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こんにちは、書評家の卯月 鮎です。「出る杭は打たれる」ということわざがありますが、あまり気持ちの良いものではないですね。確かに、区画などを示すための杭が1本飛び出ていたら目立つかもしれませんが、それをみんなが叩いて揃えようとする世の中ではいずれ息が詰まってしまう……。「出る杭に合わせて伸ばす」、そんなことわざがあってもいい気がします(笑)。

 

 

「稀人ハンター」が農業の改革者を取材

今回の『農業フロンティア 越境するネクストファーマーズ』(川内 イオ・著/文春新書)は、農業に挑む改革者たちをクローズアップして話題を呼んだ『農業新時代 ネクストファーマーズの挑戦』(文春新書)の続編となる新書。

 

 

著者は広告代理店勤務を経て、2003年からフリーライターとして活躍している川内イオさん。「規格外の稀な人」を追って日本全国、世界各地を旅する「稀人ハンター」として取材、執筆、編集、企画を行っています。川内さんの著作『1キロ100万円の塩をつくる 常識を超えて「おいしい」を生み出す10人』(ポプラ新書)も以前、当コーナーで紹介しました。

 

農業の可能性は無限大!

本書のテーマは「越境」。「分野を越える」「技術で越える」「世代を越える」「国境を越える」。新しいアプローチで農業の領域を広げる10人を取材しています。

 

最初に登場する加藤百合子さんは、NASAの植物生産プロジェクトに参加した経験もある東大農学部卒の元エンジニア。結婚して静岡の産業機械メーカーで働いていた加藤さんは、第二子出産後に農業ベンチャーを起業します。決意したら思い切って一歩踏み出す加藤さんのスタイルはバイタリティにあふれていますね。

 

農産物の売買をマッチングする会員制サイトや農業情報メディアなどさまざまな事業を試み、現在成功しているのは「やさいバス」という独自流通システムの運営。これは農地、直売所、デパートなどに“バス停”を設け、“バス”と呼ばれる保冷車がルートを巡回。そこに生産者が野菜を持ち込み、購入者はバス停で野菜を受け取るという仕組み。生産者の手取りはJAを通すと30~40%のところ、やさいバスなら85%とか。4年で7県、生産者380人、購入者800社とユーザーは右肩上がりだそうです。

 

なるほど、私がよく行くスーパーには、はるばる遠くの県から運ばれてきた野菜が並んでいますが、このやさいバスがあれば、地元で採れた新鮮な野菜が味わえそうです。

 

加藤さんはやさいバスの傍ら、GPSで自動走行できる「雑草ふみふみロボット」など農業用ロボットも開発中。しかし、公道での自動走行は認められておらず、農林水産省の補助も終わって、現場では活躍できていないとか。こうした壁もなくなるといいですね。

 

もうひとり、私が気になったのは佐渡島でワイン造りを志すフランス人醸造家のジャンマルク・ブリニョさん。本場フランスで「天才醸造家」と賞されてきたジャンマルクさんは、日本人女性と結婚して来日。フランス東部のジュラ地方と気候が近い佐渡島で、ブドウ栽培に励んでいます。

 

賛同者の自宅の庭先に少しずつ醸造用のブドウを植えてもらう「1a(アール)プロジェクト」や、あえてほかの野菜とともにブドウを植える試みなど、新しい土地でのチャレンジの様子はとても楽しそう。佐渡島ワインができた暁には、ぜひ飲んでみたいですね。

 

バラ好きが高じて19歳で食用バラの生産現場に入った女性バラ農園主、講義の傍ら1本5000円のレンコンを生産する民俗学者、ベトナムで高級コショウ栽培を復活させた日本人男性……。丁寧な取材を通して、“新しい農業”に挑む人々の情熱がしっかり伝わってきます。読んでいるこちらも戦う気力が湧いてくるような一冊でした。

 

【書籍紹介】

『農業フロンティア 越境するネクストファーマーズ』

著者:川内イオ
発行:文藝春秋

ネパール人仏画師、民俗学者、ロボットエンジニア…ジャンルも国も越境し、農業というフロンティアに挑む人たちがいる。彼らは、前世代が培った経験、知恵を継承し、自由な発想で、日本で、そして世界で勝負するネクストファーマーズだ。農業こそ時代を先取る未来産業だ!

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【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。