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NHK連続テレビ小説『おかえりモネ』の主題歌「なないろ」のミュージックビデオは、双子の姉妹が雲の中を飛び回る様を中心に描いた、浮遊感が心地良い作品だ。特殊なロケーションかつ約1週間ほどの制作期間しかなかったこともあり、撮影にはLEDウォールを用いるなど、様々なCG・VFX的な工夫が施されている。


※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 277(2021年9月号)からの転載となります。

TEXT_大河原浩一(ビットプランクス)
EDIT_藤井紀明 / Noriaki Fujii(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamda


BUMP OF CHICKEN「なないろ」
©bumpofchicken.com. All rights Reserved.

制作期間約1週間という超短期決戦での活路

今回紹介するBUMP OF CHIKEN「なないろ」のミュージックビデオは、双子の少女が心理的な距離を縮めていく過程を、空中を落下する2人の距離感で演出するという、朝ドラのオープニング映像とはまたひと味ちがう映像表現となっている。本作の大半を占める少女たちが空中落下するカットは、背景にLEDウォールを使用して撮影するなど、見どころの多い作品だ。



左から、山本良太CGディレクター(AnimationCafe)、佐藤大洋CGプロデューサー(KASSEN)、岡田博幸テクニカルアーティスト(ModelingCafe)、三木康平CGプロデューサー、太田貴寛VFXスーパーバイザー、城戸久倫VFXプロデューサー(以上、KASSEN)

本作を手がけたのは、2020年12月に設立されたばかりの気鋭の映像制作プロダクション・KASSEN。監督の林 響太朗氏が朝ドラのオープニング映像の監督も務めていたながれで、本作の制作を依頼されたという。「実質的な制作期間が1週間という極端に短いスケジュールの中に、実写パート、フルCGパート、実写+LEDウォールパート、CG+アニメ+実写パートと様々な要素が組み合わさってできている作品なので、全工程がオーバーラップしながら進んでいった感じですね」と佐藤大洋CGプロデューサーは話す。時間のない中、監督のコンセプトボードをベースにビデオコンテを作成しながら制作手法が検討されたが、「監督はご自身のイメージをどうかたちにするかスタッフと一緒に考えるタイプの人なので、当初はっきりとした方向性は決まっていなかったのですが、こちらからも提案しながらできることを詰めていきました。言われたものを言われたとおりにつくるよりも、はるかにやり甲斐がありますね」と太田貴寛VFXスーパーバイザーは語る。

制作環境は3DCGにMayaHoudiniUnity、コンポジットにNukeFlameが使用されている。KASSENでは、それぞれのスタッフが分業して作業を担当しているが、それぞれのパートが一箇所に集まって密にコミュニケーションをとりながら制作に取り組む体制になっているので、このような短期決戦の制作においても強みを発揮できるのだという。それでは具体的なメイキングを紹介していこう。

<1>プリプロダクション&LEDウォール撮影


コンセプトボードから制作手法を見極める

まず、本作の制作にあたって監督から提示されたコンセプトボードを基に、ビデオコンテやプリビズが作成された。ビデオコンテでは主に、曲に合わせたカット尺やレイアウト、人の演技などを最後までおおまかに決めていき、そこから技術的に検証が必要な部分を中心にプリビズが作成されていった。「空から女の子が落ちてくるという企画なので、ワイヤーアクションもありますし、背景も制作しなければいけないというのは確実に決まっていたので、あとはどういうやり方があるのかを検討していきました。背景にLEDウォールを使うというアイデアもその中のひとつです」と太田氏。フルCGのパート部分は先行して作業できるように、撮影が始まる前にプリビズを作成。プリビズでは人形を使って女の子たちの髪や服の動き、カメラの動きなどを実際に撮影して検証しながら、ダミーのアセットを使って3DCGによるプリビズが作成されている。「プリビズを作成することによって、髪の毛のない状態だと落下している感じが出なかったものの髪の毛があると雰囲気が出るとか、手足をバタバタさせていると落ちているように見えるとか、いろいろな発見がありました」と太田氏は話す。

