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熱い注目を集めるプラスチック分解技術

 海洋プラスチック汚染は、現代の環境問題における大きな焦点となっている。また石油資源に依存しない、カーボンニュートラルなプラスチック生産も、ニーズの高い技術の一つだ。

 これらを解決するため、プラスチック分解技術の開発が進められている。最も盛んに研究されているのは、ペットボトルの素材であるポリエチレンテレフタレート(PET)の分解技術だ。PETはプラスチックの総生産量の約10%を占め、繊維とすれば衣服の素材にもなる。PETそのままの状態でのリサイクルも行なわれているが、品質の低下は避けられず、用途は限られる。効率よく部品の状態に分解した上で再合成すれば、新たに石油資源を消費することなく高品質なものが得られる。また、PETはエステル結合と呼ばれる切断しやすい結合でできているため、分解は比較的容易だ。

 分解方法として、静岡大学のグループは天然の酵素を改変して耐熱性にすることで、効率よくPETの分解を行なえることを示した。また産業技術総合研究所の研究グループでは、PETを水と300度、10分間反応させるだけという簡便な条件で、分解が行なえることを示している。

 より難度が高いのは、ポリエチレンやポリプロピレンなどの汎用プラスチックの分解だ。これらは全体が切断されにくい炭素―炭素結合でできており、溶解もしにくいので、PETより数段分解は難しい。しかし排出されるプラスチックの大半はこれらポリオレフィン系であり、その分解及びリサイクル技術の開発は急務だ。

 東北大学と大阪市立大学の共同グループは、ルテニウムと酸化セリウムを触媒とし、ポリエチレンの分子鎖を短く切断できることを報告した。これまでの方法に比べて低温・低圧で反応し、効率も高い。こうした研究は日本の強みとするところでもあり、展開に期待したい。

 また、PETを分解する細菌が、ペットボトルのリサイクル工場から発見されたことが話題になった。最近スウェーデンのグループが世界の細菌のゲノム解析を行なったところ、10種類のプラスチックを分解できる、3万種もの酵素が発見されたという。これは、プラスチック汚染の拡大に対応して、細菌たちがこれを栄養源にできるよう進化したことを意味する。事態の深刻さを示すことでもあるが、こうした細菌を発見・改良することで、プラスチック分解を効率的に行なえる可能性があるということでもある。この方面の研究が、今後おそらく盛んになることだろう。

日本の科学者がリードする「低エネルギー消費窒素固定」

 あまり注目されることがないが、極めて重要な化学反応として、ハーバー=ボッシュ法と呼ばれるプロセスがある。窒素ガス(N₂)と水素ガス(H₂)を、高温高圧下で反応させ、アンモニア(NH₃)を合成するプロセスだ。反応性が低く、利用しにくい空気中の窒素ガスを、生物にとって利用しやすい形態に変換することから、「窒素固定」とも呼ばれる。

 このプロセスが重要なのは、世界の農作物生産を支える窒素肥料が、この方法でまかなわれているからだ。もしこのハーバー=ボッシュ法のプロセスが完全に止まったとしたら、世界人口の3分の1が飢える計算になる。化学工業史上最大、かつ最高に成功したプロセスなのだ。

 ただしハーバー=ボッシュ法は約500度、200気圧という高温高圧を必要とするため、膨大なエネルギーを消費する。人類が消費する全エネルギーのうち、実に約5%がこのハーバー=ボッシュプロセスに振り向けられており、その過程で大量のCO₂発生を伴う。このため、低消費エネルギーの窒素固定プロセスが実現すれば、各種環境問題に対して絶大なプラスとなりうる。ただしハーバー=ボッシュ法は100年以上の歴史を持ち、その中で効率化が徹底的に進められて、すでに理論的限界に近いところまで最適化されている。このためもはや小手先の改良では意味をなさず、根底から新しい原理に基づいたプロセスが必要とされている。

 このため、ノーベル賞級の研究者を含め、世界の頭脳がこの問題に取り組んでいる。ただし、窒素分子(N₂)の結合は極めて頑丈であり、これを引き剥がしてアンモニアに変換するのは並大抵のことではない。また、一世紀以上の時を経て極限まで磨き上げられたハーバー=ボッシュ法を乗り越えなければならないから、実用化のハードルも極めて高い。

