昨年、自宅で過ごす時間が長かった反動か、今年の冬は久しぶりにセーター(ニット)が着たい気分。ただここ数年スウェットばかりだったから、ニット選びのイロハを忘れてしまった。というか、そもそも知らない。
じゃーどこで買おうか? そう思ったときに真っ先に浮かんだのが、仲町台『Euphonica』。毎年このシーズンはニットを豊富にセレクトし、店主の井本さんもニットしか着ていないイメージ。しかも今季は「ニットの当たりシーズン」だそうな。
ならば、とりあえずEuphonicaに行ってみて、話を聞いてみるしかない! おまけにニットもたくさん試着しよう。
ー先日の『V V V! ビクトリー』というタイトルのブログで、今季は「ニットの当たりシーズン」と書かれてましたね。
もうご覧の通りです。
ー個店さんではなかなか見ない光景です。
これ以外にもまだありますよ。しかも全部、今季のもの。おかしいでしょ、このお店の規模で。
ーそれこそシーズンによって予算があるのでは……。
もう血をダラダラ流しながらやってます(笑)。でも、こんなの絞れるわけないじゃん、どうしてくれるんだよ…やっちゃうしかないじゃんって。厳選に厳選を重ねた結果がこれです。
井本征志さん
Euphonicaオーナー
国内外から上質なアイテムをセレクトする仲町台町の“洋品店”『Euphonica』のオーナー。公開から4年経ってもSNSで度々話題に上がる「90年代ファッション座談会」の発起人。この日は〈サイドスロープ〉のカシミヤニット(私物)を着用しての登場。
ニットを着るとうれしくなる
ーそもそも井本さんはニットというアイテムがお好きなんですか。
好きですよ。だって気持ちいいじゃないですか。気持ちいいし、うれしくなる。
ーうれしくなる?
うれしいですよ。「気持ちよくって暖かくってうれしいな〜」って。服は基本的に着ていてうれしくなりますけど、ニットは特にうれしい。
ーなんとなくわかるようでわかりません……。
守られてる感というか、包まれてる感というか。これはね、コートとかはジャケットとかとはまた違うんですよ。あっちはね、鎧です。立ち向かってる感じがする。気候に対しての抵抗の意志を感じる。ニットはもうちょっと引きのポジション。「それでいいんだよ」って言ってくれる感じ。甘やかしてくれる感じ。
記号に頼らないニット選び
ーそもそも、いいニットってなんですかね。
それは一概に言えないというか、「こういうのがいいですよ」と言うのが正直難しい……です。例えば厚みが〜とか、滑らかさが〜とか、一つの目安に過ぎないんですよ。やっぱり総合値で見てるんで「ここを押させておけば大丈夫」と言うのが難しい。これはニットに限った話ではなくて、服全般に言えることです。
ーなるほど。
例えばね、羊の品種にどうこうと優劣つけて覚えてもしょうがない。「メリノウール最高!」とかね。そういう単純な話じゃないんですよ。服は記号で選べない。
ー至言です。
ただね、いくつか選ぶポイントはあると思います。一番わかりやすいのは、色ですかね。
ー色ですか。
うん、色。やっぱりね、いいニットってのは色がいいんですよ。ニットを見たときに「あ、これはいい色だね」と感じることがいいニットには多い。これは感覚的な話で。
ーいい原料を使っていればいい色が出る。
当然、いい原料を使わないといいニットはできない。いい原料を使っていればいいニットができるというわけじゃないけど、いいニットは絶対にいい原料を使っている。
ーなんだか料理の話と似てますね。
そうそう。それ以上に、素材にかなり左右されるアイテムです。素材がいいのは大前提。その上で話をしましょうってことですね。
