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長らくブログを放置しており申し訳ございませんでした。

実は、私自身が病気になる以前から、母の闘病生活を妹家族と一緒にみておりました。
(とはいえ大半は妹にお願いしていたわけですが。)

そして、母は去る6月13日の日付が変わってすぐ、妹の自宅で妹家族に見守られる中、天国へと旅立ちました。

母は昨年9月に全身転移の肺がん末期と診断され、余命は長くて1年と宣告されました。
ですが、実際は医師と私の間では半年もつかどうか…と認識していました。

母と妹のショックを考慮してすこし長めに宣告し、QOLを維持するため副作用の少ない抗がん剤治療を通院で行いながら、その間の病状を見て主治医と私の両方から余命について細やかに修正していくことにしました。

母の希望は延命治療はしないこと、苦しまないこと、自宅で最後を迎えたいことの3点でした。

私は独り暮らしで仕事をしているため、妹家族と母は同居して闘病生活をおくり始めました。
最初に脳転移への放射線治療と抗がん剤の選択で3週間入院した以外は定期的な通院のみで、妹の家で過ごしていました。

抗がん剤の副作用は幸いほとんど見られず、また、不思議なことに咳と体重減少以外はがんの自覚症状も全くないようでした。

半年たった3月の時点で、母のがんの進行を抑えることはこれ以上不可能と判断し抗がん剤治療を止め、在宅での緩和治療へと切り替えることにしました。

ここで私が喘息発作を頻発し拗らせて死にかけるという大失態をおかしてしまいました。

正直、私が入院したら妹は母と私の両方の面倒を看なければならず、治療を受けながら私自身大パニックとなりましたが、一応私の方はなんとか自宅で絶対安静ということで落ち着きました。

しかし、母の自宅介護の負担は全て妹にかかる羽目になりました。

母は外にでる体力はなくなったものの、身のまわりの世話は自分でできて暇なこともあり、妹家族との同居にも慣れたせいか、妹にワガママな要求をマシンガントークでぶつけまくってました。

妹のストレスはかなり大きかったのですが、いかんせん私が全く使えない状態で、妹からの電話で愚痴を聞くぐらいしかできず、申し訳なく思っています。

5月下旬、私がやっと動けるまで回復するのと入れ替わるように母の容態が悪くなり、ベッドでほぼ1日寝てすごすようになりました。

ただ非常に恵まれたことに、ベテランの在宅医療専門の医師を紹介してもらえ、呼吸と疼痛のコントロールを完璧にしていただき、手厚い訪問看護も受けることができました。

母は亡くなる3日まで歩いてトイレに行き、眠りたいときにグッスリ眠って、起きているときは好きなフルーツやアイス、ジュースを食べ、妹に言いたい放題言って、看護師さんや医師とお喋りして遺された時間を過ごしました。

亡くなった当日も、母は午後までは訪問看護師さんや妹の話をベッドの上で聞きながら「うんうん」と頷いたりしてコミュニケーションを取っていました。

ここで妹が音楽をかけたのですが、選曲が気に入らなかったらしく思いっきり顔をしかめて「ダメ出し」までしてくれました。

私が聴かせたかった「Dear God」 by AVENGED SEVENFOLD は妹に全力で否定されましたが、妹のチョイスの「千の風になって」はもっとダメだと思います…。そりゃ母も怒るかと…。

母は12日の夕方から眠りに入り、徐々に呼吸が少なくなっていきました。
亡くなる10分前には妹の問いかけに目を開けて合図をして、それから深い息をして瞼を閉じて逝きました。

涙だらけのお別れにはされたくなかったのか、母はちょっとしたサプライズを最後に決めて、妹家族を泣き顔から笑い顔?にしてくれました。

「自分のことは自分で決める」というキッチリとした性格の母親らしい旅立ちでした。

なお、亡くなるまでの過程があまりにも自然すぎて、妹がいつ連絡取っていいか分からず、私は残念ながら間に合いませんでした。
その分妹家族が母との最期の時間をゆっくり過ごすことができたので、良かったのではないかと思っています。

母の生前の遺志により、宗教色を排した近親者のみの家族葬を6月15日に行いました。

ということで、3月から始まった母の在宅緩和ケアから昨日母とお別れをするまで、大変慌ただしい日々が続いて、本日やっと一息落ち着くことができました。

振り返ってみれば長いようであっという間の時間でした。

ここで、ご心配をおかけしていた皆さま、本当に心からありがとうと言わせてください。

母とはいわゆる機能不全な親子関係で、メンタルクリニックの主治医の先生曰く、私が抱える大きな問題の1つなのですが、そんな母のがん闘病と向き合うのは非常に厳しいストレスでした。

さらに3月からは自分の喘息の病気まで加わって、精神的にはいっぱいいっぱいになりました。

そんな私の心の拠り所は、大好きなメタルと皆さんと交流することでした。

メンタルの薬の量は少し増えたけど、メタルや皆さんがいなかったら、絶対それだけでは済まなかったと思います。

苦しい時を支えてくれてありがとうございます。

私も妹も自己満足かもしれませんが、母についてはやれることはやったということで すっきりとしています。

薬の影響もあるかもしれませんが、落ち込むこともなく元気ですので、どうか安心してください!

あとは、自分の喘息と逆流性食道炎と慢性胃炎を治すよう頑張ります。

喘息の薬の副作用で「まんまる」になってしまった顔と「激太り」した姿が悲しいので、早く痩せれるようにしたいです。

7月からはブログを再開し、またライヴやイベントにも復活できるかと思います。

その時はまた仲良くしてくださいませ!

これからもどうぞよろしくお願いいたします <(_ _)>

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