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日曜日の18時になると「あっ、まるちゃんの時間だ」とテレビをつける。テレビアニメ『ちびまる子ちゃん』は大好きな番組で、心の底から笑え、元気をもらえるからだ。作者のさくらももこさんが突然この世を去ってから早3年、同じ静岡出身者としては、もっともっと新しい作品を読んだり、観たりしたかったと残念な気持ちでいっぱいだが、それでも彼女が残したものは大きい。大きな書店では文庫化されたさくらさんの本が今も平積みでずらっと並んでいる。

 

ももこの世界あっちこっちめぐり』(さくらももこ・著/集英社・刊)はその中の1冊で、「non-no」誌上で1996年~1997年にかけて連載された旅エッセイだ。世界各地の名所を訪ねたさくらさんのリポートは爆笑もので、コロナ禍で何処にもいけないストレスを発散させてくれるのだ。

 

しょうもない発見やズッコケ話に期待

さくらさんは旅行がそれほど好きではなく、また、ファッションやブランド物にも興味がなかったという。だから仕事の依頼があったとき編集部の意図がわからなかったそうだ。

 

「もう、どこへでも好きなところに行って好きなことをしてきて下さい。別にnon-noだからといって、オシャレな事を書かなくてはなどと考えなくてけっこうですから」とおっしゃって下さったので、かなりホッとした。どうやらnon-no側は、私が世界のあっちこっちに行って、しょうもない発見やズッコケ話などを持って帰ってくることに期待をよせている様子である。non-noの誰かがハッキリ私にそれを期待していると言ったわけではないが、たぶんそうに決まっている。

(『ももこの世界あっちこっちめぐり』から引用)

 

さくらさんの旅は、イコールまるちゃんの旅。歯に衣着せぬリポートはおもしろくないわけがない。ページをめくる前からワクワク気分になる。章立ては下記のようになっている。

 

スペイン・イタリア編

バリ島編

アメリカ西海岸編

パリ・オランダ編

ハワイ編

番外編

 

父ヒロシとまる子の海外旅行

この本で、いちばんおもしろく読んだのが、アメリカ西海岸編。さくらさんの父親であり「ちびまる子ちゃん」でいつも皆を笑わせてくれるヒロシが登場するからだ。ヒロシの語り口調は”静岡のお父さん”そのもので、私の父も同じような喋り方をするので親近感が湧くのだ。

 

さて、さくらさんが小学生だったころ、父ヒロシに世界で行ってみたいところは? と尋ねたところ、「オレはグランドキャニオンを見てえなァ」と答えていたのだそうだ。それから20年が経ち、ヒロシの夢を叶えてあげることになった。

 

ヒロシは本当にうれしそうであった。(中略)おそらく彼の人生の中で一番のクライマックスがやってきたといえよう。彼は六十歳を過ぎて初めてパスポートをとってきた。ズボンのポケットから得意そうにパスポートを取り出して私と母に見せた時のヒロシの顔はまさに人生最大のクライマックスが近づいている者の表情であった。

(『ももこの世界あっちこっちめぐり』から引用)

 

こうして、さくらさんとご主人、そしてヒロシはアメリカ西海岸へと向かったのだが、それまで親孝行などしてこなかったのに、この急な展開で彼女は不安を覚えてしまう。『まる子、親孝行がアダに!!』というような新聞の見出しまで想像してしまう件は、まるちゃんらしくアニメを観ているようにおもしろく読める。

 

そして、一行はヨセミテ公園、サンフランシスコ、ラスベガスを巡り、いよいよグランドキャニオンへ。

 

ヒロシはグランドキャニオンを見れてよかったと連発していた。予想よりもはるかに壮大だった事に驚いた様子である。「キャニオンはでけぇなァ」と、勝手に略して言っていたのが何ともヒロシらしいところだ。

(『ももこの世界あっちこっちめぐり』から引用)

 

父ヒロシのキャラクターは最高だ、というより、それをどこまでもおもしろく書けるさくらさんの才能をあらためて感じたのだ。

 

パリとピエール・ラニエの時計

パリのことは花輪クンにまかせておけばよい。あんなオシャレな国は、まる子なんかには縁のない話だ。と、さくらさんは思っていたそうだ。しかも1996年といえば、その前年にフランス政府が核実験を強行したことに、さくらさんはカンカンに怒っていた。

 

にもかかわらず、パリ行きを決意したのは、政府の強引な方針に国民が泣き寝入りするのはどこの国も同じ事とフランス国民に同情したのと、ピエール・ラニエの腕時計に魅せられていたからだという。

 

実はさくらさんがこのエッセイを書くまで私はピエール・ラニエを知らなかった。フランスの時計メーカーで、高級品ではなく、手頃な値段の地味めなブランドなのだが、ある時期から限定版の腕時計をシリーズで販売し始めた。さくらさんはそれに魅了されたのだ。

 

美しい石や貝などを素材にした絵が文字盤に描かれているというもので、主に動物や楽器が絵のモチーフとして選ばれている。それらの絵はひとつひとつ手作業により制作されるため大量生産はされずに各デザインごとに九百九十九本のみの限定販売となっている。

(『ももこの世界あっちこっちめぐり』から引用)

 

さて、時計を求めてパリに向かったさくらさんだったが、ピエール・ラニエには本店というものはなく、また、現地では置いてある時計店も少なく、さらに限定モデルを探し出すのは難しい状況に。それでも親切な店員に出会い、問屋まで探しに行ってくれ、なんと9本も限定モデルをゲットできたというエピソードはフランス人の意外な一面を伝えてくれている。

 

ちなみに、ピエール・ラニエは、その後、さくらももことのコラボの限定モデルを発売、これがとってもカワイイのだ。

 

このほか、スペインではガウディに魅せられ、イタリアではベネチアングラスの金魚鉢を買い、バリ島では毎日ナシゴレンを食べ続け、ハワイではハンモックに揺られ……、などなど、さくらさんならではの気取らない海外旅行記は誰をも笑顔にしてくれる。ストレス解消にもひと役の1冊といえる。

 

【書籍紹介】

ももこの世界あっちこっちめぐり

著者:さくらももこ
発行:集英社

ああ素晴らしき、この世界! スペインでガウディにキュンとして、バリ島で毎日ナシゴレンを食べ、父ヒロシと長年の憧れグランドキャニオンに飛び…。行く先々で思いもよらない出会いやハプニングがある。それがももこの旅。一九九六年五月から約半年間にわたって世界じゅうをめぐった記録を、感動も驚きも尾籠な話も全部ひっくるめて綴る、抱腹絶倒、伝説の旅エッセイ。初の文庫化!

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