菅義偉首相の突然の退陣の意向表明により、自民党総裁選(9月17日告示―29日投開票)の号砲が鳴った。最も重要なポイントとなるのは「安倍・菅政治」から脱却できるか、新しい時代への「明確なビジョン」を打ち出せるかだ。「派閥の論理」が幅を利かすことになれば、その後の衆院選で、厳しい国民の審判を受けることになるだろう。(共同通信=内田恭司)
▽世論調査は河野氏トップ
今回の総裁選は、国会議員票383票、党員・党友票383票、計766票を争う「フルスペック」での戦いとなる。この選挙に複数の有力候補が手を挙げようとしている。
岸田文雄前政調会長は既に立候補を表明。河野太郎行政改革担当相と高市早苗前総務相も出馬の意向だ。石破茂元幹事長と野田聖子幹事長代行も出馬を模索中だ。
共同通信が9月4、5日に実施した電話世論調査では河野氏が31・9%でトップとなり、2位は26・6%の石破氏、岸田氏は18・8%で3位だった。この「3強」に大きく離される形で、野田、高市両氏がそれぞれ4・4%、4・0%と続いた。
3強について、自民党支持層に限ってみると、河野氏37・1%、石破氏23・3%、岸田氏20・7%となり、河野氏が頭一つ抜けた。
▽「実力者支配」を打破できるか
最大の焦点は何だろうか。それは、2012年12月の安倍政権発足以来、形成された党内の強固な権力構造を打破できるか、それともこの権力構造が維持され、長老や実力者による支配が今後も続くことになるのか、まさにこの一点だろう。
安倍晋三前首相が、盟友の麻生太郎副総理兼財務相とともに主導した7年8カ月にも及ぶ政権では、日米の「和解」と関係強化を進めた多角的な外交や、アベノミクスによる各種経済指標の改善などが評価された。
一方で政権の後半では、森友問題や「桜を見る会」問題など「政治とカネ」にまつわるいくつものスキャンダルに直面し、「利益誘導だ」「情報隠しだ」などと厳しい批判にさらされた。官邸主導の政治姿勢に対しても「強権的だ」との反発を招き、官僚による「忖度(そんたく)政治」がはびこるなどして、先行きの不透明感と閉塞(へいそく)感が強まった。
菅政権になっても状況は変わらなかった。二階俊博幹事長が首相の後ろ盾になったように、菅政権の誕生が党内実力者の後押しと「派閥の論理」で決まったのは、長期政権の弊害である、固定化した権力構造の産物と言えるだろう。
政治ジャーナリストの鮫島浩氏が指摘するように、菅首相辞任の背後にも「本当の権力者」がいただろうことは、容易に想像できる。
▽中堅・若手は「自身の当落」最優先
新聞、テレビで安倍氏や二階氏らの動向や思惑が詳しく報じられているように、自民党総裁選の内実は、党内実力者による次期政権をにらんだ主導権争いだと言っていい。
岸田氏は出馬表明した8月26日の記者会見で、二階氏排除を念頭においた党役員の任期制限を打ち出した。党内で評価する声は多いが、永田町では、二階氏を代えることで政権の主導権を握りたい安倍氏の意向を踏まえたものだとの見方が大勢だ。
延命を図りたい菅首相が党役員人事に踏み切ろうとしたのも、総裁選勝利に不可欠だとして、安倍氏の支持を得ようとしたからだろう。その安倍氏は、保守的な政治信条が自身と近い高市氏の支援を決め、党内最大派閥で出身派閥でもある細田派の幹部に、高市氏への協力を要請した。衆院選をにらみ、保守層を固める狙いもある。
菅首相は、引導を突き付けられる形となった安倍氏に対抗すべく、安倍氏と距離のある河野氏の支援に回る方向だ。岸田氏は、同じ宏池会の流れをくむ麻生派領袖(りょうしゅう)の麻生氏に助力を求めた。総裁選は、安倍氏の支援を期待する岸田氏と高市氏、菅首相や二階氏が後押しをもくろむ河野氏の3人を中心に争われる構図となりつつある。
既に永田町では、党員・党友投票では河野氏が有利だが、トータルで過半数の獲得を阻止し、国会議員票が中心となる決選投票に持ち込めば、2位候補でも「下位連合」の組み合わせ次第では逆転勝利できる―といった皮算用が出回っている。そこに浮き上がるのは、いつもながらの「派閥の論理」と「長老支配」だ。
派閥で一本化できず、中堅・若手議員を中心に流動化が進んでいるとの見方もある。だが、彼らの判断基準は「誰なら衆院選の『顔』になるか」だ。権力構造の改革につながる動きではなく、自身の当落を最優先とする「内向きの論理」以外の何ものでもない。
▽注目すべきは「安倍離れ」と「脱原発」
次期首相がこのような論理で選ばれれば、禍根を残すのは明らかだ。今回の総裁選で求められるのは、党内実力者によらない「古い権力構造の打破」である。言い換えれば、強権を排した「民主的な政権運営の実現」なのではないか。
政治姿勢としては、政策遂行における「高い透明性」と「説明責任」が求められるだろうし、野党と真剣に論戦を交わすことによる「言論の府の再興」も必須だ。
各候補にはそれぞれの覚悟を問いたい。岸田氏に対しては、「安倍離れ」ができるかを有権者は見ているだろう。幹事長や官房長官、検事総長への指揮権を持つ法相といった要職を自身で差配できるのか。事務の官房副長官もそうだ。
かつてトリクルダウンによる格差是正を疑問視し、アベノミクスの修正の必要性を強調したが、いまでも同じ考えなのか。幹事長の「力の源泉」である党の政策活動費にメスを入れ、徹底した透明化を図ることができるのか。
人事や党改革については、河野氏にも同じことを問いたい。岸田氏が問題提起した党役員の任期制限について、自身の考え方を示せるのか。政策活動費の在り方についてもどうか。政策面では、封印してきた脱原発の主張を解き放たないのか。
さらにもう一つ問うとすれば、首相になればマスコミからの批判は、閣僚としてのそれの比ではないが、果たして、異論排除の傾向がある河野氏に耐えられるのか。
高市氏は、首相になっても靖国神社を参拝すると明言したが、中国の力が、2013年に安倍氏が首相として参拝した時よりも一層強大となっている中、本気で参拝するのか。野田氏は、「デイリー新潮」が8月15日に「野田氏の夫は『元暴力団員』と東京地裁が認定」と改めて報じたが、事実関係をきちんと説明できるのか。
▽衆院選で国民の審判を
各候補がこうした問いに真正面から答えるなら、総裁選の論戦は盛り上がり、国民の期待も高まるだろう。
岸田氏は、実力者におもねることなく「国民の声」を聞く姿が求められるし、そうした姿勢が力強さと共感を生むのは間違いない。
河野氏には政策面での信念を貫き通すことを望みたい。高市氏も、安倍氏ですらなし得なかった「戦後レジーム」からの脱却を果たすために靖国神社を参拝するのなら、国際社会で孤立することになろうとも、政治家としての筋は通せるだろう。
果たして、誰がどういう形で総裁選を勝ち抜くのか。勝利することが何より大切だろうが、その勝ち方も注目されている。確実に言えるのは、誰が新総裁、新首相になろうとも、衆院議員任期は終わりに近づいている。その先の衆院選で、国民の審判を受ける。そう考えると、政治への信頼を取り戻せるかが、最も大事なことではなかろうか。