隈研吾氏は、「共感」と「先読み」の人である──。10月14日、「T-BOX」の報道内覧会に参加して、改めてそう思った。東京大学大学院工学系研究科と積水ハウスが、東京大学工学部1号館4階に開設した「国際建築教育拠点(SEKISUIHOUSE KUMA LAB)」の新研究施設「T-BOX」だ。東京大学特別教授である建築家の隈研吾氏を中心に研究活動を進める。つまりは、積水ハウスの寄付による産学共同ラボである。
プレスリリースではこう説明している。
「国際建築教育拠点 SEKISUI HOUSE KUMA LAB」は、国際デザインスタジオ、デジタルファブリケーションセンター、デジタルアーカイブセンターの3つの活動を展開します。(中略)コンピュテーショナル・デザインやポストデジタル、アーバンデザイン、建築史学などの建築学の各領域における国際的な研究・教育拠点の確立を目指しながら、「未来の住まいのあり方」を探究します。
「T-BOX 」は「国際建築教育拠点( SEKISUI HOUSE KUMA LAB )」 が東京大学内で運営するスペースの呼称です。 工作機械や複写機器の設備を備えた「T-BOX」は、学内からの利用者を広く受け入れ、東京大学のものづくり環境のハブとなることを目指します。
デジタル技術にさほど詳しくない筆者は、リリースを読んでも、「ふーん、最新のDX研究施設ね」と、分かったような分からないような感じだ。けれども、隈氏の会見での説明を聞くと、なるほどそうか、と思わされた。
「コロナ禍で住まいのあり方が大きく変わろうとしている。重要なのは、デジタルとリアルの世界をどうつなぐかだとみんなが考え始めた。建築学科はこれまでリアルなものづくりは深く研究してきたけれど、デジタルについてはまだまだ。つなぎ方をちゃんとしないと、リアルの世界はこれから大変なことになる。この場所をデジタルとリアルのつなぎ役にしていきたい」(隈氏)
確かに、コロナ禍で誰もがうっすら感じている“建築の危機”とデジタル技術とを結び付けられると、それは重要だ、と思う。見事な「共感力」。
会見後の内覧会で隈氏に、「この施設はいつごろから検討を?」と尋ねると、「3年くらい前かな。こういう施設が絶対に必要だと思って動いた」と隈氏。え、コロナ前から? しかも自分から仕掛けた、と。「本当はもっと早くできるはずだった。コロナで完成が延びた」とのこと。
3年前といえば、国立競技場の建設が佳境であったころ。そんなときに、自分から動いてこの施設を実現するというのは神がかりな「先読み力」。未来予知は観客席のまだら模様だけではなかった!
師・内田祥哉氏のリノベのリノベ
約180㎡の室内には、さまざまなマシンが並ぶ。以下、再びリリースより。
T-BOX内に設置された CNC加工機、 3Dプリンタ、レーザー加工機などのデジタルファブリケーション設備は、建築学科内外からアクセスでき、デジタルテクノロジーについての高度な人材育成を目指します。
壁面に浮かぶ木の展示ボックスはいかにも隈氏らしいが、建築専門誌に「作品」として載るようなプロジェクトではない(たぶん)。
それでも、隈氏は記事にしやすい話題の種を用意してくれている。
「今回は、この場所の歴史を生かすことを重視した。ここはもともと屋外だった。あのスクラッチタイルは、内田祥三(よしかず、 1885~1972年)がデザインしたもの」(隈氏)
東大工学部1号館は内田祥三が設計した“内田ゴシック”と呼ばれる校舎群の1つ。建築学科の拠点で、隈氏もここで学んだ。
「それを内田祥哉(よしちか)先生(1925~2021年5月)がリノベーションして内部化し、図書館などとして使われていた。あの八角形の柱は内田先生が建てたもの。いいでしょう。あの柱は絶対に見せたかった」(隈氏)
なるほど、原設計者(内田祥三)の息子(内田祥哉)のリノベーションを、その教え子(隈研吾)が再リノベーションして、新たな形で歴史を伝える、と。これも見事な「共感力」。
国際デザインスタジオでは、 KUMA LABディレクターのセン・クアン東京大学特任准教授と平野利樹東京大学特任講師が指導にあたる。
隈氏の先読み力を信じるならば、この場所から建築の未来につながる何かが生まれるのだろう。いつか「コロナがあったから建築はこんなに魅力的なものに変わった」と言える日が来ることを願う。(宮沢洋)
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