本作では、背景をLEDウォールに表示し、LEDウォールの前でワイヤーに吊された役者を同時に撮影するという手法が採られている。LEDウォールで再生される映像は、Unityを使って、撮影しているカメラの動きと背景の動きが連動するしくみが構築された。今回は1面のみのLEDウォールを使用しているため、カメラを激しく動かすと背景がカメラの視野から外れてしまうことから、かなり限られた範囲でしか動かせないという状況だったが、カメラに付いているセンサーを外して監督自身がセンサーを動かすことで、背景の動きを調整している。厳密には、カメラの動きと背景の動きは一致していないのだが、きりもみしながら落下していく設定だったこともあり、カメラワークがある程度合っていれば意外と自然に見えるのだという。また、下からの風圧になびく髪は、撮影時に下から風を当てても意図したなびき方にならなかったため、上から風を当てながら背景とカメラを上下反転させて撮影されている。


ビデオコンテやプリビズによるプリプロダクション


本作のプリプロダクションでは、監督のコンセプトボードをベースにビデオコンテやプリビズが作成された


  • ▲コンセプトボードから抜き出したコンセプトアートの一部


  • ▲コンセプトボードから画素材を切り貼りして作成されたビデオコンテ。曲に合わせて細かく尺調整が施されており、完成版とほぼ同じ構成になっている


  • ▲フルCGカットのためのプリビズ制作の様子。空から落ちてくる2人の動きを人形を使って確認し、その様子をビデオ撮影してCGアニメーション用のプリビズ制作の参考にしている


  • ▲Mayaで作成されたプリビズからの抜粋


LEDウォールを用いた撮影



▲LEDウォールはMcRAYのスタジオに設置された「REO Visual DN2.6」。幅10m、高さ5m、撮影時の解像度は3,840×1,920に設定されており、撮影時のLEDの照度は1,000nitとなっている。LEDウォールで再生される映像は、Unityでリアルタイムレンダリングした映像をカメラのセンサーに連動させて動かしている。雲は天球に市販素材を使ってマッピングしているが、雲の奥行き感や視差、雲と雲の狭間にいる感じなどを出すために、Houdini等で作成した雲のCG素材を後から合成するなどして、より臨場感のある空中シーンに仕上げている


3Dスキャンの活用


フルCGカットでは、3Dスキャンした人物のモデルをリトポして利用することで大幅な工数削減につながった。3DスキャナにはArtec Leo、ソフトウェアにはArtec Studioを使用。3Dスキャンベースのモデルは、アニメーション付けや髪の毛や服のシミュレーション用のアセットとして活用されている。また登場する人物が双子という設定は、1体のモデルの色替えで対応できるため非常に助かったという



▲3Dスキャンの現場風景


  • ▲スキャンデータをMayaで利用するために処理した素体データ


  • ▲同・服ありデータ



▲Mayaでリトポして完成したデジタルダブル用のモデル

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<2>CG&VFXメイキング

<2>CG&VFXメイキング


Unityでの髪の毛と服のシミュレーション

LEDウォールでの撮影で対応できない引きのショットは、3Dスキャンで作成したデジタルダブルを使ったフルCGで制作されている。3DCGの使用にあたっては、どこまでカメラを寄せることができるかがポイントとなった。当初は引きのショットでしか3DCGを使うのは難しいのではと考えていたが、実際に制作してみるとミドルショットでも対応できることがわかり、一気に制作が進んだという。3DCGのショットは、3DスキャンしたモデルデータをMayaでリトポした後にリグを作成、アニメーションを付けた後にUnityに読み込んで髪の毛や衣服のシミュレーションを行い、再びMayaへ戻ってV-Rayを使ってレンダリングを行う。髪の毛は、最初板ポリの髪の毛の変形だけで対処する予定だったが、かなりカメラが寄ったときにクオリティがもたないということで、山本良太CGディレクター(AnimationCafe)が岡田博幸テクニカルアーティスト(ModelingCafe)にUnityでの髪の毛と服のシミュレーションを依頼した結果、CGパートのクオリティをかなりアップできたという。シミュレーションが必要なカットは16カットあり、真面目にMayaなどでシミュレーションをかけたらスケジュール的に終わらなかったが、Unityでシミュレーションをかけることでほぼ3日程度で終わらせることができたそうだ。

