クラウドファンディングを利用し、3億円以上もの支援を集めたレザーブランド「SYRINX(シュリンクス)」。シンプルなデザインのなかに光るミニマルな独創性は建築家である、佐藤宏尚氏が手掛けたもので、上質なレザーを使用した高い縫製技術は唯一無二の存在として話題を呼んでいる。ここでは同ブランドを訪ね、佐藤氏にお話しをお聞きする。
建築家が手掛けたレザーアイテム
ーー今、ミドルエイジを中心に人気が溜まっているシュリンクス。その生い立ちは建築家である佐藤氏が自らデザインをした空間に合うオーディオを作りたいという思いから始まったという。
「私は建築家として数多くの住宅や店舗をデザインしてきましたが、その空間に溶け込むようなオーディオが見つからず、自分でデザインすることになりました。その工程で見つけたのがレザーを使ったスピーカーで、デザイン性と雑味のない音が再現できるイタリア製のバゲットレザーと出逢ったのです。
しかし、スピーカーの素材として使うことで多くの端材が出てしまうことに気がつき、生き物の命である素材を上手に利用するために財布やキーケースなどの小物をデザインする『シュリンクス』を立ち上げたのです」(佐藤)
ーー建築家として空間をデザインし、そこに似合うオーディオ作りから派生したレザープロダクツ。端材として再利用するだけでなく、そこには建築家としての熱い思いと既存の常識を覆すデザインが込められている。
「シュリンクスの製品は既存の概念では実現できなかったアイテムが揃っています。もちろん、デザインだけを優先するのではなく実用性や耐久性を備えていることも必要なことであり、基本的な思想は建築と変わることはありません。シュリンクスの柱となる財布は日常的な実用性をデザインとして具現化しています。
サイズ感をミニマムに押さえながらも収納力を与えることは重要なポイントであり、デザインを優先させるために実用性が損なわれては意味がありません。また、金具や装飾の派手さで勝負するのではなく、要素を徹底的に削ぎ落としながらデザインを研ぎ澄ませて行くことを追求しました。シュリンクスの製品には派手さはありませんが、製品を手にしてもらえればミニマルなデザインに込めた『引き算の美学』が理解してもらえると思います」(佐藤)
ーー話題のシュリンクスは自社工房を持たず、高い技術力を持つ工房とタッグを組んで製品を世に送り出す。
「私は自社工房を持たないことが大きなメリットにつながると考えています。自社工房を持つということは設備投資だけでなく職人を育てるための時間や経費も必要になる。しかし日本には優秀な工房が数多く存在し、高い技術力を提供してくれるのです。彼らが持つ技術力はハイブランドの製品にも引けを取らないクオリティを誇り、そのパフォーマンスを利用することで誰にも負けない上質な製品を生み出すことができる。シュリンクスでは日本国内にある数か所の工房とタッグを組んで製品を生産していますが、クオリティの高さはどのブランドにも負けないと自負しています」(佐藤)
最低限の要素で構成された芸術性
ーー佐藤氏の建築家として築き上げたセンスが込められた同社の製品は、既存のブランドでは作り得なかったデザインが用いられ「上質」を求める多くの人たちの共感を得ている。
「HITOEというネーミングで展開している製品(財布)はその名の通り『単(ひとえ)』を意味し、徹底的に厚みを排除することを目指しました。この『HITOE FOLD』は鞄を持ち歩くことなく使える利便性を追求し、二つ折り財布でありながらもヒップポケットに入ることも忘れるサイズ感と厚さを実現しています。厚みを押さえながらも上質さと耐久性を融合するのは至難の技ですが、そこにカードとコインポケットを備えるようにデザインに工夫を凝らしました。
同様にL字ファスナータイプの長財布『HITOE L-ZIP L』ではミニマムにデザインしながらもファスナーに紙幣が噛みこむことのないように工夫しています。ファスナープルも特別にオーダーしたもので、主張し過ぎないサイズでありながらも人間工学に基づいたデザインを採用しているのです。細かな部分ですが、既存のブランドでは実現できなかったこだわりがシュリンクスの理念であり、存在するべき価値として評価されているのだと思っています」(佐藤)
ーーHITOE L-ZIP Lは、革素材にも拘っている。9世紀初頭からイタリア・トスカーナ地方に伝わる鞣し製法で作られた「ヴァケッタレザー」を使用。自然の樹木のタンニンでなめし、じっくりとオイルを染み込ませた革には独特の吸い付くようなしなやかさがあり、ほぼ永久に潤いと艶のある革質、見た目の変化も楽しめる。使い込むほど内側に含まれるオイルが気孔部分から染み出し、オイルケアも不要。
WEB通販にこだわる理由
ーー大きな話題を提供するシュリンクスは店舗やショップでの販売を行わず、クラウドファンディングと自社サイトのみで販売されている。その理由をお伺いしてみた。
「ブランドとしては決して大きなものではありませんが、本当に欲しいと思っていただける人が手に入れてもらえれば本望。そのため、他のブランドアイテムと比較して手にするショップ販売ではなく、シュリンクスの製品をダイレクトに求めてもらえるクラウドファンディングと自社のサイトでの販売にこだわりました。
耐久消費財として大量に販売しようとすれば、そこに関わる数多くの人の意見を取り入れることで『独創性』は姿を消し、一般に流通する既存の製品と同じものになってしまいます。独創とは『独(ひとり)』で『創(つくる)』ことであり、個性が消えてしまう手法を選ぶべきではない。クラウドファンディングを使って世に送り出すことは、ブランドとしての強い意志を貫く最善の方法だと思っています」(佐藤)
ーープロダクツを構成する要素を削ぎ落として調和をはかるシュリンクス。佐藤氏が頭に描く今後の展開とは。
「新たな展開として既存の製品はメンズ向けでしたが、2022年にはレディースラインをリリースする予定です。パステルカラーの染料を使ったカラフルなアイテムを用意し、シュリンクスの良さを女性ユーザーにも広めていきたい。また、ワールドワイドな展開を考え、ユーロ札にフィットするヨーロッパ向けの製品も試作しています。
そして、新製品の他にも既存の製品をブラッシュアップし、より使いやすく耐久性に優れたプロダクツを目指すことも私に課せられた課題です。クラウドファンディングではレビューによってカスタマーの声をダイレクトに聞くことができるので、今後はその声を製品にフィードバックしていきます」(佐藤)
シュリンクスというブランドを担う佐藤氏は寡黙ではありながらも、語る言葉のひとつひとつに重さがあり自身に満ちていた。建築家としての鍛え抜かれた心眼はプロダクトデザイナーとしても一流であり、日本が誇る「ものづくり」の魂を宿した唯一無二の存在として認知され、国内外で多数のデザインアワードを受賞している。キャッシュレス化が進む世界において、ミニマルなデザインに秘められた上質さと実用性は日本を代表するブランドとして世界を席巻する日はそう遠くなさそうだ。
※本記事で紹介している長財布「HITOE L-ZIP L」は、12月6日までクラウドファンディングサービス「BOOSTER」にて割引先行販売しています。
撮影/中田 悟
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