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こんにちは、書評家の卯月 鮎です。私は趣味でよく散歩をしているのですが、歩いているとたくさんの疑問が浮かんできます。「どうしてこんな地名が付いたんだろう?」「なぜこの街外れに飲食店が並んでいるのだろう?」。

 

街には謎が転がっている!

何年も住んでいる街でも、その成り立ちや発展の経緯は知らないことが多いですよね。今回の東京の謎(ミステリー) この街をつくった先駆者たち』(門井 慶喜・著/文春新書)は、関東圏に住んでいる読者なら「なるほど!」と膝を打つ新書です。

 

 

著者の門井慶喜さんは、『銀河鉄道の父』で直木賞を受賞した作家。徳川家康の命を受けた家臣と職人たちが江戸の基礎を作り上げていく連作短篇『家康、江戸を建てる』でもおなじみです。本書はウェブ連載のコラムをまとめた一冊。広く深い知識によって、東京の謎が露わになっていきます。

 

渋谷は閑静な別荘地だった!?

「なぜ三菱・岩崎弥太郎は巣鴨を買ったのか」「なぜヱビスビールは目黒だったのか」「なぜ新宿に紀伊國屋書店があるのか」。タイトルだけでもそそられるものばかり。なかでも私が驚いたのは銀座について。「なぜ銀座は一時ベッドタウンになったか」。日本屈指のブランド街・銀座が、実は明治時代初期に一時期ベッドタウンになっていた事実とその理由が明かされます。

 

もともと銀座は、徳川幕府の銀貨鋳造所があった場所。しかし、明治政府によって、貨幣を製造する機関は「造幣寮(現在の造幣局)」として大阪に移転となりました。

 

役割を失い、真空地帯になった銀座。明治5年の大火災で街そのものが焼けたこともあり、時の政府がレンガ造りの住宅街をズラリと建て、いわば日本初のベッドタウンにしたのだとか。そもそもなぜ造幣寮が大阪に移ったのか、その背景も推理されていきます。今となっては銀座に住むなんて庶民にとっては夢のまた夢ですよね。

 

銀座と同じく、後に繁華街として東京の顔となる渋谷。「なぜ五島慶太は別荘地・渋谷に目をつけたのか」のコラムも、“街”とは何かを考えさせられました。もともと渋谷は大名の下屋敷や旗本の別邸が多かった、いわば別荘地。谷が多く起伏に富んだ地形で庭園内の築山が作りやすく、湧き水があり池も枯れないため、眺めを楽しむ別荘地向きだったというのは意外でした。

 

この静かな場所を今のような繁華街に変えたのが、東京急行電鉄(東急)の実質的な創業者である五島慶太。彼の人生と渋谷という街のあり方が重なっていく、その語り口に引き込まれます。

 

本書は東京に関する雑学コラムですが、小説のように各エピソードが生き生きと描かれ、物語が転がっていくような感覚があります。もちろん歴史事実もしっかり折り込まれ、読後の納得感も抜群。ひとつひとつの街に関わった人物のドラマが浮かび上がり、壮大な小説の一端を覗いた気分になります。

 

時代によって移り変わって行く街の役割。かつての名残(人の営み)が感じられるのが、街を観察する楽しみなのかもしれません。

 

【書籍紹介】

『東京の謎(ミステリー) この街をつくった先駆者たち』

著者:門井 慶喜
発行:文藝春秋

『家康、江戸を建てる』『東京、はじまる』など、江戸・東京に深い造詣をみせる筆者が、東京の21の地域について過去と現在とを結び、東京の「謎」を解き明かす。回ごとに東京と町を築き上げてきた巨人たちとの交差が描き出されます。

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【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。