元Jリーガーの鈴木啓太さんが腸内環境の解析を目的としたベンチャー企業AuB(オーブ)株式会社を設立したのは2015年10月。スポーツ界の人脈を生かしてアスリートの便を集め、その中からDNAを採取し、腸内細菌の集団(腸内フローラ)の解析を開始しました。大学などの研究機関と共同で、腸内フローラがヒトにもたらす効果を解明する研究を進めています。
研究で得た知見を基に、2019年12月には製品化第一弾のサプリメント「AuB BASE(オーブベース)」を発売しました。そこから約2年が経過し、新たな商品開発に向けて動き出すとご本人から連絡があり、話をうかがってきました。
サプリメントとプロテインに続いてインナーウエアの開発を開始
――前回取材させていただいたのが2019年10月になります。その後の事業の進展について教えてください。
鈴木啓太(以下、鈴木) 前回の取材はサプリメントの発表のタイミングでした。その後、2020年9月に「AuB-001」という新菌の発見が大きなトピックとしてありまして、2021年1月にはプロテイン「AuB MAKE(オーブメイク)」の発売も開始しました。売り上げが少しずつ伸びており、ユーザー数もそれにともなって伸びている状況です。
研究につきましても、この2年の間に検体数などが増えまして33競技750人以上となり、検体数は1700を突破しました。前回取材時は27競技500人以上で、検体数1000以上とお伝えしていたと思います。
―― 検体数が増えたことで、わかってきたことはありますか?
鈴木 検体数自体が増えてわかってきた、という意味では実はそこまでありません。我々が一緒にお仕事をしているトレーナーさんや、様々な方々とのつながりの中で自然と増えていったので。我々自身のデータベースの拡充ですよね。ただ、こういう人(編集部注:特定の競技やスポーツをされている方)たちの検体がほしいと集めているケースもありますので、深い内容はお伝えできないのですが、もう少し経ったらそういったこともお話しできるかなと思っています。
――今回は株式会社メタジェンというバイオスタートアップ企業とのインナーウエア発売に向けての共同研究を開始すると発表されました。
鈴木 メタジェンさんは福田(真嗣)先生という方が代表を務めております。腸内細菌の世界では有名な先生で、私がこの事業を始めたときからお名前を存じ上げておりました。アカデミック出身でありながらベンチャー企業を経営されており、先進的な取り組みに注目していました。
2020年10月にたまたまお会いする機会がありまして、福田先生が行っている研究と我々の研究を何かの形にできないかとディスカッションしていく中で、「おなかを温めることがすごく大事ですよね」というところに共通の見解がありました。
そこで「温めることが重要です」というコンセプトのインナーウエアを共同開発しようという形に。2022年2月頃の発売を目指して開発を進めていきます。
フィジカルスポーツのアスリートに加え、eスポーツのアスリートの研究も
――2021年5月にはサッカーeスポーツの東アジア王者「Blue United eFC」と契約を締結されました。フィジカルスポーツのアスリートと異なるデータなど、新しい発見はありましたか?
鈴木 こちらも研究の詳細についてはお伝えできないのですが、彼らの課題というのは時間が不規則なことや睡眠です。脳をものすごく使うので、睡眠が浅くなるのをどのようにして改善できるのか、腸内環境からのアプローチを行っているところです。
―― フィジカルスポーツのアスリートとは違ったアプローチになるのですね。
鈴木 ただ、フィジカルスポーツのアスリートも脳を使ったり、睡眠に対しての課題があったり、疲れが取れにくかったりすることはありますので、基本的には一緒だと思います。
フィジカルスポーツでも競技が変わったり、ジャンルが変わったりすることによって、イメージが変わりますよね。たとえばeスポーツだったら「脳をたくさん使うだろうな」というイメージだと思うんですけど、サッカーでもバスケットボールでも脳みそをたくさん使うトレーニングを行うと、体よりも頭が疲れます。
一方で、eスポーツは体が疲れないと思うかもしれませんが、姿勢を保つという意味では体も疲れます。大きな筋肉は動かさないけど、頭を使うというセグメントですよね。そういうデータが揃い、セグメントされ、スクリーニングされると、より分かりやすいデータが出るという話なのかなと思います。
――フィジカルスポーツのアスリートにしても、eスポーツのアスリートにしても、何かの目的がないと研究が進んでいかないのですね。
鈴木 おっしゃるとおりです。課題があることがすごく大事で、研究の目的も結局そこです。病気や疾患を治すには、その方々の研究をすることが一番の近道なのです。
