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自宅でワインを楽しみたい、できれば産地や銘柄にもこだわりたい、ワインを開けて注ぎ、グラスを傾ける仕草もスマートにしたい……。そう思っても、基本はなかなか他人には聞きにくいもの。この連載では、そういったノウハウや、知っておくとグラスを交わす誰かと話が弾むかもしれない知識を、ソムリエを招いて教えていただきます。

 

「ワインの世界を旅する」と題し、世界各国の産地についてキーワード盛りだくさんで詳しく掘り下げていく、このシリーズは、フランスをはじめとする古くから“ワイン大国”として名を馳せる国から、アメリカなどの“ワイン新興国”まで、さまざまな国と産地を取り上げてきました。今回はコストパフォーマンスの高さで人気の「チリワイン」。寄稿していただくのは引き続き、渋谷にワインレストランを構えるソムリエ、宮地英典さんです。

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第3回:ドイツ
第4回:オーストラリア
第5回:アメリカ
第6回:ニュージーランド
第7回:日本

 

チリワインを旅する

2015年に、日本における国別の輸入量で長らく不動だったフランスを抜いて、チリワインが第一位になりました。ワイン業界にとって、ワインの家庭内消費が伸び悩んでいることが問題視されてきましたが、その解決の先鞭となったのは、安価で高品質なチリワイン。今ではスーパーマーケットやコンビニの棚にチリワインがないことは考えられず、多くの家庭で気軽にワインが楽しまれていることは、そのことからもうかがえます。

 

チリワインはそのコストパフォーマンスを武器に、いつのまにか日本人にとってもっとも身近なワインになったのかもしれません。けれども、チリワインとは安くておいしいだけが魅力なのでしょうか?

 

歴史的にはアメリカよりも古く16世紀にはペルーからブドウが持ち込まれ、瞬く間に一大産地となったチリは、19世紀にはフランスから穂木が多く持ち込まれ、高品質ワイン造りの取り組みが始まりました。ヨーロッパのブドウ畑を襲ったフィロキセラ禍も独特の地理的条件(東にアンデス山脈、北にアタカマ砂漠、西と南は太平洋と南極海に囲まれている)によって侵入を許さなかったことからフランス、イタリア、スペインから多くの栽培・醸造家が移住し、19世紀末にはヨーロッパ各地の品評会で入賞するようなワインを産み出していたのです。その後は、保護貿易政策や政治的混乱から長い低迷期を過ごしますが、1990年に軍事独裁政権から民主主義へ移行するとともに海外からの投資が盛んになり、現在のワインの高品質化、輸出志向に至ります。

 

チリワインの魅力は安さだけではありません。南北1400kmに渡り多様な気候風土を兼ね備えていること、その多くの産地で豊かな日照条件に恵まれ、フィロキセラの侵入を許さなかったことにより接ぎ木をしていない、世界的にみると希少なブドウ樹が多く栽培されていることなど、その特性は数え上げたらキリがないほどです。チリほどブドウ栽培に適した産地は世界のなかでも珍しいという専門家も多くなってきました。

 

日本人にとってもっとも身近なワイン産地になりつつあるチリですが、その多様な魅力は、まだあまり知られていないように思えます。今回はそんな一端を紹介していきます。

 

1. セントラル・ヴァレー地域マウレ・ヴァレー
2. セントラル・ヴァレー地域マイポ・ヴァレー
3. アコンカグア地域アコンカグア・ヴァレー
4. エルキ・ヴァレー
5. ビオビオ・ヴァレー

 

1. セントラル・ヴァレー地域マウレ・ヴァレー
− チリ最古かつ最大のワイン産地 −

雨の降らないチリのなかでは比較的降雨量があり、古くからワイン生産が行われてきたのが、チリの中央部に位置するマウレ・ヴァレーです。1990年代後半までもっとも広く植えられていたのはチリの地場品種ともいえるパイス種(アルゼンチンのクリオジャ・チカ、カリフォルニアのミッション)でした。16世紀にスペイン人によって持ち込まれ、長らく大衆酒の原料になっていたパイスは、現在でも国内消費向けの箱入りワイン用に広く栽培されています。ただ国際品種の人気の高まり、ワインの高品質化のなかで徐々に栽培面積は減ってきているのが現状です。

 

写真のワインは、19世紀のフランス移民をルーツに持つブション・ファミリー・ワインズがチリの伝統品種であるパイスを復興させようと造り出したワイン。「Salvaje(サルヴァへ)」はスペイン語で“野生”という意味なのですが、文字通りマウレ・ヴァレーの海岸地域に自生しているパイス種のブドウから造られます。ブドウが野生であることを尊重し、天然酵母、ノンフィルターで仕上げられ、チェリーやベリー系のチャーミングな果実、ローズヒップを思わせる複雑さと軽やかさを兼ね備えた魅力的なワインです。

