「バイリンガル環境で子どもを育てると、子どもの言語発達が遅れる原因になりますか?」
0~6歳までを主な対象とした早期英語教育、早期バイリンガル教育に関しては様々な意見が交わされています。そこで、ワールド・ファミリー バイリンガル サイエンス研究所(※以下、IBS)<東京都新宿区 所長:大井静雄>では、保護者の皆様や教育関係者の皆様から寄せられる疑問に対し、先行研究を基にお答えする記事を定期的に公開しています。今回は言語障害児の二言語習得についてお答えします。
<この記事のサマリー>
●特異的言語障害をもつバイリンガル児とモノリンガル児を比較した研究では言語発達に大きな差はない。
●特異的言語障害児が第二言語習得に成功するためには、十分なインプット量や、年齢が上がるにつれて向上する言語処理能力などが関係する可能性がある。
●二つの言語に触れる環境が言語発達遅滞や言語障害の原因になったり、その症状を悪化させたりすることはなく、子どもにとって二つの言語が必要であれば、迷わずバイリンガル環境を維持すべきである。
言語障害について
人口の約7%は、脳神経障害や一般的知能の障害、自閉症、聴覚障害などが見られないにもかかわらず、言語発達(語彙や文法のなど習得)に困難を抱えていると言われており、このような障害は「特異的言語障害(specific language impairment)」と呼ばれています(Leonard, 2014)。
言語の発達状況がその年齢で期待されているレベルでない場合は言語発達遅滞(ことばの発達の遅れ)としてみなされ、学齢期にかけて時間が経過しても年齢相応にならない場合に特異的言語障害と診断されます(Paradis et al., 2011)。特異的言語障害は、生得的な要因(遺伝子、脳の構造・機能)による障害であると考えられています(Leonard, 2014)が、その原因はまだ十分に解明されていません。少なくとも、バイリンガル環境が特異的言語障害の原因になることはありません(Paradis et al., 2011; Kohnert, 2013)。
本記事では、言語障害のある子どもも二言語を習得できることを明らかにした先行研究をご紹介します。
言語障害のある子どもにとって二言語に触れる環境は負担になるのか
カナダでは、特異的言語障害のあるフランス語・英語のバイリンガル児8人(平均年齢およそ7歳)の発話を、同年齢で同じく特異的言語障害のあるフランス語のモノリンガル児10人、英語のモノリンガル児21人と比較した研究(Paradis et al., 2003)が行われ、特異的言語障害児が困難を抱えるとされている文法を正確に使える割合が調べられました。結果、バイリンガル児のそれぞれの言語における正確さは、モノリンガル児と同等でした。さらにこの研究チームが、ほぼ同じ子どもたちを対象に、通常の言語発達が見られる子ども(定型発達児)も習得まで時間がかかるとされている、フランス語の目的格代名詞(※1)を正確に使える割合も調査(Paradis et al., 2006;Paradis, 2007)したところ、特異的言語障害のあるフランス語・英語のバイリンガル児が特異的言語障害のあるフランス語モノリンガル児を上回りました。
アメリカで行われた別の研究(Gutierrez-Clellen et al., 2008)では、特異的言語障害のあるスペイン語・英語のバイリンガル児11人(4歳〜6歳)に文字のない絵本を見せてストーリーを語らせ、主語や時制による動詞・助動詞の語形変化を正確に使えるかどうかが調べられました。結果、正確に使うことが難しい形は、特異的言語障害のある英語のモノリンガル児13人と同じであり、正確さの程度も同等でした。
つまり、特異的言語障害をもつバイリンガル児が二言語環境で育っているからといって、同じく特異的言語障害をもつモノリンガル児よりも深刻な困難を抱えているわけではない、ということです。
後続性バイリンガルが特異的言語障害をもっていても第二言語を習得できる
第二言語に触れ始めた年齢が遅い、後続性バイリンガルが特異的言語障害をもっている場合であっても、特異的言語障害のあるモノリンガルと同等に二つ目の言語を習得できるのでしょうか。
カナダで行われた研究(Paradis, 2008; Paradis, 2010)では、第一言語が広東語であり、英語を第二言語として学んでいる子ども二人の英語発達を調査。一人目の子どもは、両言語で言語発達遅滞があり、3歳半から英語を学び始めました。同じく英語を第二言語として学んでいる定型発達児(英語への接触量は同等)の英語発達と比較したところ、はじめの2年間は、習得が遅れていましたが、3年目に追いつきました。つまり、第二言語として学んでいる英語も、第一言語と同じように時間の経過とともに習得の遅れが解消したのです。
二人目の子どもは、4歳から英語を学び始めており、両言語とも発達の遅れがより顕著であり、特異的言語障害が疑われていました。英語を学び始めてから3年後、一人目の子どものように定型発達児には追いつきませんでしたが、特異的言語障害のある英語モノリンガル児(同年齢)には追いつきました。また、時制以外の文法項目(冠詞のa / the、前置詞のin / on、複数形の-s、動詞の進行形の-ing)については、定型発達児にかなり近いレベルまで習得することができました。つまり、特異的言語障害のある子どもが英語を第二言語として学ぶ場合、少なくとも、特異的言語障害のある英語モノリンガル児と同じレベルまでは英語を習得でき、一般的に比較的早い段階で習得できるとされている(Ortega, 2009)文法項目については定型発達児に近いレベルまで習得できる、ということです。
カナダの研究チーム、Paradis ら(2017)は、特異的言語障害のある後続性バイリンガル児7人(第一言語はさまざまで、4歳ごろから英語に接触開始)を対象に、8歳から10歳までの3年間にわたって、時制による語形変化の習得を追跡調査しています。結果、特異的言語障害のあるバイリンガル児の発達の特徴や文法使用の正確さは、特異的言語障害のあるモノリンガル児(同年齢)と同じでした。
さらに、同じ年齢のモノリンガル児ではなく、英語への接触期間が同じ低年齢のモノリンガル児とも比較したところ、バイリンガル児のほうが時制による語形変化を正確に使用できました。この結果から、特異的言語障害児の第二言語習得に成功するための要素は、インプット量だけではなく、年齢が上がるにつれて言語の処理能力が向上することである、と考察され、別の研究(Govindarajan & Paradis, 2019)でも同じ結論が示されました。
これらの研究結果より、十分なインプット量があれば、また子どもの言語発達を長期的に見れば、特異的言語障害があるからといって第二言語習得に多大な困難を抱えるわけではないと考えられます。
子どもにとって二つの言語が必要であれば迷わず環境を維持することが大切
当研究所は、言語発達に関する重要な先行研究を6回にわたりご紹介してきました。これらの先行研究から二つの言語に触れる環境が言語発達遅滞や言語障害の原因になることはない、と考えます。子どもの日常生活や社会生活において二つの言語が必要であれば、または、子どもが異なる言語に触れることを楽しんでいるのであれば、躊躇せずバイリンガル環境を維持すべきだと言えるでしょう。
より詳しい内容はIBS研究所で公開中の下記記事をご覧ください。
■バイリンガル環境で子どもを育てると、子どもの言語発達が遅れる原因になりますか?(言語障害児の二言語習得編)
■ワールド・ファミリー バイリンガル サイエンス研究所
(World Family’s Institute Of Bilingual Science)
事業内容:教育に関する研究機関
所 長:大井静雄(脳神経外科医・発達脳科学研究者)
所 在 地:〒160-0023 東京都新宿区西新宿4-15-7 パシフィックマークス新宿パークサイド1階
設 立:2016年10 月