後に伊藤忠の戦後2代目の社長になる越後正一は高橋是清が財政政策を始めた頃から敗戦まで、伊藤忠の社員として中国の青島支店に赴任した。その後、満州国総支配人として奉天(現・瀋陽)へ行き、さらにもう一度、青島支店長として中国に戻っている。