ここらへんの話って、数字でどうこうできる話じゃないんです。ある程度は出せるかもしれないけど、例えば「原料の細さがSUPER120’s」と言われてもしっくりこないでしょ。数字が大きければ偉いという話でもない。数字が上がると繊細さが増す分、強度が落ちちゃうし。
ー物としてのバランスが大事ということですか。足し引きというか。
そうです。デザインする側がどんなものを作りたいか。それに対して「ベストな数字はSUPER120’sですよ」という考え方をしなきゃいけない。スペック上の数値は参考の基準にはなるけど、それに過ぎない。
ーなるほど。
こればっかりはもう、適材適所としか言いようがない。「こういうニットを作りたいから、こういう糸を使用して、こういう編み方をしました」っていうデザイン側のゴールに対しての選択じゃないですか。長嶋巨人と一緒ですよ。4番がいくらいたってそれだけじゃ勝てないんです。川相が犠打打ったほうが強いんですよ。
ー巨人ファンに怒られそうですが、わかりやすいです(笑)。
だから、本来的にはファストファッションとこのへんのゾーンのものとを比べるのはアンフェアなんです。
ーああ、記号で選ぶとなると。
「メリノウールを使ってる」という記号のうえでは一緒。
あれ、これどっかで話したっけかな。昔の話なんですけど、ジョンスメドレーのメリノウールで作られたニットをタンスに入れてたんですよ。一方、同じくメリノウールを使ったファストファッションのニットも置いてあったと。で、冬が終わって春になって、防虫剤を入れ忘れていたことに気づいた。次の冬にどうなっていたというと、ファストファッションのほうは無傷だったけど、ジョンスメはボロボロになっていた。
ーああ。
虫はわかるんですよ。どれがおいしいのか。染料だったり仕上げ剤だったり、糸そのもののグレードだったり、いろいろな要素があると思うんだけど、虫は見破ったんです。それをジョンスメと知る由もないのに。「ああ、いいニットって、こういうことか」って、その時実感しましたね。
ー正解は虫に聞け。
まあ、聞いた時には服はなくなっちゃってますけど(笑)。
リアリティのあるニットしか選ばない
ー井本さんがニットをセレクトする基準はなんですか?
う〜ん、なんだろうな…………。いかにも「おしゃれしてます」みたいなニットは入れてないかな。それは重要な基準にしてる。でもかといって無難じゃない。ひよってるわけでもない。
ーそうかもしれません。
生活の中で使いやすいものですよね。リアリティがあること。それは「リアルクローズ」とか「ノームコア」とか言われるところのものとは違って。だって単純に、気に入った服は来年も再来年も着たいでしょ。もちろん気分によって着ない時もあるんだろうけど、「今年も秋がきたから、冬がきたから、着よう」と思える物をうちには置いているつもりです。
ー知名度の低いブランドも取り扱っていますが、お店をやるうえで大変なことはあるんですか。
ブランドの知名度の低さで困ったことはないですね。じゃないと〈キムラ〉が売れないでしょ。シャツカーディガンなんて、常に完売ですよ。あれほどの知名度の低いブランドが。
ー自分の作る服の縫製が複雑すぎて工場に頼めず結局自分で縫ってしまうという、あのキムラさん。
ほんっとね〜、すごい人。ビジネスとしてはよろしくないけどね(笑)。
ーでも井本さんの伝える力もあったんじゃないんですか。
いや〜そんなことではないと思いますよ。「ここに天才がいるぞ! すごいぞ!」って自分がおもしろがっていることがお客さんに伝わっただけ。もちろん〈キムラ〉だけの話ではなくね。僕がいいと思っているものを、人に見せたい。そして、その喜びを共有したい。伝え方がどうこうというよりも。それだけじゃないですかね。
真っ当な〈ウィリアムロッキー〉
結局はね、見て触れて着なきゃわからないんですよ。溝口さん、ぜひ着てみてくださいよ。
ーそうですね。まずはどれからいきましょう?