本作では、キャラクターアニメーションのほかにも、HoudiniやNukeを使ったエフェクトが多数利用されている。また作品の仕上げの段階ではFlameも使用されている。Nukeはコンポジットなど1ショットのクオリティを上げるために使用し、Flameは作品全体のクオリティを上げるために使用するというように使い分けていたそうだ。


指針となったフルCGのミドルショット


あまりカメラが寄れないだろうと想定されていたCGパートだが、このミドルショットの出来が非常に良かったため不安が一気に解消したという、本作のCGカットの指針となったカットだ。このカットはUnityで髪や服のシミュレーションを施し、そのデータをMayaに読み込んでV-Rayでレンダリングした素材に加え、Houdiniで作成した雲の素材と背景のHDR素材をNukeで合成して仕上げている



▲Houdiniで作成した雲素材


▲UnityでシミュレーションしたデータをMayaに読み込み、ライティングやカメラワークを追加する。UnityからMayaへの変換はオリジナルのコンバータを用意して対応している



▲コンポジットやエフェクト処理はNukeで行われている。図はNukeのノード構成。HDRの空背景素材に、Houdiniで作成した雲素材を合成。Mayaでレンダリングされた女の子の素材に対してはグローがかけられ、全体にレンズダストやフレアも追加されている



▲コンポジットに使用された空のHDR素材



▲空素材のノード構成。空のHDR素材は天球メッシュにマッピングして使用されている


  • ▲Nukeで作成された空の背景


  • ▲空の背景にHoudiniで作成した雲の素材を合成した状態


  • ▲Mayaでレンダリングした女の子の素材を合成


  • ▲仮LUTを当ててカラコレした完成に近いルック


Unityによる髪と衣服のシミュレーション


髪の毛は最初MayaのnHairを使ってリグが作成されていたが、毛束の感じが強く出てしまったためグリッドでつくり直して大量に配置し、Unityのボーンを使ってシミュレーションをかけてMayaに戻すという工程を経ている。Unityではシミュレーションに使用する風の状態などもパラメータで調整できるようになっており、ショット単位でシミュレーション結果をリアルタイムで確認しながら調整を行なっているという



▲Mayaでセットアップされたモデルデータ。このモデルの髪の毛にUnityで大量のボーンを設定する



▲Unityによるシミュレーション例。シミュレーションしたデータは、服はAlembicで出力し、髪の毛はボーンのデータをアニメーションパーツとしてMayaに読み込むツールを利用してMayaに取り込んでいる



▲Mayaによるテスト画像



▲Mayaでレンダリング後コンポジット処理された完成に近いルック


Houdiniを使ったフォトリアルな水玉


フォトリアルに仕上げられた水玉のショットは、まずHoudiniで球のメッシュに手付けでアニメーションを付けた後に、ノイズをかけて水を変形させ、水独特のふるまいを追加する。そのメッシュをpointに変換してVDB化して、2つの水玉が融合する状態を作成。さらに、融合時の反動などを再びノイズを加えながら調整している



▲Houdiniによる水玉の基本的なふるまいのアニメーションを作成した状態



▲アニメーションを付けた状態のメッシュをpointに変換。VDB化して融合させる


▲Nukeによるコンポジットノードで4種類のライティングを使用した画像を出力して合成し、見映え良く仕上げていく


  • ▲リニア合成された水玉のショット


  • ▲仮LUTを当てて調整された完成に近いルック


ロトスコープによるアニメパート


本作途中に挿入される手描きのアニメーションは、mimoidの山田遼志氏によるものだ。最初はまっすぐ落ちていくような単純な動きが想定されていたが、尺がもたないということで、CGチームの方から3D的なカメラワークを提案したという。ただし、複雑な動きをゼロから手描きするのはスケジュール的に難しいだろうということで、髪や衣服のシミュレーションを施し、3DCGで作成したプリビズを手描きでロトスコープすることで制作されている。3Dでガイドを出したことでダイナミックな表現が実現し、予想以上の仕上がりになったという


▲初期プリビズ


▲シミュレーション後のプリビズ


▲ロトスコープされた手描きアニメ(途中段階)

  • 月刊CGWORLD + digital video vol.277(2021年9月号)


    特集:デジタルで彩る コスチュームのセカイ

    定価:1,540円(税込)

    判型:A4ワイド

    総ページ数:112

    発売日:2021年8月10日