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ペトロサーフフェスティバル(Petro-Surf Festival)

空冷ポルシェでジルト島ツアー。ジルト島で毎年開催されるペトロサーフフェスティバルでは、空冷ポルシェ(911、912、914、Gモデル)とレトロ指向なサーファーたちが融合する。我々は現地に赴き、その様子を取材した。

幸福は小さなことの中にある。
この信条は、必ずしもポルシェというブランドだけに関連しているわけではなく、また、ある種の誇大妄想があるとよく言われるジルト島にも関連していない。
しかし、「ペトロサーフフェスティバル」では、すべてが少しずつ変わっていく。
スーツの代わりにパーカーを着て、発泡酒の代わりにクラフトビールを飲み、ハイパワーなV12エンジンの悲鳴の代わりに、6気筒ボクサーエンジンが素直なうなり声を上げる。
毎年、空冷ポルシェのオーナー数十人が、島の本来の姿を体験するために北上してくる。
彼らは風に髪をなびかせ、空気中の塩を味わい、波に乗り、小さな砂丘道を探検する。

※ ジルト島はドイツドイツ最北の島であり、40kmに渡るビーチのあるリゾート地として知られている。

パティナは、ジルト島の「ペトロサーフフェスティバル」の一部だ

美しい景色: ルーフにサーフボードを載せた911は、「ペトロサーフフェスティバル」では珍しくない。実にカッコいい。

彼らの「911」はステッカーで飾られ、多くはサーフボードを屋根に括り付けており、パティナ(古色)は良い音色の一部となっている。
生粋のジルト島の住民で、サーファーでもある、ケン ヘイクとアンジェロ シュミットが、2018年にこのフェスティバルを始めた。
ケンの空冷「911」に対する熱意は、実質的に彼のゆりかごの中に敷かれていた。
1963年、彼の父、ベルントは、この島で史上2台目のポルシェである「356スーパー」を所有していた。
当時は、まだ富裕とはいえない砂漠の島では、贅沢でエキゾチックな車だった。
その後、ツーリング仕様やレース仕様の「カレラ2.7」など、多くのポルシェを所有した。
ケン自身は、ロックグリーンメタリックの1987年式「Gモデル」に乗っている。
彼は長い間、カリフォルニアに住んでいた。
そして、米国のブロガーであり、有名なポルシェコレクターでもあるマグナス ウォーカー氏が、はるばる遠くアメリカから、ジルト島で開催された最初の「ペトロサーフミーティング」に参加したのである。

空冷式ポルシェのみがフェスティバルに参加できる

集合: 空冷ポルシェのみが参加できるこのフェスティバルでは、スタート地点にたくさんの空冷ポルシェが集まってくる。

「911」ファンの間では、自称「都会のアウトロー」が調子に乗って、ボリード(火の玉)を走らせると、自分の車が非常に高貴なものとみなされる。
今回、ウォーカーは、ベルントの964型「911ターボ」で島一周のレースもしてみたいと思っていたが、ヘイク先輩に振られてしまった。
「車を運転するのは、私と息子だけだ。車に乗るのは私と息子だ」。
このときのウォーカーの残念そうで、悲しげな表情を、ぜひ紹介したかった。(笑)
しかし、この実直な姿勢こそが、このフェスティバルの魅力である。
ペトロサーフでは、空冷式のポルシェなら何でもOK。
つまり、「ポルシェ356」や、「911」の「F型」、「G型」、「964」、「993」といった歴代のモデルだ。
加えて、ポルシェ「912」と「914」もパーティーに参加している。

このクルマたちに共通するのは、イグニッションキーが左側にあるということだ。
朝7時になると、空冷エルファー(911)軍団は、島のレストラン、「シュトゥルムハウベ」の前の駐車場に集まる。
初秋のこの日は寒い。
太陽は砂丘の上にかすかに覗いているだけで、我々は暖かいジャケットに身を包んでいる。
ジルト島のベテラン、バーネ ワルンケンが、馬車を改造して作ったレストランでコーヒーをみんなに手渡す。
そして一休みした後、参加者は、ヘイク氏が設定した小さなコースで、参加者はタイムトライアルをする。

