ゲーム開発者向け大規模カンファレンスCEDEC 2021が、8月24日(火)から26日(木)の3日間にわたり、昨年に引き続きオンラインにて開催された。2018年の働き方改革を機に、ゲーム業界でも働き方が大きく変わった。それまでの残業等で業務量をカバーしていた時代は終わり、工数削減やフロー整備、各サポートツールで時間の短縮を図るようになった。ここで大きく貢献したのがテクニカルアーティストだ。しかしながら、テクニカルアーティストの貢献度に比べ、その仕事の可視化が難しく、キャリアも確立されていない。にも関わらず、ニーズは高い。そんなテクニカルアーティストの育成はゲーム業界の急務といえる。では具体的にどうすれば良いのだろうか。その解決策を探るためのセッションが行われた。
TEXT_武田かおり / Kaori Takeda
EDIT_三村ゆにこ / Uniko Mimura(@UNIKO_LITTLE)
TAをとりまく現状を整理
CEDEC2021において、TA(テクニカルアーティスト)の重要性を再定義・再認識するためのセッション『「TAが欲しい!」じゃ伝わらない ~現在のゲーム業界におけるTA再定義、再認識~』。登壇したのは、ゲーム業界への人材派遣・紹介をしているクリーク・アンド・リバー社の菊池一成氏。ゲーム業界の求人に最前線で触れる営業チームのマネージャーであり、社内開発スタジオの統括でもある。そしてクリーク・アンド・リバー社COYOTE 3DCG STUDIOから、TAチームリーダーの山本智人氏の2人だ。なお本講演にあたり、コロプラ、SEGA、バンダイナムコスタジオ、ヘキサドライブ他各社TAをはじめ、昨年クリーク・アンド・リバー社社内で開催された「TA Night テクニカルアーティストのための懇親会」登壇者にも取材協力を仰いだとのこと。
▲(左)デジタルコンテンツグループ ディビジョンマネージャー・菊池一成氏/(右)デジタルコンテンツグループ COYOTE 3DCG STUDIO TAチームリーダー・山本智人氏(以上、クリーク・アンド・リバー社)
セッションの冒頭で菊池氏が提示したのは「106」という数字。これは、同社に40数社の企業から募集が来ているTAのポジションの数だ(2021年9月現在)。だいたい1社あたり4〜7名のTAを募集しているという。数字だけ見るとたいしたこともない数字に思えるが、事前の取材によると大手パブリッシャーに在籍しているテクニカルアーティストは20名前後、ゲームのデベロッパーで5〜10名程度という結果だったので、単純にニーズと照らし合わせると「TAチームの規模を1.5倍から2倍にしたい会社が多いということ。これは他職種と比べてもレア」と菊池氏は語る。
そのTAだが、非常に広いフィールドをもっているため、ひとことでその仕事について説明するのは難しい。山本氏も「COYOTE 3DCG STUDIOのTAチームが私1人だった頃は、TAの認知度が低かったと記憶しています」とふり返る。様々なソリューションを届けてはいても、アーティストや非開発職の人事部などにとっては成果がわかりにくく、「便利なツールを作る人」といった具合で認識している方も多いのではないだろうか。間違ってはいないが、本来はフローやアートに関しての課題を抽出し、技術ソリューションを提案・実行していく存在だ。つまりニーズに比べて認知度が低いというわけだ。
菊池氏は、TAのニーズが高まる背景を2つ取り上げる。1つは「プロジェクトの巨大化・ハイエンド化」だ。確かにコンシューマ、スマホ、PCなどプラットフォームが増えるのに合わせてプロジェクト数も増大している。そのあたりで人員も予算も増えているので、「情報の統制やフローの部分でTAが重要になってくる」と菊池氏。山本氏は「専門が特化するにつれて、他分野との連携に対する意識が向かわなくなったのもある」と、TA需要の高まりに補足を入れる。
10年前であれば1人のモデラーがキャラクターや背景のモデリングを担当することも珍しくなかったが、現在はキャラクターモデルであればキャラクターモデラー、モーションであればモーショナーとそれぞれの職種に専属でクリエイターが付き、複雑な制御を行なっている。その結果、キャラクターとモーション、アセット制作とゲーム実装など、アーティストとプログラマーの橋渡しができる人材としてTAが必要になってきていると山本氏は話す。
