『余命3000文字』(村崎羯諦・著/小学館・刊)。題名に惹かれてこの本を手にし、ページを開いたら、すごくおもしかった! すき間時間の5~6分で読めてしまう短編が26篇収録されているが、どの話も冗談かと思うような設定と展開にまず驚く。が、しかし、そこに感動があり、笑ったり、泣いたりでき、そして本当に大切なことを教えてくれる、とても不思議な1冊なのだ。
著者の村崎さんは、小説投稿サイト「小説家になろう」にて短編小説の投稿を中心に活動し、同サイトでは人気ナンバーワンだという。サイトに掲載された作品に加え、書き下ろしも加えた本書は20万部を超える大ヒットとなっている。
きっちり3000文字の小説
「大変申し上げにくいのですが、あなたの余命はあと3000文字きっかりです」 医師からある日、文字数で余命を宣告された男の残りの人生を描いた、表題にもなっている短編「余命3000文字」の原稿は、本当に3000文字きっかりで書かれているそうだ。これには著者も編集者も苦労したに違いない。読者はスラスラと読んでしまうだけで文字数を数えたりはしないだろうが、3000文字ピッタリに収めることにこだわった著者は本当にスゴイ! と思う。
さて、物語に話を戻そう。できる限り同じ毎日を過ごし、当たり障りのない人生を送れば3000文字もしないうちに寿命を迎えると医師からの助言に従い、男は仕事の往復以外は人との交流も最低限にし、家にこもる毎日を過ごしていた。
一年が経ち、二年が経ち、五年が経った。(中略)今日はちょうど俺の三十五歳の誕生日。次に俺は現時点の文字数を確認する。ここまでで約900文字。このままのペースでいけば、十分天寿を全うできるだけの文字数だった。
(『余命3000文字』から引用)
ところが近所で火災が発生、男は人助けに走るべきか否かで悩む。ネタバレになってしまうのでこの先は書けないが、人生の意味、あるいは本当の幸せとはなにかを考えさせられる、とてもいいストーリーだった。
興味津々のタイトル続々
ここで本書の目次(26のタイトル)を紹介しておこう。著者の発想の豊かさは見事で、繰り返し読みたくなる話ばかりなのだ。
余命3000文字
彼氏がサバ缶になった
心の洗濯屋さん
焼き殺せよ、恋心
私は漢字が書けない
笑う橋
世界がそれを望んでいる
食べログ1.8のラーメン屋
終末のそれから
それはミミズクのせいだよ
影
骸骨倶楽部
おはよう、ジョン・レノン
向日葵が聴こえる
パンクシュタット・スウィートオリオン・ハニーハニー
幼馴染証明書
精神年齢10歳児
出産拒否
不倫と花火
流れ星のお仕事
死人のお世話
何だかんだ銀座
大誤算
彼氏スイッチ
顔に書いてある
←の先
童話を読んでいる気分になる2篇
26篇の中で印象に残るものは読み手の好みでさまざまだと思うが、私は童話のようなふたつの物語がとても気に入った。
ひとつめは「心の洗濯屋さん」。ムーニ国という王国に住むパニチャという小さな女の子が主人公で、パパとママは心の洗濯屋さんをしてつつましく暮らしていた。悲しみで汚れたお客さんの心をいい香りがする手作りの石けんを使って洗ってあげると、心は生まれたてのようにきれいなり、お客の表情は晴れやかになり、皆元気になって帰っていくのだ。
ところがある日、偉い役人が竹かごに入れられた汚れてもいない心をいくつか持って現れ、高い報酬と引き換えに腐った卵のような臭いがする石けんでその心を洗ってほしいと頼まれたことからパニチャ一家の生活は激変することなる。役人が持ってくる仕事で大金持ちになるのだが、毎日を楽しく過ごすことができなくなってしまうという洗脳をテーマにした物語だ。
もうひとつは「流れ星のお仕事」。お父さんが毎晩、大気圏に飛び込んで、流れ星になってみんなの願いを叶えるという仕事に就いている女の子の心情を綴ったもの。お父さんの肌は仕事のせいで真っ黒に焦げていて、他の人とは見た目が違うため、それをからかう子どもたちがいる。少女は心ない言葉に傷つくが、それでも父親を誇りに思い、夜空を見上げながら感謝をするというショートストーリーには、ホッと心が温まる。
奇想天外な発想に驚く物語
「出産拒否」と「大誤算」もとんでもなくおもしろかった。
「妊娠六年目にもなると色々と生活が大変でしょう」 定期健診で産婦人科医院を訪れた私に、担当医の柳先生が顔をほころばせながらそう言った。
(『余命3000文字』から引用)
妊娠6年? 驚きの数字ではじまる「出産拒否」は母体で健康に育つ男の子の話だ。話せる胎児は「僕はまだ生まれたくない」ときっぱり。その理由は生まれ出る世界がそれほど素晴らしくないとわかっているからだ、と。ところが、ある日、すでにこの世に生まれ出ている同い年のカワイイ女の子に病院の待合室で話しかけられ、それに対する母親の考えを聞いて胎児はまさかの選択をするという話だ。
「大誤算」は「余命3000文字」とは対照的で、寿命がどんどん延びたら人生はどうなるのか? をテーマにした作品だ。
私の夫の柳田孝雄は来月で八十五歳になる。(中略)しかし、人間はいつか老いて死ぬ。(中略)その日が来るまで、私は不平不満を一切漏らさず献身的な妻を演じ、気が向いたときに柳田のお相手をする。それだけでいい。そうしていればいずれ、私のもとに自由と柳田家の莫大な富が転がり込んでくる。
(『余命3000文字』から引用)
ところが、人生はままならない。物語は日記形式で進むが、夫はまず100歳の誕生日を迎え、やがて長寿でギネス世界記録を更新。その後も生き続け、なんと柳田は200歳も超えてしまう。妻の目論見は外れたものの、彼女も100歳、120歳と年を重ねていく。生きる意味を考えさせられるいい話だった。
この他の物語も、アイディアに溢れていて、どれも読み応え十分。文庫本なのでポケットに入れておけば、通勤の電車の中、あるいは昼休みにもさっと取り出し1篇ずつ読める。すき間時間を充実させてくれる1冊となるだろう。
【書籍紹介】
余命3000文字
著者:村崎羯諦
発行:小学館
「大変申し上げにくいのですが、あなたの余命はあと3000文字きっかりです」ある日、医者から文字数で余命を宣告された男に待ち受ける数奇な運命とはー?(「余命3000文字」)。「妊娠六年目にもなると色々と生活が大変でしょう」母のお腹の中で引きこもり、ちっとも産まれてこようとしない胎児が選んだまさかの選択とはー?(「出産拒否」)。「小説家になろう」発、年間純文学「文芸」ランキング第一位獲得作品の書籍化。朝読、通勤、就寝前、すき間読書を彩る作品集。泣き、笑い、そしてやってくるどんでん返し。書き下ろしを含む二十六編を収録!
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