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 ポーランドに科せられた1日あたり1億3000万円の罰金

 EU(欧州連合)とポーランドの間の対立を決定的にしたのは、10月27日に欧州司法裁判所が下した判決だ。同裁判所は、「ポーランド政府の司法制度改革は、EUの根本原則である三権分立と司法の独立に反する」として、同国政府に対して1日あたり100万ユーロ(1億3000万円・1ユーロ=130円換算)の罰金の支払いを命じた。

 EU法は、全ての加盟国に対して司法の独立を保障することを義務付けている。だがポーランドの政権を握る右派ナショナリスト政党「法と正義(PiS)」は、2015年に憲法裁判所の権限を制約する「司法改革」に着手して以来、EUの原則に反する政策を取ってきた。

 特にEUを驚かせたのは、ポーランド政府が2018年に最高裁判所に「懲戒部門」を設置したことだ。

 懲戒部門は、いわばPiSが裁判官を監視する見張り役だ。たとえば政府に対して批判的な態度を持つ裁判官が、政府にとって都合の悪い判決を下した場合などに、裁判官に対して減給、罷免などの懲戒措置を実施できる。裁判官は、検察庁による刑事訴追から庇護されているが、懲戒部門は裁判官に対する庇護を無効化することもできる。

 EUでは、「この状態では、ポーランドの裁判官は常に政府の顔色をうかがいながら判決を下さなくてはならず、三権分立が保障されているとは言い難い」という批判が強まった。このため欧州裁判所は今年7月に、「懲戒部門はEU法に違反する」として、ポーランド政府にこの部門の撤廃を命じる判決を下した。

「国内法はEU法に優先する」

 しかしポーランドの憲法裁判所は、今年10月にさらに挑発的な行為に出た。同裁判所は「EU法の大半は、ポーランドの国内法に矛盾している」として、ポーランド政府はEUの命令や欧州裁判所の判決に従う必要がないという判決を下したのだ。つまり、ポーランドの司法改革の内容を変えようとするEUの態度は越権行為であり、ポーランド政府の主権を侵害するという主張だ。同国の憲法裁判所のユリア・プシウェンプスカ(Julia Przylebska)所長は、PiSのヤロスワフ・カチンスキ党首に近い人物だ。最高裁と憲法裁判所には、PiSの息のかかった裁判官が次々に送り込まれている。

 欧州裁判所が今回罰金の支払いを命じたのは、ポーランド政府が7月の欧州裁判所の判決を無視し続け、最高裁の懲戒部門を廃止していないからだ。

 欧州裁判所は、今年9月にもポーランド政府がチェコ国境付近での褐炭の採掘を停止しないという理由で1日につき50万ユーロの罰金を払うよう命じていた。つまりポーランドは、合わせて毎日150万ユーロ(1億9500万円)の罰金をEUに払わなくてはならない。

 ポーランドのマテウシュ・モラヴィエツキ首相(PiS)は、「我々は脅迫行為には屈しない」と述べ、罰金の支払い命令を拒絶した。同氏は、「EUが第三次世界大戦を始めたいのならば、我々はあらゆる手段を使って祖国を守る」という激しい言葉を使っている。これは、もはや外交交渉で使われる口調ではなく、戦争前夜を思わせるエスカレートぶりである。

 ポーランド政府の立場は、不利である。その理由は、EUがポーランドに払う予定だった金を凍結したからだ。EUは加盟国がコロナ・パンデミックによる経済的打撃から立ち直るのを支援するために、去年コロナ復興基金を創設した。ポーランド政府は、この基金から返済の必要のない資金240億ユーロ(3兆1200億円)と融資120億ユーロ(1兆5600億円)を受け取れるはずだった。だがEUは、ポーランド政府が司法の独立に反する状態を続けていることから、この資金の支払いを凍結した。

 そればかりではなく、EUは1日150万ユーロの罰金を、ポーランド向けの資金・融資額から差し引く方針を明らかにしている。つまりポーランド政府がEUから受け取れる援助金の額が、日一日と減っていくのだ。

EUの基本原則を踏みにじるポーランドの好戦的態度

 EUが強硬な態度に出ている理由は、今回の論争がEUの基本原則に関するものだからだ。EUに加盟する国は、国内法ではなくEU法を優先させることを、義務付けられている。加盟国は主権の一部をEUという国際機関に譲渡する代わりに、資金援助など様々な恩恵をEUから受ける。第二次世界大戦での悲惨な経験を基に作られたEUは、各国政府に対し、三権分立、法治主義、人権の擁護、議会制民主主義、言論の自由などの原則を守ることを義務付けている。たとえばナチス・ドイツは三権分立を廃止し、自分たちに反対する勢力の市民権を抹消して弾圧した。EUが法の独立を重視しているのは、そのためだ。

 つまり「国内法がEU法に優先する」というポーランド憲法裁判所の判決は、EUの基本原則を踏みにじるものだ。EUにとっては、絶対に受け入れられない行為だ。政府が最高裁判所に懲戒部門を設置することによって、政府に従わない裁判官の排除を目指していることも、EU法に対する挑戦である。このためEUがポーランド政府との対立で、譲歩する可能性は極めて低い。

