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働く女性のファッションを追い続けてきたファッションエディター 三尋木奈保が、選りすぐりの名品について語ります。今回は、「カルティエ」の腕時計です!

ファッションエディター 三尋木奈保が語る! 思い入れのある腕時計

三尋木奈保
1973年生まれ。メーカー勤務後、雑誌好きが高じてファッションエディターに転身。装いと気持ちのかかわりを敏感にとらえた視点に支持が集まる。おしゃれルールをまとめた著書『マイ ベーシック ノート』(小学館)は2冊累計18万部のベストセラーに。

「25年をかけて知った佳きブランドの真価。自分だけのヴィンテージになったことが、今はとてもうれしいのです」

「いちばん思い入れのある腕時計といえば、カルティエのマスト タンク―― 25年前、新卒で就職した年、最初のボーナスで買ったものです。もちろん、私にとって人生初の本格ウォッチ。ずっと憧れていた由緒正しいブランドに、社会人になった緊張感と誇らしさみたいなものを重ねながら、毎日大切に使っていました。当時主流だったコンサバティブなファッションにも、よく似合っていましたっけ。

その後、人生の大事なタイミングで何度か時計を買い足すうちに、しばらく使わなかった時期もありました。でもときおりふと腕にはめてみると、やっぱりいいなぁと思ってはまた使い始めて、何度も革ベルトを替えながら、気づいたらもう四半世紀。その間、当然流行は移り変わり、私自身、服も小物もたくさんのものを身につけてきたけれど、こんなに長く変わらず好きと思えるものがあるなんて、年を重ねるのも悪くないなと思うのです。

40代半ばを越えたここ数年は、再びこの時計が毎日のお供に。ごつめのシルバーブレスレットを重ねたり、カジュアルなブルゾンのとき、時計のクラシカルな雰囲気をあえてぶつけてみたり。昔には考えられなかった新しいコーディネートができるようになったのも楽しくて。

25年のあいだで、今がいちばん、この時計が自分にしっくりくるような。好きなものを身につけてきた道筋、積み重ねられた人生の時間…… 長い年月をかけて、自分だけのヴィンテージになったことがうれしくて、毎日手にとっているのかもしれません」(三尋木さん)

「カルティエ」の腕時計

▲時計/本人私物

1917年に誕生した、カルティエを代表する「タンク」ウォッチ コレクション。こちらのマスト タンクは販売を終了しているが、系譜を継いだタンク ソロやタンク アメリカンなど、レザーベルトのモデルは働く女性の憧れとして不動の人気を誇っている。

「この時計とのつきあいをとおして学んだのは、佳きブランドには時代を超えた普遍の美があること。そこには必ず、貴い職人技が土台にあること。社会人になりたての私はそのことに気づけるはずもなくて、ブランドという表層的な部分に憧れていただけだったけれど。25年を経てなお美しく、時を刻み続ける実用品としての側面も目にしながら、本当の「ブランドの真価」とはこういうところにあるのだと、しみじみ感じています。

先日、久しぶりにオーバーホールのメンテナンスに出したときのこと。修理士の方にはひと目で使い込まれたものだとわかるのでしょう、おだやかな口調でこんな言葉をかけられました。「数ある機械製品の中でも、人生のいいときも悪いときも、一緒にいるのは腕時計だけなんです。これからも長く使ってください」と。ああ、本当にそのとおりだったなぁ、と心に深く染み入りました」(三尋木さん)

2022年Oggi4月号「私とおしゃれのモノ物語」より
撮影/生田昌士(hannah) プロップスタイリスト/郡山雅代(STASH) 構成/三尋木奈保
再構成/Oggi.jp編集部