菓子や乾物などを入れるブリキ缶やスチール缶を製造する愛知県大治町の「側島(そばじま)製缶」(石川浩章社長)が今年、一般消費者への直接販売を開始した。きっかけは「売れたのは10年間で100缶……」というツイッター上でのぼやき。一緒に載せた写真が注目され、不良在庫は一気に人気商品へと変身した。これを機に一般向け製品の開発を続けており、「消費者のニーズを知り、お世話になっている取引先に新たな提案をすることで恩返ししたい」と意気込む。【荒川基従】
同社は1906年の創立以来、事業者向けに缶を製造してきた。バブル経済期には高級感のある「缶入り」が贈答品として人気に。年間約15億円を売り上げ、従業員数も100人前後に上った。
だがバブル経済が崩壊し、紙箱が台頭。中国製との価格競争もあり、同社の売り上げは年約5億円に減少。従業員も33人になった。
そんな時、ツイッターで注目されたのは、カラフルで形も多様な「Canday(キャンディ)缶」だった。取引先に売り込もうと約10年前に製造したが、ほぼ売れなかった不良在庫だ。2020年11月末、社員が「カラフルでかわいいじゃないですか。写真映えもするし売れそうじゃないですか。売れたのは10年で100缶……」とつぶやいた。
これに66万人以上が反応した。好きなキャラクターのグッズを入れるため、キャラクターのテーマ色の容器を探していたアニメファンに注目されたといい、アニメ商品販売会社との取引が始まった。側島製缶も21年1月初旬にオンラインショップを開設した。
同下旬には、カキなどを入れて直接火にかける「ガンガン焼き」専用缶(Sサイズ858円、Mサイズ968円、Lサイズ1078円=いずれも税込み)を一般向けに投入。この夏には「新型コロナウイルス感染症による沈んだ世相の中でも、いつか笑える日が来るまで思い出を大切に保管してほしい」と、タイムカプセル缶「REMEMBER THE TIME」(1980円=同)を発売した。Canday缶は737〜1650円=同=で販売している。
「カラフルでかわいい」などといったSNS上の書き込みは、同社が初めて触れた消費者の反応。缶は脇役でしかないと思っていた従業員らが「自分たちの製品を喜んでくれる人がいる」と誇りを抱き、働きがいにつながっているという。
一般向け販売は全体の利益の中では小さいが、消費者ニーズを把握する手段になった。同社は「これまでは取引先の注文通りに製造するだけで、取引先の規格に依存し、甘えるビジネスモデルだった。今後は直接販売で知ったニーズを活用し、新たな製品を取引先に提案していきたい」と話している。
「価値ある仕事を」
Canday缶が売れるきっかけとなったつぶやきを書いたのは社長の長男、石川貴也さん(34)だ。政府系金融機関「日本政策金融公庫」を退職し、将来は会社を継ごうと2020年4月、社員になった。「働きがいのある価値ある仕事をしてこそ社会に受け入れられる」と社内改革を進めている。
同社は2代目社長の曽祖父以来、4代続けて石川家が社長を務める。貴也さんは長男だが「継げ」と言われたことがなく、11年春に公庫へ就職。支店や本店で中小企業の経営支援をし、18年春から1年間、内閣官房の「まち・ひと・しごと創生本部」事務局に出向。優れた技術を持つ地方企業の成長を助ける仕事などに携わった。
「やりがいがあり、楽しくて仕方がなかった」が、父親の会社には何もできていないことに「自己欺まんや後ろめたさを感じ、ずっとモヤモヤしていた」という。19年に浩章さんが体調を崩したことをきっかけに、「ここまで育ててもらい、大学にも行けたのは、側島製缶の人たちのお陰」と、ふるさとへ戻ることを決めた。
今は「平社員」の立場で業務の電子化や社員間での情報共有などを進めている。最も重視するのは経営理念づくりだ。「何のために仕事をしているのかという存在意義が大切。それが分からなければ、従業員に働きがいが生まれず、幸せを追求できない」と考え、理念づくりのプロジェクトメンバーを募ったところ、従業員33人のうち14人が加わった。
貴也さんは言う。「従業員の幸福の最大化こそが経営者の義務。お客様を含め弊社に関わる全ての人が幸せになれる会社にしたい」