もっと詳しく

NHKの大河ドラマ『青天を衝(つ)け』のVFX映像の制作過程や裏話、現場の様子などをご紹介するシリーズ企画。13回目となる今回は実写素材を活用した海のシーンについて解説したいと思います。

TEXT_『青天を衝け』VFXチーム(NHK

EDIT_海老原朱里 / Akari Ebihara(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada

[青天を衝け] VFX編 | 激動の幕末をダイナミックに描く舞台裏 | 青天を衝けの世界 | NHK

© NHK

ミッション<13>「実写素材ライブラリを活用することでリアルな海シーンを表現する!」

『青天を衝け』では船のシーンが何度も登場します。下記の画像は第18回と第19回の放送で登場したイギリス船停泊カットです。本連載の8回目ではHoudiniを使った3DCGによる海をご紹介しました。しかし、毎回Houdiniで海をシミュレーションするのは計算コストが多くかかりますので、このような停泊カットでは実写素材を背景として使いました。



▲第18回放送のイギリス船停泊カット



▲第19回放送のイギリス船停泊カット

以下のムービーのように、実写の海素材に3DCGの船を合成しています。これらのカットはカメラもFIXですので、実写素材ライブラリからそのシーンの意図に合いそうなものを選んで使用しています。


▲イギリス船停泊カットのビフォーアフター

下記のムービーは渋沢栄一たちがフランスへ向かう第21回放送のアルフェー号のシーンです。この海素材はフェリーに乗船したときに撮影したもので、そこに船や飛沫の3DCGを合成しています。飛沫はHoudiniでParticleシミュレーションをしていますが、海は実写素材のままです。最終的に合成したものをNukeの2Dtransfromで揺らすことで、カメラが海上にいるような映像にしています。


▲航行している素材を利用したカット

NHKのVFXチームでは長年撮り貯めた実写素材をライブラリ化しており、それらを様々な番組で使えるように整理しています。



▲汎用実写素材サーバー

VFX用素材のためだけに撮影に行く場合もありますが、通常番組ではなかなか難しいので、番組本編の撮影時やロケハン時などに動画が撮影できるデジタルカメラ(Panasonic「GH5」など)を持参して時間があれば素材撮影をしています。さらに、最近は4KHLGで収録し、HDR番組制作にも対応できるようにしています。海以外にも炎や煙、人物など、様々なジャンルの実写素材をライブラリ化しており、数多い番組のVFX制作で効率的に活用しています。


▲実写素材の一例

ライブラリの素材は長年かけてコツコツと増やしています。ただ、担当者がタグ付けやライブラリへの素材アップロードなどをひとつずつ行なっていたため、時間と労力がかかっていました。そこで、登録の手間を極力排除するために担当者はカテゴリ別のフォルダの下にサブフォルダをつくり素材を入れるだけでライブラリ内のサムネイルムービー生成などが自動でできるようにしました。

例えば海の素材ならば「sea」フォルダの下に既にある素材の次の番号のフォルダ「sea1231」などをつくり、その中にデジカメで撮影したムービーや連番ファイルを入れると、夜中の決まった時間にサーバーがクロールし、サムネイルを自動生成します。そのサムネイルムービーにはファイル名とメタ情報から読み取ったタイムコード、カウンターを焼き込みしています。そして、先程のWebカタログ画面に登録されるというしくみです。実写素材を使用する場合はそのカタログから選ぶとムービーが再生され、カートに入れることもできます。ただし、オリジナルファイルはデータ容量が大きいので素材サーバーにはアップロードしておらず、別途ファイルサーバーのパスを記録しているだけです。Nukeなどに読み込む場合は、そのファイルパスをコピー&ペーストすればReadノードに読み込まれます。

もうひとつ実写素材を上手く活用したシーンをご紹介します。下記のムービーは第17回放送の下関戦争のカットです。幕末に長州藩とイギリス・フランス・オランダ・アメリカ列強4ヶ国との間に起きた戦争ですが、これも海は実写素材を使用しています。撮影したカメラの動きをNukeXでカメラトラッキングし、船はMayaのArnoldでレンダリング、飛沫や発泡煙はHoudiniのMantraでレンダリングしています。


▲下関戦争シーンのVFXブレークダウン

海の波の動きが多いと特徴点が特定できないためトラッキングが上手くいきません。しかし、この素材の場合は波の動きも大きくなかったので撮影したフェリーの動きを解析することができました。


▲NukeXでカメラトラッキング

プリビズはMayaで行なっており、海の実写素材をプレーンにカメラマップしています。



▲下関戦争シーンのプリビズのMaya画面

プリビズでは船のレイアウト、発砲アニメーションなどのタイミングや動きを決めています。


▲下関戦争シーンのプリビズ

船やクロスシミュレーションした帆、煙突の煙などをMayaのArnold、発砲煙や飛沫などをHoudiniのMantraでレンダリングし、Nukeで実写の海素材と合成しています。煙突の煙はHoudiniでシミュレーションしていますが、帆に落とす影なども必要なためArnoldシェーダのアサイン後、assにしてMayaに読み込んでいます。


▲下関戦争シーンの完成映像

続いて下記のムービーも下関戦争シーンのものです。4ヵ国艦隊が下関の「火の山」(※)の麓の前田砲台あたりを砲撃するカットです。


※山口県下関市にある山


▲下関戦争シーンのVFXブレークダウン

このカットも海は実写素材ライブラリを使用しています。ただ、海の印象は演出意図に合った素材を選んでいますが、背景に「火の山」がありません。



▲実写素材ライブラリの海

そこでAdobe StockShutterstockなどストックフッテージのサービスから使えそうな写真素材を探しました。その写真の現代物を消して、当時の建物をマット画で描き込み、海の動画素材に合成しています。近年はこのような有料の素材を購入できるサービスがいくつかあるため、権利関係を確認して利用しています。



▲ストックフッテージの画像を利用


▲下関戦争シーンの完成映像

今回は実写素材を活用した海シーンをご紹介しました。全てを3DCGで制作するのではなく、ライブラリ素材やストックフッテージなどを活用することでVFX制作コストを抑えることができます。今後もNHKの大河ドラマ『青天を衝け』のVFX技術をたくさん紹介していきますので、ぜひ放送をご覧ください。(『青天を衝け』VFXチーム)

info

  • 大河ドラマ『青天を衝け』


    【放送情報】

    NHK 総合 毎週(日)夜 8:00~/[再放送]毎週(土)午後 1:05~

    NHK BSプレミアム 毎週(日)午後 6:00~

    NHK BS4K 毎週(日)午後 6:00~

    公式HP www.nhk.or.jp/seiten

    © NHK