車のオリジナリティはあまり重視されていない

1965年に製造されたこの912は、徹底的に改造されている。しかしそれはオーナーのモリッツ氏にとっては、「純粋なドライビングマシン」なのだ。

そのタイムトライアルで、写真家のマーカス ハーブは、2位に0.1秒以下のタイム差で勝利を収めた。
彼の「911」は、1967年に発売された伝説的な「911 R」の外観にトリミングされている。
ベルリン出身のシルケは今回が初参加。
彼女のワインレッドの「912タルガ(1969年製)」は、「クルト」と名付けられ、様々なステッカーで、クラシックカーラリーの20年の歴史を物語っている。
彼女は、今、カートの物語を書き続けたいと思いながら、タイムトライアルをこなしている。
ここにいるほとんどの人がそう思っている。
フランクフルト出身のモリッツとケルシュティンは、1965年製の「ポルシェ912」を自分たちの車軸で、10時間かけてジルト島まで走らせた。
この5年間で、彼らは4万キロを走破したことになる。
2.2リッターのカレラエンジン、ウェバーのキャブレター、ヘイゴのロールケージ、チューンされたヘッドライトなど、この「12」は広範囲に渡って改造されている。
一般的に、「ペトロサーフミーティング」には、輸入車や改造車が多い。
オリジナリティやドレスアップされたコレクターズモデルはあまり重要視されない。
「肝心なのは、ちゃんと走るかどうかだよ」と参加者の一人は笑う。
バイエルンの「運転する喜び」という言葉が当てはまる。
ここに持ち込まれた宝物の中には、50万ユーロ(約6,650万円)の価値があるものもあるというが、そんなことも一切気にしない、ここではお金の話はしないからだ。

約3,000人の来場者がポルシェのモデルに感嘆の声を上げる

リフトアップされた砂漠のスポーツカー: サファリ911に改造されたGモデル。

正午頃、ワッデン海に面したブレーダーロップとケイタムの間にある小さな港、ムンクマルシュに到着した。
1927年にヒンデンブルグダムがオープンして橋が開通する前は、観光客は、みなフェリーでここに上陸していた。
今では、小さなヨットが停泊しているだけで、古いツッフェンハウザー(VW)が桟橋に駐車している。
この日は約3,000人の観光客がムンクマルシェに集まる。
このパンデミックの時代に、主催者は並々ならぬ努力をしている。
小さな子供たちが横の窓に鼻を押し付けたり、父親が子供の頃の思い出を語ったりと、その価値は十分にあります。
バド-ヘルスフェルドから来たエルマーは、狭い車体に鮮やかな黄色の1977年型「Gモデル」にもたれかかって、「結局、人がすべてなんだよ」と言う。
これは「ペトロサーフミーティング」のモットーであり、ハッシュタグ(It’s all about the people)でもある。
疲れを知らない人たちと一緒に、やはり夕方に向けて島の北部へと向かう。
コンクリートと轍のあるアスファルトの狭い道をガタガタと走る。
低速での走行は、クラシックカーである「911」にはあまり向いていない。
時々、車を停めて、荒れ果てた自然を楽しむ。

残念なことに、翌日は風が弱く、予定されていたサーフセッションはキャンセルとなった。
正午、リストからフェリーでデンマークの半島、ロムエに戻る。
駐車場のデッキでは、11人がお互いにもみ合っている。
狂気の沙汰だ。
しかし、小さな男の子は、そんなことには気をとめず、砂地にあくびをしながら転がるアザラシにしか目がいかない。
幸せは・・・、ただその中にある。

ちょっと今回のレポートだけでは、正確なイベントの内容などが不明なのは残念ではあるが、空冷エンジンだけのポルシェがドイツの島に集まって、思い思いのクルマで楽しい時間を過ごす、ということは分かった。(笑)
さらにそこでは、改造してあろうがなかろうが、希少だろうがそうでなかろうが、程度もモデルも関係なしに、思い思いのポルシェで集まる、ということも確かなようである。
そして、そのどんなポルシェでも空冷であればお構いなし、というゆるいレギュレーション、これは実によろしい。
こういうイベントというと、つい希少で高価なモデルばかりになったり、程度がオリジナルじゃなくっちゃいかん、みたいな堅苦しく、参加者の階級制度が見えるようなものになったりしがちではあるが、自動車なんてもっと自由なものであるべきだ。そして自分が好きな自動車だったら、色も形も程度も年式も自由勝手気ままにでいいではないか。
ドイツの島なのに、なんだかちょっとアバウトで気楽なイベント……羨ましいなぁ、と思う。

Text: Matthias Techau
加筆: 大林晃平
Photo: AUTO BILD