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 今回は、国が公にしている情報だからといって、それを参考に自分でインターネット上に公開すると名誉毀損になる可能性がある、という事例を紹介します。

ネットの匿名性を悪用する誹謗中傷が社会問題になっています。誰もが被害者になりえますし、無意識に加害者になってしまう可能性もあります。この連載では、筆者が所属する「DLIS(デジタルリテラシー向上機構)」が独自に取材した情報を共有し、実際に起こった被害事例について紹介していきます。誹謗中傷のない社会を目指しましょう。

 千葉県に住む40代の男性Aさんは、ある日働いている会社の上司から会議室に呼び出されました。PCの画面には見知らぬブログが表示されており、そこに自分の名前がありました。裁判の記録を集めたブログだったのです。

 実は、Aさんは6年前に出資法違反で逮捕されたことがあります。当時、ファイナンシャルプランナーだったAさんは、多数の顧客を持つやり手でした。しかし、そのうち自分で投資案件を用意し、顧客からお金を預かるようになったのです。

 最初はうまく利益が出ていたようですが、損を出したときに顧客との関係がこじれ、最終的に逮捕されました。その後、裁判となり、懲役1年6カ月、執行猶予3年という判決が出ました。

 上司から見せられたブログには、その時の裁判の記録が紹介されているのですが、事件番号、Aさんのフルネームや年齢、罪状、そして裁判の中身まで細かく紹介されています。

 上司によれば、社内から情報が寄せられたということで、仲の良くない同僚がネットで見つけて報告したようです。確かに自分のことなので認めたところ、解雇されてしまいました。

 Aさんは再就職が決まりかけた時に、同じことが繰り返されないように弁護士に相談しました。調査したところ、上司から見せられたブログ以外にももう1つ裁判の記録を公開している情報が見つかりました。

 弁護士は両方に掲載ページの削除を依頼しました。一般社団法人テレコムサービス協会が公開している「テレサ書式」と呼ばれる書式で依頼したところ、国内経営のブログはすぐに削除したのですが、外資系の無料ブログサービスは返事がありませんでした。そのため、名誉毀損に該当している可能性が極めて高いと再度連絡したところ、削除されました。発信者情報開示請求訴訟などを行わずに、スムーズに削除され、一件落着となったのです。

「破産者マップ」など、閉鎖したウェブサービスも

 ところで、裁判は一般に公開されています。公正に裁判を行っており、密室裁判などをさせないためです。なぜ、公開している情報をブログに載せたことが、人権を侵害し、名誉毀損となる可能性があるのでしょうか。

 最高裁昭和52年4月14日第3小法廷判決の判例を見ると、以下のようにあります。

 「ある者が刑事事件につき被疑者とされ、さらには被告人として公訴を提起されて判決を受け、とりわけ有罪判決を受け、服役したという事実は、その者の名誉あるいは信用に直接にかかわる事項であるから、その者は、みだりに右の前科等にかかわる事実を公表されないことにつき、法的保護に値する利益を有する。公表が公的機関によるものであっても、私人又は私的団体によるものであっても変わるものではない。」

 特に公益性のない裁判のため弁護士が役所に前科の照会をしたところ、回答してしまった事件の判決です。最終的に、京都市に25万円の賠償が命じられました。この判決はプライバシー権に関する事件でよく取り上げられています。

 最高裁平成6年2月8日第3小法廷判決の判例では、ノンフィクション作品で前科等にかかわる事実が実名を使用して書かれたケースでも、書かれた人の訴えが認められました。慰謝料は50万円です。

 前科は重要なプライバシーにあたるので、たとえ事実だとしても、公益性なくブログなどで公開するのはNGとなる可能性があるのです。

 似たような事件として、「破産者マップ事件」があります。2018年に、破産者の情報を収集し、Googleマップで住所を表示するウェブサービスが公開されたのです。

 破産すると官報に掲載されるので、こちらも公開されている情報と言えます。しかし、手軽に検索できるウェブで破産者の情報が住所付で公開されるのですから、被害者にとってはたまりません。ヤミ金融からすると美味しい顧客リストにもなります。

 被害者達のどうしても直ぐに削除したい、という焦りにつけ込むネット詐欺も発生しました。削除するには手数料がかかるといって、お金を騙し取るのです。もちろん、支払っても削除されません。

 その後、政府の個人情報保護委員会は2019年3月に破産者マップの運営に行政指導を行い、ウェブサービスは閉鎖されたのです。

 被害者達はクラウドファンディングを募り、181万円以上を集め、弁護団を結成しており、2021年8月に慰謝料などの損害賠償を求めて東京地裁に提訴しています。

クラウドファンディングのページでは弁護団の活動が報告されています

 また、破産者マップと同様、破産者の情報を掲載する似たようなウェブサービスがいくつも作られました。こちらは運営そのものが削除するなら数万円を支払うように要求していたという悪質なものでした。もちろん、個人情報保護委員会は違反していると判断して停止命令を出し、ウェブサービスは閉鎖されました。

 無料で公開されている情報だからといって、個人情報を取得してインターネットに公開するのは、法律に違反する可能性があるということは覚えておきましょう。人はこのような情報に興味を持つので、閲覧回数は稼げるかもしれません。実際、破産者マップはサーバーが不安定になるほどのアクセスが集中することもありました。しかし、自分のお金儲けのために、更生しようとしている人の名誉を毀損してはいけないのです。

 今後も、似たようなウェブサイトが出てくるかもしれません。自分の名前が掲載されていることを知った時、自分で動かないことをお勧めします。恐喝され、お金を取られる可能性があるからです。今回のケースのように、すぐに弁護士に相談することをお勧めします。

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