過去最大の感染拡大となった新型コロナウイルスの第5波では、医療にアクセスできず自宅療養中に亡くなる人が相次いだ。感染はピークアウトの兆しも見られるが、いまだに入院できずに自宅療養を続ける人は多く、冬場に向けては再拡大のおそれも指摘されている。これまでの医療機関のコロナ対応は十分だったと言えるのか。危機を繰り返さないためにできることはないのか。
私たちは全国の医師の半数以上にあたる17万人が加入する日本医師会のトップ・中川俊男会長にインタビューで繰り返し問いかけてきた。
(政経・国際番組部ディレクター 加賀恒存)
“通常医療の制限も視野に コロナと徹底的に闘う”
「現状は文字どおりの医療崩壊です。全都道府県がそうなる可能性が十分あります。コロナ以外の通常医療の制限も視野に入れなければならない状況になってきたということです。コロナと徹底的に闘わなければいけません」
日本医師会のトップの口から「通常医療の制限」という言葉が出ることには重い意味がある。
日本医師会はこれまで感染状況がどれだけ厳しくなっても「新型コロナ医療」と「通常医療」の両立を死守することを最も重視してきたからだ。
全国の医療機関からさらなる協力を引き出すため、先月17日、日本医師会長名で医師会に加入するすべての医師に向けて出した手紙。
その数は、17万3000通に上るという。
中川会長
「私の医師会の経験の中でも日本医師会長から直接手紙が来たことは一度もありません。私から直接お願いすべきと考えました。もちろん頑張っている先生も多いですが、(もっと)頑張ってほしい。病院の先生方には、コロナの患者を1人でも多く入院できるように再検討してくれないかと、もう無理だとなっているけど、再度考えてくれとお願いしました」
中川会長は手紙の中で、「新型コロナ医療」と「通常の医療」の両方の医療が崩れ始めているとして、こう呼びかけた。
診療所におかれましては、どうか、できうる限り、自宅療養、宿泊療養の患者さんの健康観察、電話等による診療や往診をおこなっていただきますようお願いします。
「通常医療を守る」と繰り返してきた医師会
第5波”の感染拡大前の6月下旬に放送したNHKスペシャルで、私たちは日本の医療提供体制には新型コロナのような有事には対応できない構造的な弱点があることを指摘した。
日本の病院の多数を占める200床未満の中小規模の病院の8割がコロナの患者を受け入れておらず、その結果、コロナ病床として確保できている病床は全体のわずか4%にとどまっていたのだ。
6月のインタビューでこの点について問われた中川会長は「コロナの患者を診ていない病院も、間接的にはコロナ対応に貢献している」としてこう反論した。
中川会長(6月)
「医療提供体制を守る、国民皆保険制度を守ることは、コロナ医療とコロナ以外の医療が両立すること。そういう意味では中小病院は、むしろ私は闘いの主戦場だったと思います。例えば、コロナを診ている大学病院や基幹病院、重点医療機関のコロナ以外の通常医療のある程度の部分を、中小民間病院が行っています。また、回復したけれども、まだ入院が必要なコロナの患者も受け入れています。そのことでコロナ対応病院におけるコロナ医療の幅が広がったという意味では、間接的に関わっていたと言えます」
このとき中川会長が繰り返していたのは中小病院が通常医療を守ることがコロナ医療への支援につながっているのだという考えだった。
これまで私たちが享受してきた「誰もが等しく必要な医療を受けられる医療」。
それを支えてきたのが身近な診療所や中小病院であり、そのことはコロナ禍であっても変わりはないと訴えたのだ。
しかしその後、新たな変異株の広がりなどで第5波の感染状況はかつてない水準に達し、保健所の入院調整も追いつかずに自宅療養者は10万人を上回った。
中川会長
「コロナ以外の通常医療とコロナ医療の両立が難しくなってきています。我々はずっと両立をしなければならないと言い続けてきましたが、通常医療の制限も視野に入れなくてはならない状況になってきたということです。両方の医療がだめになってきています」
これまで訴えていた「コロナ医療と通常医療の両立」という重要な防衛ラインを突破され、国から病床確保の求めも強まる中、「通常医療の制限も視野に」という言葉を発せざるを得なくなったのだ。