 実際、EUではポーランドに対する批判的な声が強い。たとえば通常フランスはポーランドに対して好意的な国だが、今回は様子が違う。フランス政府で欧州問題を担当するクレマン・ボーヌ欧州問題担当相は「ポーランド政府の行為は、EUに対する攻撃だ」と発言した。またルクセンブルクのジャン・アッセルボルン外務大臣は「国内法がEU法に優先するという態度は、EUの基本原則を揺るがすものであり、深刻な政治的衝突につながる危険がある」と述べ、「ポーランド政府は火遊びをやめるべきだ」と警告している。

 アッセルボルン氏は、「EUは加盟国が法治主義を放棄するのを見過ごすことはできない。そんなことをしたら、EUは終わりだ」と語っている。これらの発言には、EU加盟国がポーランドとの対立をいかに深刻視しているかが表れている。

 EUの実質的なリーダー国であるドイツでも、ポーランド政府に同情する声は少ない。むしろ「EUは司法改革をめぐるポーランドとの対立で、同国に対する圧力を緩めてはならない」という意見が強い。欧州議会で法務問題を担当するモーリッツ・ケルナー議員は「ポーランドは、EU離脱に向けて夢遊病者のように歩いている。Polexit(ポーランドのEU離脱)は、もはや同国の右派ポピュリストが口にする世迷い言ではなく、現実味を帯びてきた」と語る。同議員は、「EU法の内、自国にとって都合が良い部分だけを守り、他の部分は守らないという国は、EUに属する資格はない」と切り捨てた。ドイツの論壇では、「ポーランドは経済的にEUに大きく依存しているのだから、最後は折れるに違いない。だからEUは妥協するな」という強硬論が目立つ。

ハンガリーも「EU離脱」で挑発

 ポーランド政府は、これまでEUからの多額の農業補助金や、高速道路などのインフラ建設補助金によって潤ってきた。このため市民のEUに対する感情も好意的だった。だがEUが司法改革をめぐる論争をきっかけに、肝心の資金の蛇口を閉めるとなると同国でのEUに対する感情が悪化する可能性もある。ポーランド人の知人によると、ポーランドの多くのメディアがPiSの影響下にあり、同国ではEUの態度を批判する論調が強まっている。

 私は1989年以来、取材のために約10回ポーランドを訪れて、人々の意見を聞いてきた。このためポーランド人のメンタリティーについては、若干知っている。20世紀以来ポーランド人は、悲惨な運命を繰り返し体験してきた。ソ連とナチス・ドイツによって占領されて、一時は地図の上から消滅した。多数の国民がこれらの二国によって殺害され、強制労働に従事させられた。大国の狭間で翻弄されたポーランドの大地は、多くの人の血と涙を吸っている。それだけにポーランド人は愛国心が強く、外国による内政干渉を憎む。誇り高いポーランド人を、袋小路に追い込むのは危険だ。

 EUとポーランド政府の間のレトリック(言葉の使い方)が刺々しくなりつつあるのは、非常に気がかりである。万一ポーランドが英国に続いてEUを離脱した場合、EUは大幅に弱体化する。だがEUとの間の関係がぎくしゃくしているのは、ポーランドだけではない。

 EUはハンガリーのオルバン・ビクトル首相とも、同性愛者に対する差別的な内容を含んだ法律などをめぐって対立している。今年8月にはオルバン政権に近いハンガリーの新聞Magyar Nemzetが「我が国はHuxit(ハンガリーのEU離脱)について考えるべきだ」という記事を掲載した。オルバン首相も「EUの枠外での人生もあり得る」と発言したことがある。ハンガリーもEUに対する挑発の手を緩めない。

 EUにとって不幸なのは、欧州きっての名調停役ドイツのアンゲラ・メルケル首相がまもなく政界を引退することだ。そうした時期にポーランドやハンガリーとの関係がエスカレートしつつあることは、EUにとって極めて都合が悪い事態だ。16年間にわたり首相を務めたメルケル首相は、リーマンショック、ユーロ危機、ウクライナ危機、難民危機、コロナ危機など様々な危機に対処してきた。これほど豊富な経験を持つ政治家は、欧州に一人もいない。メルケル首相はドイツの日刊紙・南ドイツ新聞とのインタビューの中で、「最近EU加盟国の間で合意に達するのが難しくなっているのは、心配だ」と語ったことがある。その一方で首相は、ある記者会見の際に「もしも引退後に、EUが調停をお願いしたいと要請して来たらどうするか」と問われた際に、「絶対に応じない」と答えている。同氏はそろそろ若い世代に、EUの舵取りを任せるべき時が来たと考えているのだ。

 メルケルなきEUは、基本原則を曲げることなく、東欧の加盟国との対立において解決の糸口を見出すことができるだろうか。トンネルの出口は、まだ見えない。

熊谷徹
1959(昭和34)年東京都生まれ。ドイツ在住ジャーナリスト。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン特派員を経て1990年、フリーに。以来ドイツから欧州の政治、経済、安全保障問題を中心に取材を行う。『イスラエルがすごい マネーを呼ぶイノベーション大国』(新潮新書)、『ドイツ人はなぜ年290万円でも生活が「豊か」なのか』(青春出版社)など著書多数。近著に『欧州分裂クライシス ポピュリズム革命はどこへ向かうか 』(NHK出版新書)、『パンデミックが露わにした「国のかたち」 欧州コロナ150日間の攻防』 (NHK出版新書)、『ドイツ人はなぜ、毎日出社しなくても世界一成果を出せるのか 』(SB新書)がある。