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「読書の秋」がやってきた。読書好きの方は季節関係なく楽しんでいるだろうが、普段あまり本を読まないという方は、この機会に読書をしてみてはいかがだろうか。

 

そこで、僕がオススメするタイトルをご紹介しよう。それは『獣の奏者』(上橋菜穂子・著/講談社・刊)だ。

 

発行は2006年。その後コミカライズされたり、2009年にはNHK教育テレビで『獣の奏者 エリン』としてアニメ化もされているので、知っている方も多いだろう。

 

手触りと匂いが伝わってくる描写力が魅力

簡単にストーリーを解説すると、リョザ神王国という異世界が舞台。そこで暮らす10歳のエリンと、その世界に登場する架空の獣たちとの関係を描くファンタジー文学だ。

 

僕は発行された当時に本書を読んだのだが、ストーリーがおもしろいことはもちろん、その文章力というか表現力にとても心が惹かれた。

 

『獣の奏者』を読んだとき、僕が最初に思ったのは「リアリティがある」ということ。異世界の話なのだが、なぜか自分がそこに住んでいるかのような錯覚に陥る。文章だけなのに、目の前に景色が広がる感じがして、かなりショックを受けた。

 

冒頭にこんな描写がある。

 

母が、土間の水場で手を洗っているのがぼんやりと見えた。足音を忍ばせて寝間にあがってきた母が、寝具に身体を滑りこませると、ふうっと雨の匂いと、闘蛇の匂いが、漂ってきた。

戦士を乗せて水流を泳いでいく巨大な闘蛇の鱗は、麝香のような独特な甘い匂いがする粘液でおおわれている。闘蛇の背にまたがって戦に行く戦士たちは、どこにいても、その匂いでわかるほどだ。

闘蛇の世話をする母もまた、いつも、この匂いをまとっていた。エリンにとっては、生まれたときから嗅ぎつづけている、母の匂いだった。

(『獣の奏者 I闘蛇編』より引用)

 

僕は、初めて読んだとき、この描写に心をわしづかみにされた。文字だけなのに、匂いが伝わってきたのだ。闘蛇というのは小説の中だけに出てくる架空の獣なのに、その匂いを昔から知っているかのように感じたのだ。

 

いろいろな小説を読んできたが、匂いを感じたことはあまりなかったので、とても感動したことを今でも覚えている。

 

大人も子どもも楽しめる希有な作品

上橋菜穂子は、児童文学のノーベル賞と言われている「国際アンデルセン賞作家賞」を受賞している。『獣の奏者』も一応は児童文学の範疇になるのだろうが、どちらかというとファンタジー文学の色が濃く、あまり児童文学という感じはしない。主人公が10歳の少女であること、比較的平易な言葉遣いで綴られている点が、児童文学らしさを残している。

 

そのためか、非常に読みやすい。あまり難しい言葉は出てこないのでもちろん子どもが読むこともできるし、大人が読んでも楽しめる。これだけ幅広い層が読める小説もそうそうないのではないだろうか。

 

ストーリーは、読みやすさとは反比例するかのように、わりとシリアス。10歳のエリンに数々の不幸が降りかかってくるが、持ち前の聡明さと周囲の人や獣との関わりにより、まっすぐ成長していく姿は、同年代の子どもたちは共感するだろうし、大人は親目線でドキドキハラハラしながら見守るという感覚になる。

 

児童文学とファンタジー文学の両方の兼ね備えた、希有な作品と言えるだろう。

 

『獣の奏者』は、全4巻構成となっている。ただ、読みやすいために1巻を読むのにそれほど時間はかからないはず。親子で読める作品なので、読書の秋に家族で読んでみるというのもいいのではないだろうか。

 

 

【書籍紹介】

獣の奏者

著者:上橋菜穂子
発行:講談社

リョザ神王国。闘蛇村に暮らす少女エリンの幸せな日々は、闘蛇を死なせた罪に問われた母との別れを境に一転する。母の不思議な指笛によって死地を逃れ、蜂飼いのジョウンに救われて九死に一生を得たエリンは、母と同じ獣ノ医術師を目指すがー。苦難に立ち向かう少女の物語が、いまここに幕を開ける。

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