バイアグラといえば、広く知られているED(勃起不全)治療薬です。
そのバイアグラが、EDとはまるで無関係の意外な症状に効果を発揮する可能性が明らかとなりました。
米国クリーブランドクリニック(Cleveland Clinic)の研究者が主導した新たな研究は、バイアグラの有効成分シルデナフィルを服用した場合、非使用者と比較してアルツハイマー病の発症リスクが約70%低下していると報告。
これは720万人を超える大規模研究から示されたもので、シルデナフィルがアルツハイマー病(AD)の予防と治療に役立つ有望な薬剤候補である可能性を示すものです。
研究の詳細は、12月6日付で、科学雑誌『Nature Aging』に掲載されています。
目次
- バイアグラの意外な効能
- 予防法が見つからないアルツハイマー病
バイアグラの意外な効能
アルツハイマー病とバイアグラというのは、一般的な認識ではまるで結びつかない問題であるように感じます。
しかし、それはバイアグラという薬がなんなのか誤解している人が多いためかもしれません。
現在ではED(勃起不全)治療薬の代名詞となっている「バイアグラ」。
この薬は服用すれば、1時間ほどでEDの男性でも自然な勃起が可能になり、EDでない男性からも快適な性行為のために求められるほどの効果があります。
男性を勃起させるという効能から、これを媚薬や興奮薬のように勘違いしている人も多いようですが、実際のところ、バイアグラにはそのような効能は一切ありません。
もともとバイアグラは、ファイザー社がシルデナフィルという成分の研究から、1990年代に開発した狭心症治療薬でした。
狭心症とは冠動脈が細くなり、血流が阻害される心臓の病気です。
しかし、治験を行った結果、狭心症治療への十分な効果は確認できず、臨床試験は中止となりました。
このとき、研究者たちは治験用のバイアグラを被験者たちから回収しようとしたのですが、被験者たちの多くがこれを手放すことを拒み、無害なら薬をもらって帰りたいと申告してきました。
不思議に思った研究者がその理由を調査したところ、現在知られている勃起を改善させるバイアグラの効能が発覚したのです。
狭心症には有効でなかったものの、バイアグラは血管を拡張する効果があり、体の血圧をさげます。
その結果、下半身に血が集まりやすくなり、陰茎への血流も改善され強く勃起することが可能になるのです。
そのため、バイアグラには媚薬的な効果は皆無であり、また興奮して心臓に負担をかけるのとは真逆に、むしろ心臓の負担を軽減させる薬なのです。
媚薬だと思って大量服用し倒れる人のニュースをたまに聞くことがありますが、これは興奮したためではなく、逆に血圧が下がりすぎたためといえるでしょう。
バイアグラは一般的に知らている効能から誤解されやすいですが、決してエッチな薬というわけではないのです。
実際バイアグラは、ED治療以外にも肺高血圧症の治療にも使用されることがあります。
このように、医療の世界では、もともと期待していた効能とは、まるで無関係に思える症状に有益な効果を発揮する化合物が見つかることがあります。
そしてバイアグラは、ED治療に続き、二度目の意外な効果を見せることになったのです。
予防法が見つからないアルツハイマー病
アルツハイマー病は、脳が萎縮して日常行動や記憶、思考に問題を起こす脳の病気で、認知症患者の80%近くを占めている症状です。
この病気は老人の病気という認識が強いため、若いうちに危機感を強く抱いている人は少ないかもしれません。
しかし、アルツハイマー病の患者は年々増加傾向にあり、現在米国では500万人以上が罹患しています。
そして、効果的な予防法・治療法が早期に発見できなかった場合、2050年までに米国では患者数が1380万人を超えると予想されているのです。
しかし、アルツハイマー病に有効な新薬の開発は、重大な副作用が見つかるなど、現在のところあまりうまく行ってはいません。
そこで、今回の研究を主導したクリーブランドクリニックの研究者フェイション・チェン(Feixiong Cheng)博士は、アメリカ食品医薬品局(FDA)からすでに承認を受け安全性が確認されている1600以上の既存の薬の中から、アルツハイマー病に役立つものがないかを調査したのです。
さきほどバイアグラの例で説明したように、既存の医薬品でもまったく別の症状に対して大きな効果を発揮させるのは珍しいことではありません。
チェン博士は、早期にアルツハイマー病治療薬を新たに開発・承認することは困難だと判断し、既存薬の中に有効なものが存在している可能性に賭けたのです。
アルツハイマー病の原因は、主にアミロイドβとタウタンパク質と呼ばれる2つの特殊なタンパク質が相互作用して脳内に蓄積するためだとわかっています。
これが老人斑と呼ばれる脳細胞の変化を引き起こします。
そのため、チェン博士はアミロイドとタウタンパク質に反応する化合物を調査しました。
その結果、シルデナフィルがもっとも有望な可能性を持つことがわかったのです。
シルデナフィルとは、さきほど述べた通りバイアグラの主成分です。
そこで、研究チームは次に720万人以上の健康保険請求データをもとに、そこでシルデナフィル(バイアグラ)を服用している人と、そうでない人の6年間分のアルツハイマー病の発症比率を調査したのです。
すると驚いたことに、バイアグラの使用者は、非使用者と比較してアルツハイマー病の発症が69%も少なかったのです。
これは同様の調査対象となった他の数種類の薬よりも、著しく顕著な結果でした。
もちろん現在のところは明確に、アルツハイマー病とバイアグラの因果関係が証明されているわけではありません。
ただ、研究チームはこの結果にかなり強い信頼を持っていて、バイアグラがアルツハイマー病の認知機能低下を予防する有望な薬剤である可能性が高いと述べています。
今後チームは、より明確な因果関係のテストを臨床試験によって明らかにしていく予定だと語っています。
参考文献
Harnessing Endophenotypes for Alzheimer’s Disease Drug Repurposing
https://www.lerner.ccf.org/news/details/?Harnessing+Endophenotypes+for+Alzheimer%E2%80%99s+Disease+Drug+Repurposing&76a77dde946648f22990f170b9414613b9b8c440&48b73ec132819095396f4eb49f0c61ddc71c2b58
元論文
Endophenotype-based in silico network medicine discovery combined with insurance record data mining identifies sildenafil as a candidate drug for Alzheimer’s disease
https://www.nature.com/articles/s43587-021-00138-z