 

チリは世界的に見てもブドウ栽培の最適地のひとつだと考えられますが、伝統品種から高品質ワインを造る試みにより、本当の意味でのチリワインに触れることのできる貴重なワインです。機会があれば、一度試してみてください。チリワインのイメージがガラリと変わることを保証します。

 

Bouchon(ブション)
「Pais Salvaje2018(パイス・サルヴァへ2018)」
2500円

2. セントラル・ヴァレー地域マイポ・ヴァレー
− チリワインの“約束の地”プエンテ・アルト −

マイポ・ヴァレーは首都サンティアゴの南に広がるワイン産地で、首都に近いことから、古くからブルジョワ階級が広大なブドウ畑を所有していたワイン産地です。チリ最大級のワイナリーであるコンチャ・イ・トロもそうした大規模な自作農がルーツであり、所有する9000ヘクタールという広大なブドウ畑から自然と優れた畑が、時間をかけて選別されるようになりました。そしてカベルネ・ソーヴィニヨンにもっとも適した土地として認められたのが、サンティアゴからほど近いプエンテ・アルトです。1987年に初ヴィンテージがリリースされたコンチャ・イ・トロのプレミアムワインである「ドン・メルチョー」をはじめとしてチリを代表するカベルネ・ソーヴィニヨンはすべて、プエンテ・アルトから生まれているのです。

 

「安くて美味しい」というイメージが日本では先行しているチリワインですが、それはなによりチリが、世界を見渡してもブドウ栽培に最適の国であることの証でもあります。安定した地中海性気候のなか、日々豊かな陽光に恵まれ、唯一の欠点は夏に雨が降らないことくらい。アンデス山脈の雪解け水は、古くから農業に利用されてきました。

 

そんなチリの恵まれた環境に、ヨーロッパの歴史と経験が持ち込まれたワインが、写真の「アルマヴィーヴァ」です。ナパ・ヴァレーのオーパス・ワンが、モンダヴィとシャトー・ムートンのジョイント・ベンチャーとして生まれ、カリフォルニアを代表する銘醸ワインに育ちましたが、チリでは1998年にコンチャ・イ・トロとシャトー・ムートンの協力のもと、このワインが生まれました。そしてやはり、ブドウの供給地として選ばれたのは前述のプエンテ・アルト。世界でブドウ栽培に最も適した産地として注目されているチリのなかでも、選び抜かれた“約束の地”の味わいを想像してみてください。ムートンやオーパス・ワンに劣らない、素晴らしいワインを産み出すポテンシャルがチリにはあることを、多くの人に知ってもらいたいと思います。

 

Concha Y Toro&Baron Philippe de Rothschild(コンチャ・イ・トロ&バロン・フィリップ・ド・ロスチャイルド)
「Almaviva2017(アルマヴィーヴァ2017)」
実勢価格2万5000円前後

3. アコンカグア地域アコンカグア・ヴァレー
− 冷涼な沿岸部で生まれるチリ最高のピノ・ノワール −

南北に長いチリのワイン産地の多くは、東西を流れる河川を軸に“〇〇ヴァレー”といった呼び方をされてきました。そこに東西を区切る概念がラベル表記されるようになったのは、2011年のこと。東のアンデス山脈側(Andes)、アンデスと海の間中央部(Entre Cordilleras)、海側(Costa)と分けて考えられるようになったのです。

 

アコンカグア・ヴァレーは首都サンティアゴの北西、アンデス最高峰のアコンカグア山を背景に、海へ流れ込むアコンカグア河流域に広がるワイン産地。19世紀後半に、多くのワイナリーがサンティアゴ周辺に畑を開拓するなか、チリの大手ワイナリーのひとつであるエラスリスは、ここでブドウ栽培を始めました。当時は交通の便も悪く、荒れた土地だったアコンカグアはブドウ栽培に適した土地とは見なされていませんでしたが、エラスリスの創業者ドン・マキシミアーノは、山から海岸に吹き降ろす風と海の空気を河口から吹き上げてアンデスの斜面を冷やす風に目を付け、この地を選びます。

 

現在、海から10数kmまで広がる畑“アコンカグア・コスタ”は、ニュージーランドのマールボロと比較されるほどの冷涼さを持ったワイン産地として知られるようになりました。写真の「ラス・ピサラ」は、アコンカグア・コスタのなかでもとくにピノ・ノワールやシャルドネに向く区画を選び抜き、2014年に初めてリリースされたプレミアムワインです。世界中のさまざまな産地で、ブルゴーニュに匹敵するピノ・ノワールを生み出そうとする機運は高まるばかりで、チリもその例外ではありません。ブルゴーニュ好きの方にも試してみてもらいたいワインのひとつです。