たとえば「疲労を回復するためにはどうしたらいいか」という課題があるとき、一般の方々の場合は「何をどのくらいやったら、その疲労になったのですか?」というのが数値化しづらいですよね。でもアスリートであれば、「これだけ走って、これだけジャンプしたから、これくらいの疲労です」というのが分かりやすいわけです。一般の方々には課題がないと言っているわけではなく、課題がより明確かどうかというところですよね。
アスリートの課題を解決することで一般生活者にも貢献できる
――そうすると、まずはアスリートのパフォーマンスを高めることをサポートされていかれるわけですね。
鈴木 我々はアスリートの腸内細菌の研究をする中で、サンプリングをさせていただいたアスリートに対して「こういうふうにしたほうがいいんじゃないか」といったフィードバックをお返しすることで直接的に還元します。これは研究が進んでいく中で、より高い精度でサポートできると思っています。また、そこで得られたデータが次世代のアスリートに対してのサポートにもつながると考えています。
そのようにアスリートをサポートしていく中で、アスリートの課題と一般生活者の課題がものすごく離れているように思うかもしれませんけど、実際の体の機能はそんなに大きく離れているわけではありません。
たとえば、持久力を高めたいという課題があったとき、それを一般生活者に置き換えると、持久力があるということは疲れにくくなります。ですから、アスリートの特徴的な人たちの腸内細菌を調べていくことによって、一般生活者の身体的な課題にも貢献できるんじゃないかと私たちは考えています。
――鈴木さんはかつてアスリートとして活躍され、今は一般生活者ですが、当時と今で体調管理の仕方は変わりましたか?
鈴木 「やめた後どうされているんですか?」とよく聞かれるんですけど、「別にどうもしてないんですけど」というのがリアルな声で、ほとんど何も変えていないんですよね。
――現役時代と同じようなトレーニングを今も行っているのですか?
鈴木 いいえ、行っていません。だから運動しないぶん、おなかは減りません。ただ、食べる量をすごく節制しているわけでもなく、ほんの少し減っているくらいですかね。品数をたくさん食べることとか、食物繊維もいろんな野菜から摂ることは現役時代から継続しています。
それでも体重はほとんど変わっていないんですよね。トレーニングをしていないので筋力が落ちているのは確かです。だから体重が変わらないのは脂肪が増えたからという憶測はできます。でも、痩せたいと思えばすぐに痩せられますし、筋トレを少しやればすぐに筋肉がつきます。今のところ自分の体のバランスを保つことができています。
とは言え、現役時代ほど厳密にやっているわけではありませんが、食事を選ぶときに自分の頭の中に「コレとコレとコレは必要だよね」という計算が頭の中にポンと出てくるので、食生活も含めて自分の中で足し算引き算する習慣が染みついているという話なのかもしれないですね。
プロダクトの数を増やし、「腸活」の必要性を啓蒙していきたい
――事業での研究をご自身の健康管理に取り入れている事例があれば教えてください。
鈴木 サプリメントは寝る前に必ず飲んでいます。これは30種類のヨーグルトを食べているのと一緒です。プロテインは1袋がだいたい20食分ですが、それを1カ月で飲み切るようにしています。忙しい朝に飲んだり、小腹が空いたときにおやつで飲んだりします。
――商品の購入者はどういう方が多いですか?
鈴木 30~40代の方が多くて、約7割が男性です。ただ、最近は女性の方も増えています。プロテインは男性が多いですが、女性でも飲まれる方がけっこう増えてきていますし、サプリメントに関して言えば女性は美容やダイエットといったところから入ってこられる方が多いですね。
ただ、パッケージが少し男性寄りですので、今後は皆さんに使っていただけるようにリニューアルも考えています。
――購入のきっかけは?
鈴木 基本的にはインターネットで知っていただく形になります。ただ、我々は広告費をそんなにかけているわけではありませんので、アスリートたちが使用しているのをファンの方々がSNSで知って購入していただいたり、こういった取材記事をきっかけに入ってきてくださったりするお客様も非常に多いですね。
――今後は事業をどのように展開されていきたいとお考えですか?
鈴木 まずはプロダクトを増やしていきたいと思っています。そして「腸活」と言われているものを皆さんに啓蒙していきたいですね。「なぜ腸活が必要なのか」というところの啓蒙活動を進めていきたいと考えております。
撮影/我妻慶一