ではうちが定番的に扱っている〈ウィリアムロッキー〉はいかがでしょう。
ーああ良い深さだなあ。でも着るとVが結構浅いですね。
ちょいVね。ぜひともV嫌いにおすすめしたい。それと、形はトレンドにひよってない。むちゃくちゃ普通。
ーでもそれが逆にいいですね。
「セーター」って感じでしょ。すっごく真っ当な、普通なセーター。でも色だけ遊んでるっていう(笑)。
ーでもタンスに入れておきたいです。ベーシックなニットがほしい方にはぜひおすすめしたいですね。あと、糸もチクチクしないですね。
ジーロンラムってやつですね。ジーロンはオーストリアの南東に位置していて、暖かくて気候がいい。そこで育った羊は、毛が柔らかいんですよ。逆にアイスランドとかは環境などもあって硬めの毛になって、チクチクしたりするんですよね。でもだから劣っているとかではなくて、それはそれで別の魅力がありますが。
一本筋が通っている〈コムアーチ〉
じゃー、次はコムアーチのクルーカーディガン。
ーカーディガンだから、まったくニットを着ない自分にもハードルが低いです。そして肉厚です。この重厚感、物に力を感じますね。
密度を感じるでしょ。すでに店頭でも非常に評判が良くて。コムアーチはね、着るとようやくわかるところがあって。それに、そこまでトリッキーなことはしていないから、飽きずに着られる。でもトリッキーなことはやろうと思えばいくらでもできる。だってここのデザイナー、セントラル・セントマーチンズの首席ですよ。向こうではメゾンでも仕事してたみたいだし。
ーすごいですね。
性格はおっとりした人でね。でも、筋は通ってる。このニットにもその人のキャラクターが滲み出てる。てかそのまんまですよ。
ーたしかに、気の抜けた感じもあるんだけど、着てる人自身もちゃんと良いもの着てる感が感じられるというか。コムアーチ、恐るべしです。
合わせるなら、その感じがいいですね。ジーンズにTシャツに、ニューバランスのバッシュ。90年代の音楽やってる人みたいな感じ。このニットは頑張って着るような感じでもないんで、それくらいがちょうどいいです。
普通の先にある普通〈ニュアンス〉
じゃーこれも着てもらうかな。 ニュアンスのニットポロ。ここからはやわらか系が始まります。
ーおお、ニットポロ。難易度が高そうですね……。
簡単におじさん臭くなるデザインですよね……。でもやり方によるかな。その感じは自然でいいと思います。
ー〈ニュアンス〉にはどんな印象をお持ちですか?
とってもいい普通の服を作っているブランド。だって、ずーっと似たような服を作ってるんですよ。デザイナー本人も寿司屋のようなイメージで、「いい素材が入ったからこれで握ろう」って感じでやってるみたい。でも着てみると「あ、ニュアンスだな」ってわかる。これなんかもう、ニュアンス節の効いた普通なニットです。
ーたしかに実際に着てみると何かが違います。
何かが違うっていうのがニュアンスの特徴です。このニットポロも、実は肩の作り方が柔らかいんですよ。ドロップさせてるとかじゃなくて。すごく普通で、優しい感じ。このニットポロに限らず、普通じゃ満足できなくなってしまった人が選ぶ普通の服、それがニュアンスですね。
迫力の〈サイドスロープ〉
じゃー次は〈サイドスロープ〉。2着いっちゃいましょう。
ー〈サイドスロープ〉。初めて聞くブランドです。
すごく上等で、基本的にはラグジュアリー色が強いブランドです。でも今季のものだったらうちに置けるかなってことでピックしました。
ーこのニットはどこに惹かれたんですか?
もう見たまんまですよ。この、迫力。なのに、あんまりギラッとしてないというか、いかにも「凝ったニット着てます」という感じがしない。
ーさすがにいいニット着てるな感はありますが(笑)
あと、チクチクってなんですかって感じでしょ。
ー生地はなんですか?
ヤクです。
ーヤク。どうりで迫力がある…。猛々しいです。後ろから見たらあいつ何者だ感が出そう。
いいの着てるね、ってひと目でわかりますね。
ーそれとこれ、デザインがちょっと変わってますね。リブがないです。
独特でしょ。袖口と裾にあえてリブを設けてないから、重厚感が抑えられている。だから着やすいんですよね。
ふわふわの〈サイドスロープ〉
では次はカシミヤを、こっちはもちもち天国が広がります。いまうちでやっているカシミヤといえば、ふわふわとした〈サイドスロープ〉と、もちもちとした〈オールドエイチアンドドーター〉があるんだけど、まずはサイドスロープからどうぞ。違いがわかるかも。
ー色は黒ですか。
黒。黒ニットはうちではほんと珍しいですよ。
ーたしかに。盤石な色はやってないイメージです。……って、わ! すごいふわふわですね、このニット。一番好きな着心地かもしれません。
ふわふわでしょ。そして着やすいでしょ。
ーサイジングが若干ゆるくて、いつも着ているやつに近いんで好きですね。
ああ一番近いかもね。
ーとはいえ、着心地が抜群にいいですね……。
うれしくなるでしょ?