 

Errazuriz(エラスリス)
「Las Pizarras Pinot Noir2015(ラス・ピサラ・ピノ・ノワール2015)」
実勢価格1万3000前後

4. エルキ・ヴァレー
− 北の高地のワイン産地 

歴史のあるチリでも、近年新たに多くのワイン産地が生まれています。エルキ・ヴァレーはセントラル・ヴァレーのはるか北、海抜1000mから2000mという高地でもブドウ栽培がされている、チリでは新しいワイン産地です。もともとは「ピスコ」という蒸留酒用のブドウが栽培されており、ワイン用ブドウには不向きだと考えられていた地域でした。そういった固定観念を覆したのは、イタリア系チリ人とその従兄弟のイタリア人の、情熱と不退転の決意でした。

 

1995年にエルキ・ヴァレーでピスコ用ブドウ栽培を営んでいたアルド・オリヴィエ・グラモラの従兄弟ジョルジオ・フレサティが、観光でエルキ・ヴァレーを訪れたことがすべての始まり。トレンティーノでワインメーカーとして働いていたジョルジオは、ピスコ用のブドウを食べて感動し、滞在初日にワイン造りを決意したといいます。

 

ふたりの行動は迅速でした。1998年にはビーニャ・ファレルニアを設立、ピスコの蒸留所に発酵用タンクを設置することからワイン造りを開始し、2004年にはワインのみの生産に切り替えます。その間、ジョルジオはトレンティーノでの仕事を続け、イタリアとチリで年2回のワイン造りをしていましたが、2009年に完全にチリに移住し、ビーニャ・ファレルニアの仕事に専念するようになります。現在エルキ・ヴァレーは、追随するワイナリーも現れるなかでも、トップ生産者の地位を確固たるものにしています。さまざまな品種を栽培していますが、とくに興味深いのはフランス北ローヌを思わせる深み、奥行きを感じるシラーではないでしょうか。まだまだ発展途上の産地ですが、フランスワインファンの方にも試していただきたい注目産地です。

 

Vina Falernia(ビーニャ・ファレルニア)
「Syrah Gran Reserva2016(シラー・グラン・レゼルヴァ2016)」
2100円

5. ビオビオ・ヴァレー
− チリの南部は大手も進出する新しい産地 

南半球に位置し、南北に長いチリは北にアタカマ砂漠、南にはパタゴニア氷原と、多様な気候風土を持った国であることはすでにお伝えしたとおりです。首都サンティアゴを中心にワイン生産が始まったことから、南北両端はワイン生産にそれほど積極的な地域ではありませんでした。南のイタタ・ヴァレーは歴史こそ長い地域ですが、主に国内消費向けのパイスやモスカテルが植えられてきました。けれどもチリワインの需要が国際的に高まるなかで、大手生産者を中心に、これまで傍流でしかなかった南の産地でも秀逸なワインが続々と生み出されています。

 

写真の「コノスル」は、日本でもスーパーマーケットに行けば必ずと言っていいほど棚に並んでいるブランド。コンセプトがとてもユニークで、「no family tree, no dusty bottle, just quality wine」を掲げている1993年設立の若いワイナリーですが、チリワインの輸出量ではトップ3に入るビッグブランドでもあります。伝統や歴史はなく、あるのは品質の高いワインのみというコンセプトの通り、コノスルの存在は今まで家庭消費が極端に少なかった日本の消費動向すら変えてしまいました。つまり、チリワインのリーズナブルで美味しいというイメージを日本人に植え付けたのは、コノスルの影響によるところが大きかったと考えられます。

 

とはいえ、コノスルも1000円以下のワインだけを造っているわけではなく、チリのグランクリュ、プエンテ・アルトのカベルネ・ソーヴィニヨンから”シレンシオ“というプレミアムワインまで造っています。そして魅力的なのがチリのさまざまな地域でブドウ栽培を進めるコノスルのシングルヴィンヤード・シリーズ。適地適品種を探る中で、冷涼なビオビオ・ヴァレーでリースリングまで成功させているのです。そしてもちろんリーズナブル。ほんの少しの贅沢というときに、コノスルの安定感はどこまでも安心させられます。

 

Conosur(コノスル)
「Single Vineyard Riesling2019(シングル・ヴィンヤード・リースリング2019)」
実勢価格2000円前後

 

【プロフィール】

ソムリエ / 宮地英典(みやじえいすけ)

カウンターイタリアンの名店shibuya-bedの立ち上げからシェフソムリエを務め、退職後にワイン専門の販売会社、ワインコミュニケイトを設立。2019年にイタリアンレストランenoteca miyajiを開店。
https://enoteca.wine-communicate.com/
https://www.facebook.com/enotecamiyaji/