“野戦病院”設置を表明 地域の医師の協力は
各地の体育館などをコロナ対応に転用して臨時の病床を設置したり、抗体カクテルセンターや酸素ステーションなどとしての運用を目指すというものだ。
複数の自治体で整備が進み、稼働し始めている。
中川会長自身、これまでは既存の病床で事態を乗り切ろうと考えていた。しかし限界を感じ、臨時医療施設の設置提言に踏み切ったという。
中川会長
「医療法の人員配置基準とか、構造設備基準を適用しないかたちの、時限的、特例的な臨時病院、臨時の医療施設まで必要だと私は思います。わかりやすく言うと自宅療養よりは、臨時の医療施設の方がベターです。自宅療養で、例えば軽症の方だけでなく、中等症1でも、1人きりで自分の部屋で療養する、その不安感、恐怖感からみたら、これは全然違うと思います」
医療機関の中にはすでにコロナ患者への対応に当たっているところもあれば、ノータッチというところも少なくない。
17万3000通の手紙に込めた思いはどちらに向けたものなのかとたずねると、すでにコロナとの闘いの最前線に立つ医師や医療機関にさらに頑張ってもらうというよりも、これまでコロナ患者を診ることに消極的だった医師や医療機関にも何とか協力してもらいたいという意味合いが強いことをにじませた。
実際、野戦病院へと転用可能な施設がすでに確保されているものの、地域の医師会の協力が十分得られず、フルに稼働できないケースもあるという。
中川会長が送った異例の手紙は、地域の医師会を含めた医療現場への、今の自分の立場でできる精いっぱいのメッセージでもあった。
第5波の教訓 “行政と医師会が両輪で”
厚生労働省と都の連名で、東京都内すべての医療機関などに入院患者の受け入れや病床確保のための協力を要請したのだ。
感染症法にもとづいて、国と都が協力要請を行う初めてのケースで、医療機関側が正当な理由なく応じなかった場合、勧告したうえで、従わなければ医療機関名を公表できる規定も盛り込まれた。
田村厚生労働大臣は「国と都・医療界が一丸となり災害に近い状況に対応しなければならないという意味での要請だ」と語る。
いまある病床をさらにコロナ対応に転用しようという行政からの強い働きかけ。
医療機関名の公表という措置も盛り込まれるが、どう受け止めたのか。
中川会長
「(医療機関名の公表などは)まずはいろんな事情を冷静に精査して検証すべきです。勧告や公表をするときには都道府県の医療審議会の意見を聞くことになっており、適切に審議した結果、正当な理由が認められ、『公表は適さない』と判断されたのであれば、公表しないという仕組みになっています」
事前に都道府県の医療審議会等の意見を聞くというプロセスは、中川会長自身の強い求めで設けられたのだという。
第5波における病床確保をめぐっては、有識者から、医療機関に対する行政のグリップを強化するよう求める声も高まった。
中には、行政が保険医の指定権限をフルに活用することを求める声まで。
こうした声を改めて投げかけると、中川会長は、こう反論した。
中川会長
「日本の医療がうまくいってきたのは、行政と医師会が車の両輪で協議しながら丁寧な合意形成をしながらやってきたからです。行政が、高圧的に強権的に『医療機関をこうやれ』と、『医師会黙れ』ということになると、それこそ壊滅しますよ。信頼関係もゼロになります。行政と医師会が文字どおり車の両輪の地域と、対立構造にある地域と、いろんなところがある。車の両輪で仲よくやっている地域は、今回のコロナにおいても非常にいい結果が出ている。地域が医療を提供しやすい、働きやすいように環境整備を政策的にも法律的にも整えるのが日本医師会の役割です」
17万3000人に向けて送った言葉が現場の医師にどこまで届き、自治体と医師会がどこまで連携して臨時の医療施設などの体制整備に動くことができたのか。
次なる感染拡大に備えて検証すべき課題は多い。
私たちの命を守ることにつながる実効性のある対策を打ち出せるのか、引き続き注視していきたい。
政経・国際番組部
ディレクター
加賀恒存
首都圏センター、山口局を経て現所属
医療問題を継続的に取材
NHKスペシャルまとめ記事
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