ーうれしくなりますね(笑)。ここにきてようやく「ニットを着るとうれしくなる」という井本さんの言葉の意味がわかった気がします。
でしょ? ただ素材本来の着心地の良さはあるけど、これに関しては高級なものを高級なものとして作ってない。
ーそれこそ先ほどおっしゃっていた「デザイナーのゴールありき」。
そう。カシミヤという高級な素材を使っておきながら、あえてロンTのようなアプローチを取っている。
ーおもしろいです。
狂気の高品質〈オールドエイチアンドドーター〉
で、カシミヤを別のアプローチで作ったのがこっち。さっきとは打って変わって、純粋に真っ直ぐカシミヤの良さを出したようなニットです。どちらに優劣がつくという話でなくて、よりカシミヤらしいのはこっち。
ー〈オールドエイチアンドドーター〉ですね。
この人はね、結婚した当初は旦那さん(〈オールドホームステッダー〉のデザイナー)のストッパーみたいな印象だったんですけど、最近は夫婦揃って魔道に落ちてきたというか……(笑)。どこまでいくんだ、この人達っていう。全商品、やりすぎ。もちろん良い意味でね。
ーこのニットでいえば、カシミヤをやりすぎた?
もちろん上等なカシミアを使っているんだけど、細部のバランスまで完璧。
ーVのバランスがいいですね〜。着てみると思ったより深くなくて、やりすぎてないから長く使えそうです。
着心地はどうですか?
ーう〜ん、最高としか言いようがないです。軽いけどしっかりしてるというか、ちょうどいい重さというか……。表現力がまったくもって乏しいですが(笑)
「素肌に着て寝てもいい」と言われているくらい、って、そりゃそうなんだろうけど、さすがにしないよねっていう(笑)。
ーはい(笑)。女性が作っているだけあって、やはりその雰囲気が感じられますね。
いまこういう表現すると怒られちゃうけど、やっぱりレディースの発想で作られてますよ。それは優劣じゃなくて、特徴として。レディースの発想と、オールドホームステッダーの狂気がマッチしたニット。
ー『猟奇的な彼女』のニット(笑)
そう(笑)。
ーいや〜実際に着てみるとニットの違いがわかるものです。個人的にはカシミヤの着心地が好きだったようです。
たぶん高級獣毛が好きなんでしょうね(笑)
ーこりゃ大変だ(笑)。それこそ、見て、触れて、着ないとわからないことを実感しました。
そりゃそうですよ。通販で買える時代ですけど、着心地はもちろん、スマホで見る色は実物と違うかもしれませんからね。ディスプレイの限界もあるし、やっぱりカメラで色を再現するのも限界する。勝手に補正してくれるけど、色によってはたまったもんじゃない(笑)。もっと言えば、店の中と外で見たときの色も違うし。
ー通販で買うのは危険なアイテムですね。ところで井本さんはニットのケアはどうされていますか? めんどくさいイメージがあります。
普通に洗濯機で洗ってますね。ニットだけでなく、コートも。めんどくさいし、別に自分の服だからいいかなって。
ーえ(笑)。でも大丈夫なんですか?
全部かどうかは知らないけど、そもそもニットって仕上げで洗濯機を使ってることもあるんですよ。だから大丈夫といえば大丈夫。あと、そもそも羊ってどこに住んでます? 外でしょ。水がダメなわけじゃない。もちろん洗濯する時は洗浄力の強いものとかじゃダメですよ。ちゃんとネットに入れて、中性洗剤を使って、優しく洗えば大丈夫。
ー中性洗剤をお求めの際は、Euphonicaに置いてある〈リブレ〉推奨で(笑)。
そうそう(笑)。
ーニットも買うなら、ぜひEuphonica店頭で、ですね。
はい、ぜひ。どれもこれも胸を張っておすすめできる逸品だけがあると自負しています。
Euphonica
住所:神奈川県横浜市都筑区仲町台1丁目33−19
電話:045-532-8460
営業:12:00~20:00(定休日.水)