Vol.108-2
本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回はAmazonが自社開発した自律走行のロボット「Astro」から見えてくる、Amazonの狙いを解説。
Amazonが作る家庭用ロボット「Astro」は、同社が作った音声アシスタントの「Alexa」と、スマートスピーカー「Echo」の先にあるものだ。
コンピューターに声で命令を与えたい、という考えは昔からある。キーボードやマウス、タッチパネルといった操作は重要だが、それらが使いづらい環境はあり、気軽に使うには、音声で命令を与える形がいい。
AmazonがAlexaを発想する元になったのは、SFドラマ「スタートレック」のエンタープライズ号での様子にある。エンタープライズの中では古典的なキーボードはほとんど使われておらず、タッチパネルと音声操作が基本である。Amazon創業者のジェフ・ベゾスはスタートレックのファンであり、同社のエンジニアにも番組のファンは多数いた。次世代のコンピューターの姿を考えたとき、スタートレックを目指すのは自然なことだったのだ。
ただ、現実には簡単な話ではない。音声を認識する能力は高くなってきたが、人間の意図を柔軟に把握するのは難しいからだ。だからAmazonは、最初に「家で音楽を聴く」ところからスタートした。声で命令すると聴きたい曲が流れる、というスマートスピーカーは、音楽がオンライン化したアメリカ社会にマッチし、急速に普及していった。そこから機能の改善が進み、現在に至る。
同時にアメリカでは、個人宅用のセキュリティカメラの進化が始まる。画像認識とクラウドサービスの活用により、異常を自動的に察知してスマートフォンへと通知したり、来客を自動的に記録しておけたりするカメラを、数万円以内のコストで自宅に取り付けられるようになった。日本ではこの種のカメラのニーズはまだまだだが、治安の問題もあり、アメリカでは急速に普及している。
音声によって命令できることとセキュリティカメラの進化がセットになると、コンピューターの世界は次に進む。1台の機器に命令を与えるのではなく、家にある多数のスマートスピーカーやカメラがクラウドで連携し、あたかも「家全体がひとつのコンピューター環境」であるかのような状態が生み出せるようになったのだ。
この概念を「アンビエント(環境)コンピューティング」と呼ぶ。家という環境自体がコンピューターだ、という発想であり、AmazonやGoogleなど、音声アシスタント技術を得意とする企業が提唱している考え方である。
前置きが長くなったが、ロボットであるAstroもこの概念のなかにいる。家全体が命令を聞くコンピューターになる一方、家族のいる場所に来てやってほしいことも出てくる。そこに移動して「御用聞き」をしたり、家の外にいるときに屋内を自分の代わりにチェックしてもらったりと、「家という環境の隙間」を埋める移動体として開発されているのだ。
動く、という要素は同じだが、掃除用ロボットとは目指す方向が違う。将来的には機能を兼ね備えるようになるのかもしれないが、いまは技術的に別のものである。
では、家庭用ロボットはどのような歴史をたどった製品なのだろうか? そこからは、掃除用ロボットやAstroの目指すところも見えてくる。次回のウェブ版で解説したい。
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