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捨てる食材をディナーに
古いジーンズを防音材にした建物に、廃棄食材を調理して提供するレストラン。

「すべての資源をごみにせず、使い続ける」と宣言したオランダのアムステルダムでは、“循環型”のビジネスがさまざまな分野に広がっています。

(国際部記者 田村銀河)

スタイリッシュな施設 その7割は…

オランダのアムステルダムは、モノを捨てずに活用し続けようという“循環型経済”の先進地として知られています。私は11月にかけてこの地を訪れ、実際にどのような現場があるのかを取材しました。

はじめに向かったのは、市内のビジネス地区に2017年にできた複合施設です。会議室や飲食店が入った2階建ての建物で、そのつくり方に大きな特徴がありました。

「この材料が何かわかりますか?ジーンズですよ」

施設の所長が会議室で見せてくれたのは、壁の防音材です。1万着以上の古いジーンズを熱で圧縮して加工したものです。

ジーンズはファスナーなどの部品が多いため繊維製品としてリサイクルするには手間がかかりますが、建物の資材という別の方法で活用されているのです。

さらに、窓枠は別の建物の解体にともなって出た廃材を使っています。会議室の机やいすも別の企業で不要になったものです。

建物全体の7割で、中古の資材やインテリアなどを使っているといいます。

“新築”が変わる!

これだけリユースやリサイクルを取り入れれば建設費はきっと安くなったに違いない。私はそう考えましたが、実際にはむしろ資材などの調達コストがかさみ、通常の建物より25%高くなったということでした。

環境への配慮という点ではすぐれているものの、新しいのにピカピカとは言い難い建物にそこまでコストをかけて、経済的なメリットはあるのでしょうか。

この点を尋ねると、建物に隠されたもう一つの秘密を教えてもらいました。将来解体される時まで、その価値を維持できる建物だというのです。

この建物は、資材を再利用する前提で作られています。

柱といった構造にかかわる木材を含めた多くの資材は、サイズや材質とともにデータベースに登録されています。解体の際にはその資材を再利用したい事業者にマッチングプラットフォームを通じて販売でき、収益が得られるようになっています。

この施設を作ったのはオランダの銀行です。建設の際の投資を解体の時に回収する。

金融機関らしい発想に沿ったこのしくみは、アムステルダムのほかの建物にも広がりつつあるということです。

施設のメライン・ファンデンベルグ所長
「再利用を前提にすることで30年後でも建物の価値を維持できます。新しいビジネスモデルの構築には船がゆっくり曲がるように時間がかかるものですが、ここを建設したことで、とても大事なことを学んでいます」

廃棄食材がディナーに

“循環型”のビジネスは、食の分野にも広がっています。

アムステルダムに「インストック」という名前のレストランがあります。英語で「在庫がある」という意味ですが、ここの在庫は、スーパーで売れ残ったり生産現場で余ったりした本来捨てられるはずの食材です。

廃棄食材と聞くとおいしそうでない響きですが、レストランの内装はシックなビストロ風。料理も一級品です。

こちらはビーツをパイ生地で包んだオーブン焼き。

ビーツはもちろん、添えられたタマネギやソースに使われるスパイスまで、ほとんどが本来捨てられるはずだった食材です。

廃棄食材を一級品に生まれ変わらせているのがシェフたちです。メニューは毎日、食材の状態を確認して最終的に決めています。

私が訪ねた時も、その日運び込まれたカボチャやカリフラワーを前に、シェフたちが使いみちを相談していました。

「これは外側が少し傷んでいるだけで中身は最高だよ」

シェフたちの経験は豊富です。

マネージャー兼シェフのセム・デヨングさんは以前、高級ホテルの飲食部門で働いていました。宴会などでフードロスが多く出ることに疑問を感じ、ことしからこのレストランで働くようになりました。

マネージャー兼シェフ セム・デヨングさん
「どんな食材が入ってきても、それを使って自由に調理ができます。創造性があり、その場で判断しなければならないので、シェフとしてとてもやりがいがあります」

食の“循環”を受け入れる人たち

廃棄食材を使っているとはいえ、料理の値段は決して安くはありません。スーパーや農家に食材を回収に行く手間や人件費がかかるためです。

紹介したパイ生地包みは日本円でおよそ2500円。

前菜、メイン、デザートを一とおり楽しむと5000円はかかります。

それでもレストランには多くの客が訪れ、廃棄食材の活用を支持しています。

レストランの客
「捨てられるはずの食材を救うという考え方に共感しています」
「味はまるでミシュランの星付きのレベルですよ」

セムさんは、あくまで普通のレストランとして勝負することが大事だと話します。

マネージャー兼シェフ セム・デヨングさん
「私たちはお客さんが本当に食べたいと思う料理を作っています。新しい味や、新しい考え方、新しい調理法に出会ってもらいたいのです。そうすればお客さんは喜んでくれるでしょうし、それこそが付加価値なのです」

アムステルダムが“循環型”に力を入れる理由

ヨーロッパでも先進的な環境都市とされるアムステルダムは、2050年までに循環型の社会に完全に移行すると宣言しています。

そこにはオランダの地形がかかわっています。
国土の4分の1は海抜ゼロメートル地帯。過去に何度も大きな水害を経験し、いまも海面上昇の危機にさらされています。このため環境への意識がことさら高いのです。

ただ、それだけではありません。循環型経済は今後の成長にとっても、有効だと捉えられています。

市は、資材や食材の再利用によって生み出される新たな市場の規模が年間300億円以上と試算しています。

この新たな市場で事業を展開できるよう、企業などが循環型経済にかかわる情報を交換する新たな施設もできました。

現在は8000のメンバーがいて、みずからの活動を紹介したり、パートナーを探したりする場になっています。

この施設を運営する団体のフランシン・ハウジンさんは、循環型経済にかかわる人を増やすことが重要だと強調しています。

「アムステルダム・スマートシティ」広報担当 フランシン・ハウジンさん
「完全な循環型経済を実現するには、システムを大きく変えなくてはいけません。成功の鍵となるのは、さまざまな利害関係者が協力して、お互いに耳を傾け、お互いに学び合うことです」

日本の参考にも

「オランダは日本にとっても良いモデルになる」

そう話すのは、オランダで循環型経済に取り組む企業を数多く調査している安居昭博さんです。

オランダの人口は日本の7分の1ほどですが、電機メーカーのフィリップスやビールメーカーのハイネケンといった数々のグローバル企業を生んでいます。

強さの秘けつは小国だからこそ培われた国際競争力だと、安居さんは分析しています。

サーキュラーエコノミー研究家 安居昭博さん
「オランダが磨いてきたのは世界がどういう方向に行くのか見極める先見性と、廃棄物からも利益を出そうと考える合理的なビジネスマインドです。これは資源が少ない日本にとっても学ぶべきところです」

循環型経済の意義について、オランダでの取材に行く前の私は、頭では分かっているつもりでした。

ところが、現地で廃棄食材から作られたパイ生地包みを口に入れた瞬間、「あの食材がこんなにおいしくなるなんて!」と感動し、そこで初めて理解できたと感じました。

日本もいま、循環型経済に向けて動き始めています。

経済産業省は去年、「循環経済ビジョン2020」を取りまとめ、企業に循環型のビジネスへの転換を促す方針を打ち出しました。

日本でもどんどん生まれている斬新なアイデアを、先入観を持たずに試し、受け入れていくことが、循環型経済の広がりを後押しすることになりそうです。

国際部記者
田村 銀河
平成25年入局
気候変動による世界への影響など環境分野を担当
ことしのCOP26をイギリスで取材