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 「お前不倫してんの?」「人間やめたれよ」──東京五輪に出場した卓球の水谷隼選手に、Twitter上でこんな心無いダイレクトメッセージが寄せられたと本人が明らかにした。水谷選手以外への中傷も相次いでおり、体操の橋本大輝選手も「SNSで誹謗(ひぼう)中傷とみられるメッセージがある」と投稿している。

 選手への中傷が相次いでいるとして問題になっている今回の五輪だが、実際にそのような投稿はどれくらい増えたのか。全出場選手を網羅するのは現実的に難しいため、水谷選手へのメンション(@を付けて言及するツイート)を例として、SNSの分析サービスを提供するユーザーローカルに調査を依頼した。

 調査対象は、7月23日から8月2日までに水谷選手に寄せられたメンションの約2万2000件。日ごとにメンションを「ポジティブ」と「ネガティブ」に分類し、それぞれの割合の推移をグラフにした。

ポジティブな投稿は「メダル獲得でネット上が沸いた状態」を反映

 まずポジティブな投稿の推移を見ると、開会式があった23日から増加が始まり、水谷選手と伊藤美誠選手が混合ダブルスで金メダルを取った26日まで増え続けていることが分かる。

 翌日の27日がピークで約45%となるが、29日に約15%まで下がり、以降は横ばいだ。ポジティブなツイートについては、「メダル獲得でネット上が沸き、その波が一旦落ち着いた状態」が反映されているといえそうだ。

ネガティブは31日がピークで約20%に ただし解釈に注意

 一方、ネガティブな投稿は25日まではゼロといっていい。しかしメダル獲得の26日に数%の“芽”が見られ、水谷選手が「とある国から、『○ね、くたばれ、消えろ』とかめっちゃDMくるんだけど免疫ありすぎる俺の心には1ミリもダメージない それだけ世界中を熱くさせたのかと思うとうれしいよ」と投稿(現在削除済み)した28日には約5%に。記事冒頭のメッセージを公開した31日がピークで約20%となった。

 ただし、ポジ/ネガの分類は分析ツールによって機械的に行われていることから、ネガティブと分類した投稿の全てが本当にネガティブな内容のみとは言い切れないという。

 31日に水谷選手が公開した中傷DMの投稿は3万9000リツイートほど拡散されており、これに対するリプライを見ると、「(誹謗中傷の)送り主は頭が悪い」「一度痛い目に合わせるべき」といった投稿があった。こうした機械的な判断が難しい投稿はネガティブ側にカウントされる可能性があることを考えると、31日のピークは「中傷と中傷批判が入り混じって話題になった」と捉えた方がいいだろう。

 しかし、中傷批判は中傷がなければ生まれない。そう考えると、水谷選手へ中傷があることが広く伝わったのは28日であることから、それより前の26日と27日の数%は中傷あるいは批判的な内容がほとんどだったといえそうだ。実際にその期間の水谷選手へのメンションを検索してみると、水谷選手が反則をしたのではないかと問う投稿がみられる。

SNSは「テレビ」ではない

 今回の分析手法では、非公開の場で選手に明確な悪意をぶつけるようなメッセージの増減は調べられない。それでも公開のメンションにもネガティブと捉えられる投稿はあり、なおかつ中傷投稿が議論を呼んだ状態だったとはいえそうだ。

 水谷選手は「1ミリもダメージない」としていたが、体操の村上茉愛(まい)選手は、SNS上の中傷について「見たくなくても見てしまう、すごく残念で悲しい」と試合後のインタビューで吐露している。

 有名人のSNSアカウントに対する心無い投稿は、五輪以前からもしばしば問題視されてきた。従来、有名人と一般人の接点といえばテレビや雑誌など、情報が一方通行のメディアしかなかったため、テレビや雑誌に対して“むき出しの感想”を口にしようと、その有名人にまで届くことはなかった。

 当たり前のようで忘れがちなのは、どんなに立場が違えど、SNSでは双方向に情報が伝わるということだ。そしてもう一点意識されにくいのは、匿名アカウントだろうと、いまや書き逃げできる時代でもないということだ。

 水谷選手は中傷に対し「あまりにも悪質な誹謗中傷は全てスクショしている。関係各所に連絡を行い然るべき措置を取る」としている。SNSでの中傷が相次ぐ状況はJOC(日本オリンピック委員会)も把握しており、SNS上の中傷を監視し、場合によっては警察などと協力して対応する方針を8月1日に示している。

 ネット空間に放った言葉は相手に伝わり、場合によっては訴訟沙汰にもなる。リアルの会話と何も変わりはしないことをあらためて認識するべきだ。

短期連載「東京五輪とネット」

57年ぶりの東京開催となった「東京2020オリンピック・パラリンピック」。前回開催時と異なりネットが普及した今、ネットを通じてさまざまな声や交流が生まれている。競技者やサポーター、報道関係者、企業など、国や立場を超えて生まれる“ネットと五輪”ムーブメントを追う。