NHKの大河ドラマ『青天を衝(つ)け』のVFX映像の制作過程や裏話、現場の様子などをご紹介するシリーズ企画。16回目となる今回は背景の合成について解説したいと思います。
TEXT_『青天を衝け』VFXチーム(NHK)
EDIT_海老原朱里 / Akari Ebihara(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
[青天を衝け] VFX編 | 激動の幕末をダイナミックに描く舞台裏 | 青天を衝けの世界 | NHK
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ミッション<16>「アナログ手法からデジタルまで、様々な方法で背景を合成する!」
大河ドラマは1年間の放送期間がありますが、ロケでの撮影よりもスタジオセットでの撮影の方が多く、NHKのドラマスタジオでは常に多くのセットが建て替えられます。建物の中のセットだけならまだ良いのですが、城だったり、武家屋敷だったり、農家だったり、森だったり、戦場だったり、船上だったり……、と様々で、室内以外の景色も必要となります。
連載第5回では渋沢家のスタジオセットで、屋内から見える庭合成の事例をご紹介しました。渋沢家以外にもデジタル的手法、もしくはアナログ的手法、様々な手法で背景を表現しているので、今回はそれらをご紹介します。
①写真遠見による合成
下記のムービーは第6回で放送した水戸藩邸と一橋邸での映像です。水戸藩邸の庭セットの奥に写真遠見(布地に写真を印刷したもの)を貼っており、VFXでの合成は行なっていません。下記の「水戸藩邸スタジオセット図面」の赤い部分が写真遠見で、「カメラ」の位置から撮影しています。
▲第6回で放送した水戸藩邸と一橋邸
▲水戸藩邸スタジオセット図面
赤い斜線部分が写真遠見で、ホリゾント(スタジオの色染め用の壁)の前に天井から吊り下ろしています。
▲水戸藩邸スタジオセットに写真遠見を貼ったもの
▲一橋邸スタジオセットに写真遠見を貼ったもの
下記の画像のように写真で撮影した風景や建物などにレタッチなどを施し、大きな幕に印刷しています。これらは森や街並みなど、様々なドラマで使用できるように汎用のものがいくつかあります。写真遠見はテレビ美術ではよく使用される手法ですが、印刷技術が高まるまでは様々な試行錯誤がありました。20年ほど前は実際に大判写真をプリントして、分割したパネルに貼り合わせた板状の写真遠見をよく使用していました。大きな幕に印刷するようになったのは、その発展形と言えるものです。
▲天井から吊り下げた写真遠見の例
次の画像はスタジオのキャットウォークから撮影したもので、尾高家スタジオセット用の写真遠見です。尾高家の場合は汎用のものではなく、新たに制作することにしました。写真遠見を使いはじめた初期のころは制作する費用も高額のため、汎用幕を一度作ると財産として何度も同じものを使用していました。最近では印刷技術も高まり、費用も下がってきたので、その番組の内容に合った特有の写真遠見を制作することも多くなりました。
▲尾高家用の写真遠見
尾高家用の写真遠見の元画像は、群馬県安中市の血洗島オープンセットでの尾高家前から撮影した複数枚の写真をPhotoshopのPhotomergeで統合したものです。
▲Photoshopで統合
次の画像はスタジオの尾高家セットで撮影したもので、先程の統合写真を印刷した写真遠見を使用しています。オープンセットでの尾高家とはやはり雰囲気がちがいますが、スタジオの渋沢家セットのように背景すべてを合成するのではなく、写真遠見にすることによりVFX合成が必要なくなりました。ただ、写真遠見のシワなどが目立つ場合にはVFXによる修正を行なっています。
▲尾高家スタジオセットのオンエア画像
②VFXによる合成
一方、写真遠見を使えない、もしくは使わないシーンではVFXで合成しています。次のムービーは第3回で放送した江戸城のシーンで、背景になる建物は3DCGで制作しています。江戸城の3DCGは他の番組でも使用しているアセットをブラッシュアップして利用しました。
▲第3回で放送した江戸城
このようにアセットとしてCGモデルがある場合はそれを利用しますが、ない場合でかつ、使用回数が少ない場合は新たにCGモデルを作るのはコスト面を考えても得策ではありません。そこで、写真などを活用し、簡易的に背景として使用している例をいくつかご紹介します。
下記のムービーは第13回で放送した、徳川慶喜たちが京都御所で孝明天皇に謁見しているカットです。このカットはスタジオで撮影し、ブルーバックに広い庭を合成しています。
▲第13回で放送した京都御所
以前、別番組のロケハンで撮影した京都御所の庭写真をベースに、現代物を消すなどレタッチをした画像をNukeのSphereとCardにカメラプロジェクションしています。スタジオで芝居を撮影したカメラはクレーンダウンしていますので、若干の視差が出ています。また、池の部分には動画の水面を合成しているので、写真遠見ではできない「動き」のある背景になっています。
▲京都御所の庭マット画像
▲Nukeでカメラプロジェクション
続いて、下記のムービーは第21回で放送した、渋沢篤太夫(栄一)が慶喜に京都二条城で謁見しているカットです。このカットも以前撮影した写真をベースにしたマット画像をNuke上で貼り付けています。
▲第21回で放送した京都御所の庭
▲京都二条城の庭マット画像
次に、下記のムービーは第23回で放送した、「王政復古の大号令」のときに西郷隆盛らが御所に入城するカットです。このカットはスタジオセットの門の周りに、建物セットや植栽を実際に置いていますが、その奥にはロケハン時に撮影した写真でパースが合うものを選んで合成しています。このときはグリーンバックやブルーバックでの合成を予定しておらず、白バックで撮影していたため、門の枠や人物のマスクを描く必要がありました。
▲第23回で放送した京都御所の門の外
▲京都御所ロケハン時の資料写真
さらに、下記のムービーは第22回で放送したパリのグランドホテルのシーンで、窓外が見えるアングルがこの回だけで16カットもありました。パリでのロケはできなかったので、このシーンもグリーンバック合成を行ないました。
▲第22回で放送したパリグランドホテルの窓外
現在のグランドホテル近辺をGoogleMapで調べ、その通りの建物に似た素材をShutterStockで購入してNukeのCardに貼っています。
▲グリーンバックの撮影素材
そしてNukeXでマッチムーブしたカメラでスキャンラインレンダリングし、合成しています。
▲NukeでCardに貼り付ける
▲Nukeでレンダリング
最後に、下記のムービーは第25回で放送した上野寛永寺の慶喜のシーンです。寺と門は美術セットで制作していますが、門の外から続く道と本堂はVFXで合成しています。VFX担当者が写真を撮り、レタッチしたものをブルーバックの奥に合成しました。
▲第25回で放送した上野寛永寺の門外
今回は美術セットによる写真遠見、VFXによる写真合成、アナログとデジタルでの背景制作についてご紹介しました。写真遠見を使ったスタジオセットでの撮影や、広い背景が必要な場合でのVFX合成と、バランスを取りながら制作を行なっています。
今後もNHKの大河ドラマ『青天を衝け』のVFX技術をたくさん紹介していきますので、ぜひ放送をご覧ください。(『青天を衝け』VFXチーム)
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大河ドラマ『青天を衝け』
【放送情報】
NHK 総合 毎週(日)夜 8:00~/[再放送]毎週(土)午後 1:05~
NHK BSプレミアム 毎週(日)午後 6:00~
NHK BS4K 毎週(日)午後 6:00~
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