 窒素分子に結合するモリブデンなどの金属元素を用い、触媒の構造を工夫するアプローチが各国で行なわれていたが、2012年に東京工業大学の細野秀雄らが全く新しい方法論を発表した。カルシウムとアルミニウムの酸化物(一種のセメント)と、ルテニウムという貴金属を組み合わせ、10気圧程度という低い圧力下でアンモニアを合成することに成功したのだ。その独創的なアプローチもさることながら、それまで半導体や超電導などの分野で活躍してきた細野が、全く畑違いの触媒化学でいきなり大きな成果を挙げたことは、各方面に驚きを与えた。

 この方法に基づくベンチャー企業がすでに立ち上がっており、実用化が進んでいる。ハーバー=ボッシュ法に取って代わるという性質のものではないが、小規模なプラントでアンモニア製造を行なえるメリットがある。すでに味の素が出資し、同社の工場内にパイロットプラントが建設されている。

 細野はその後も、全く異なる原理に基づく窒素固定触媒を発表しており、その馬力には舌を巻くほかない。アンモニアは肥料の他にも、発電、燃料電池のエネルギー源など多くの応用が考えられており、この周辺技術は大いに注目に値する。

植物生まれのカーボンニュートラルなプラスチック代替材料

 現在最大の環境問題である、地球温暖化対策についても触れておかねばならない。温室効果によって地球を暖めているCO₂を吸収する、あるいは資源化する技術は数多く研究されているし、いくつかは実用化もされている。以前筆者が寄稿した、人工光合成などもその一つだ。

 こうした技術はもちろん使いどころによっては有効だが、総CO₂削減量という観点からいけば、とうてい植物には及ばない。水といくらかの栄養素だけで自己増殖し、空気中に0.04%しかないCO₂を吸収して効率よく炭素を固定化する植物の能力には、人類の叡智を全て結集してもまだまだ太刀打ちできないのが現状なのだ。

 すなわち、最も手っ取り早くできる温暖化対策は植物を植えることだ。たとえば建物の屋上に植物を植える「グリーンルーフ」は、植物によるCO₂吸収効果の上、水蒸気の蒸散によってヒートアイランド効果の抑制も期待できるため、これを義務化する都市や国も出てきた。休耕田や泥炭地などを活用し、効率よくCO₂を吸収する植物を植える取り組みも広く行なわれている。

 問題は、こうして固定した炭素の使いみちだ。植物の体は主にリグニンとセルロースという成分でできており、特にセルロースは地球上に1兆トン以上存在するとされる。これらの一部は建材や紙として活用されているが、大半は打ち捨てられ、やがて腐朽菌などの作用でCO₂に戻ってゆく。このセルロースを、資源として活用する技術が求められている。

 セルロースは水素結合によって互いに結びつき、丈夫な繊維となっている。これをナノメートル(10億分の1メートル)レベルにまで解きほぐしたものを、セルロースナノファイバーと呼んでいる。これは鋼鉄に比べて5分の1程度の軽さながら、5倍の強度を誇る極めて優秀な素材だ。紙などと異なり、透明なフィルム状に仕立てることもできるので、液晶ディスプレイなどへの応用も考えられている。

 また、従来のプラスチックに混ぜて「かさ増し」することもできる。ガラス繊維を混ぜた強化プラスチック(FRP)はすでに身の回りに浸透しているが、燃やすとガラス繊維が残り、廃棄に問題がある。セルロースナノファイバーを混ぜ込んだプラスチックにはこうした問題がない。また、セルロース分子のヒドロキシ基を化学的に修飾することにより、撥水性など望みの性質をもたせることもできる。カーボンニュートラルなプラスチック代替材料として、大きな可能性を秘めているのだ。

 筆者が個人的に注目する分野を列挙してきた。AIについては触れなかったが、その技術は各方面に浸透し、発展を大きく後押しすることだろう。だが科学研究はそれだけで進展するものではなく、地道な実験と検討が不可欠だ。前回の記事で挙げた各種の物資不足が解決し、円滑に研究が進むようになることを祈りたい。

佐藤健太郎
1970(昭和45)年、兵庫県生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科修士課程修了。医薬品メーカーの研究職等を経て、現在はサイエンスライター。2010年、『医薬品クライシス』で科学ジャーナリスト賞受賞。著書に『炭素文明論』『世界史を変えた新素材』など。