書評家の石井千湖さんが、「女性のお守り」になるような本を紹介してくれる人気連載。今回は、現代社会の様々な思い込みを解き放つ一冊。
「わたしがわたし自身を生きる」ために
多様性の時代である今、属性や考え方が異なる人々を認め、理解することは簡単ではないと感じている人も多いはず。
今回書評家の石井千湖さんが紹介するのは、エンパシー(意見の異なる相手を理解する能力)×アナキズムを融合させた新しい思想のすすめ。
他者を理解し、自分らしく生きるすべを教えてくれる一冊です。
他者の立場を想像する「エンパシー」が新たな価値に!
『他者の靴を履く アナーキック・エンパシーのすすめ』
家庭のいざこざから社会問題まで、人間の悩みは他者との関係に起因することが多い。どうしたら属性や考え方が異なる相手と共存できるのだろう? ブレイディみかこの『他者の靴を履く アナーキック・エンパシーのすすめ』は、まず「エンパシー」を身につけることをすすめる。
エンパシーとは、他者の感情や経験などを理解する能力だ。人間の内側から自然と湧いてくる「シンパシー(共感)」とは違い、知的作業として他者の立場を想像すること。本書でクローズアップされるのはエンパシーの中でも「コグニティヴ・エンパシー」というもの。「自分は受け入れられない性質のものでも、他者として存在を認め、その人のことを想像してみること」だ。
具体的にはどういうことなのか。ブレイディさんは、23歳の若さで獄中死した大正時代の無政府主義者・金子文子を例に挙げる。文子は刑務所で過酷な生活を強いられながらも、女看守の質素な暮らしぶりに気づき歌にしていた。
自分の敵とも言える相手に温かな眼差しを向けることができたのは、文子があらゆる鋳型を拒否して「わたしはわたし自身を生きる」にこだわった人だったからだと明らかにするくだりがいい。ブレイディさんによれば、エンパシーは自由と結びついた「アナーキック・エンパシー」になってこそ、真価を発揮するのだ。
他人に迷惑をかけることは「悪いこと」と幼少期からたたき込む日本の社会は、本当に利他的なのかと疑問を投げかける第7章「煩わせ、繫がる」も発見に満ちている。わたし自身、「他人様に迷惑をかけてはいけない」と言われて育ったが、そのことは自分を萎縮させていても、優しい人間にはしていないように感じる。
本書は相互扶助が人間にとって快楽であり、利己的であることと利他的であることは矛盾しないということを教えてくれる。わたしたちは、もっとわがままに生きていいのだ。
『他者の靴を履く アナーキック・エンパシーのすすめ』(文藝春秋)
著/ブレイディみかこ
数多くの賞を受賞し、話題となった『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』で、たった4ページだけ登場した「エンパシー」(意見の異なる相手を理解する知的能力)という言葉が大反響を呼んだ。その続編とも言える本書では、エンパシーとアナキズムを融合させた新しい思想についての考察が進む。
2021年Oggi9月号「働く30歳からのお守りBOOK」より
構成/正木 爽・宮田典子(HATSU)
再構成/Oggi.jp編集部
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