そしてもう1つが、2018年以降の「働き方改革」だ。労働時間や有給取得の義務化が法律で定められ、CGコンテンツを扱う業界でも働き方改革が求められるようになってきた。菊池氏は「僕は『古き良き時代』って呼んでいるんですけどね」とおどけて説明を続ける。かつては深夜になっても議論しながらクオリティを高めることがあったかもしれないが、現在は当時とは乖離した環境で、マスターまでのスケジュールは変わらない。そのためTAの必要性が高まっている。
ところで、現在TAとして活躍されている方々はどういったキャリアを積んでTAになったのだろうか? 取材の回答をまとめると、パブリッシャーでは情報系の大学を卒業した人や、プログラミングに強いデザイナーが現在のTAとして働いているケースが多い。一部ではTAの組織化は進んでいても役割はそれぞれで、デザイナーのように育成のフローが確立されているわけではない。ゲームデベロッパーではTAを組織化しているのはごく一部で、デザイナーが担当領域の延長でTA的役割を担っているようだ。以上のことから菊池氏は「TAは個人に依存しがちな体質がある」とまとめる。
先ほどゲーム業界の就労環境について触れたが、数年前までは時間の際限がない状況下で、少人数開発体制において横断的に技術を習得できていた。しかし今では法で規制されているため、「これからのクリエイターに同じ経験を積ませることは難しい」と菊池氏は問題点を挙げる。新卒でTAを採用する企業も徐々に増えて来ているが、業界のニーズには追いついていないようだ。ではどうすればTAは増えるのだろう?
TAという職種の具体化・可視化
菊池氏は「TAを増やすためには、業界全体で今後のTAキャリアを確立していくことが必須」と強く訴える。良くあるTAの求人情報を見ると、かなり幅が広く業務内容も抽象的なものが多い。しかし、デザイナーが細分化されるようにTAも業務内容は細分化できる。ただし、単純に分野別の名称を付けてしまうと、それぞれのキャリアを具体化・可視化はできるが、TAは現在の仕事から横断的に知識を広げていくことも求められる。職種で固定化してしまうと、TAに求められる本質からずれてしまうのだ。
ここで菊池氏が提示したのが「TAスキルレーダーチャート」。TAのスキルを可視化するチャートだ。「あくまでもそのTAの方の現在のスキルや、ちょっと先の未来を見通すためのツールとしてチャートを作りました」と菊池氏。「採用や社内でのキャリア育成に活用していただけたら」と続ける。レーダーチャートには、モデリングやセットアップといった大項目と、業務内容に近い細かい項目に分かれている。各人や各プロダクションに合わせてチャートの項目を調整して使ってほしいとのこと。
実際に山本氏も、得意分野・不得意分野を社内での相対評価に沿ってニュアンスで記入してみたという。山本氏の場合は、キャラクターリグやテクニカルアニメーションの系のサポートを得意としているだけあり、そのあたりが振り切れているのがわかる。
「こうして見ると、結構いびつだな……というのが正直な感想です。例えば画づくりを重要視されているクライアント様には合いそうにない。一方でキャラ周りを重要視されているクライアント様にはハマるかもしれない、と思いました」と山本氏は自らのスキルをふり返りつつ、チャートの使い方をレクチャーする。マネージャーとの話し合いに使っても良し、自社TAチームの強いところと弱いところを可視化するのに使っても良し。もちろん求人の際にも活用できるだろう。
菊池氏は「求人情報に良くあるTAの網羅的な求人は、TAスキルレーダーでいうと円のような形で出ているといえるかもしれない」とつぶやく。このレーダーチャートがあれば非開発職者のTA認識が具体化するだろうし、採用だけでなく社内でのキャリア育成につながる可能性もある。「同業他社で見ている方がいらしたら、使っていただいても良いのかな」と菊池氏。求人系サービスを運営している方にもオススメしたいチャートだ。
TAキャリア確立のカギ
もちろん現状のTAのスキルを可視化するだけでは新しい人材は増えない。ではどうすれば良いのか。その解決の足がかりとして、自社スタッフの中に1つの分野に精通している人材・素質のある人材を見つけ、「この人はテクニカルソリューションを提供できる人だと相互認識したり、その人が活躍できるポジションをつくるところから始めてみてはいかがでしょう」と菊池氏は提案する。社内にTAが育つ土壌をつくり、しくみとして「クリエイターの先にTAがある」と位置付けられるなら、より多くのクリエイターがTAを目指すかもしれない。それはTAの地位向上にもつながるだろうし、現在のTAの知見を引き継いでいけるのであれば、会社にとってのリスクも減る。なにより、より良いコンテンツを届けることにつながるのではないだろうか。