提供することも、今後求められるようになると思います。例えば、赤ちゃんに起こりやすいトラブルの対処法を、ラーニング用の動画や漫画のようなテキストを用いて楽しく学んでもらえるコンテンツなどは、ニーズが見込めるのではと考えています」

 

村の中心部の様子

 

タンザニアでは今、若者たちを中心にインスタグラムやFacebookなどSNSを利用することも増えていて、外から来た新しいものに対してオープンに受け入れる土壌ができつつあると感じています。そのためこれから若い世代をボリューム層として『E-Health』が波及していくのではと期待が高まっているところです。高齢化が進む日本とは一見、状況が異なるようにも思えますが、日本の医療体制においても過疎地や離島など、医療へのアクセスが困難な地域へ『医療をいかに効率的に提供していくか』は、課題の一つ。そのため、『人口密度の低い地域へ効率的に医療サービスや情報を提供する』という課題は、タンザニアの農村部も日本の過疎地も共通しています。日本が高齢化社会に対応していくためにつくったヘルステック系のサービスが、タンザニアのニーズにも応えられる可能性は、大いにあるのではないでしょうか」

 

市場が成長し始めている今が、参入のチャンス

さらにタンザニアでは、「E-Health」以外にも、ニーズが見込まれている製品やサービスが多くあります。例えば、心疾患、脳卒中、糖尿病といった感染症以外を早期発見するための画像診断機器や、増加する糖尿病患者のための血液透析装置などです。そのほか、慢性疾患にあわせた薬やサプリメントなどもニーズが高まっています。このように「人口増加や経済成長にあわせた製品やサービスには、大きなチャンスがある」と三津間氏は語ります。

 

現在、隣国のケニアには、アメリカで優秀な大学を出た若者たちがスタートアップを立ち上げようと集まってきています。これほど競争力があって成長しきった市場に入ることは、コストがかかる上にかなり難しいです。しかしタンザニアは、今まさに市場が伸び始めているところ。このタイミングで製品やサービスのシェアを獲得できれば、たとえ一顧客あたりの単価が安かったとしても、人口増加とあわせて、将来的に売り上げは自ずと伸びていきます。商品特性と市場成長のタイミングを見極め、投資をするタイミングを見誤らなければ、かなり面白い市場だと思います。

 

さらに、タンザニアの政策が海外企業に対してオープンな方向になりつつあることも、今がチャンスだと言える理由の一つ。タンザニアでは、昨年、新たな大統領が就任したことで、グローバルに足並みをそろえようとする発言や政策が増えるなど、少しずつ変化の兆しが見えてきています。まだ就任して間もないですが、これから国のルールや規制が本格的に変わっていけば、今までより海外企業が進出しやすくなると考えられます

 

「今のうちに、現地で起業している日本人や開発コンサルタントに相談しながら、現地の感覚をつかんだり手続きを先んじて進めたりしてもいいのでは」と三津間氏。タンザニア市場を狙う企業にとって、すでに進出準備を始めるフェーズが来ていると言えます。