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NHKの大河ドラマ『青天を衝(つ)け』のVFX映像の制作過程や裏話、現場の様子などをご紹介するシリーズ企画。14回目となる今回は多重合成による行軍シーンについて解説したいと思います。

TEXT_『青天を衝け』VFXチーム(NHK

EDIT_海老原朱里 / Akari Ebihara(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada

[青天を衝け] VFX編 | 激動の幕末をダイナミックに描く舞台裏 | 青天を衝けの世界 | NHK

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ミッション<14>「多重合成で数百人の行軍シーンを表現する!」

『青天を衝け』では兵士たちが行軍しているシーンが幾度も登場し、シーンによっては数百人が行軍しているような表現も出てきます。しかし、実際に数百人のエキストラを現場に集めて撮影するのは予算やスケジュールの都合で難しいことがほとんどです。また、連載2回目でご紹介した3DCGによる群衆シミュレーションでの人増やしもコストがかかります。そこで役立つのが数十人のエキストラの行軍をパターンを変えながら撮影し、それらの素材を重ね合わせることで表現する手法(crowd tiling)です。今回はこうした多重合成による行軍カットをいかに制作しているかをご紹介します。



▲多重合成のシーン例

下記の動画は第17回で放送された水戸天狗党が尊王攘夷を掲げ、幕府に対抗するために挙党し大群で京に上るシーンです。


▲多重合成された行軍カットのVFXブレイクダウン

このカットを実現するためには、まず下見の段階で多重合成をするカメラ位置を決めます。その画角から隊列が見える範囲や消さなくてはいけない現代物の有無などを確認し、それをもとにプランニングをしていきます。このカットでは300mほどの道が画角に入るので、20人程度のエキストラが画面奥から手前まで歩いてくる素材を隊列を変えながら3パターン撮影することにしました。多重合成の場合は、原則カメラはFIXです。3パターン撮影した素材からタイミングをずらすことでコピー感がでないように気をつけつつ重ね合わせていきます。また、行軍する速度をできるだけ一定になるよう意識して演技してもらうことで、重ね合わせたときに前方の隊列に追いついてしまうことがないようにしています。



▲美術部が作成した撮影プランニング

グリーンバックはこのカットについては使用していません。グリーンバックで隊列の範囲をカバーしようとすると数百メートルにわたって設置する必要があるため、コストに見合わず、採用しませんでした。隊列のみを丁寧にマスクを切るのではなく、周囲の木々ごと多重合成しました。



▲多重合成素材の抜粋

撮影当日は雲ひとつない穏やかな青天のなか撮影することができましたが、強風で木々が大きく揺れてしまうと重ね合わせがバレてしまう可能性があります。また、3パターン撮影している間に晴れや曇りなど天候が変化しても重ね合わせづらくなってしまうので、VFX担当者は撮影現場で天候条件の変化を見ることが重要になります。



▲撮影した素材

奥からカメラ前までの距離が長いため、1パターンにつき5分ほど収録し、合成時に良い部分を選んで抜き出しています。隊列がカメラ前を横切らない方がマスクを切る手間が少ないためVFXチームとしてはありがたいですが、手前を横切った方が隊列の奥行き感を表現できます。マスクを切る作業が増えてしまいますが、今回は画のクオリティを上げるために、隊列がカメラの前を横切ることに決めました。しかしながら、マスクを切る量を減らしたい、かつ奥まで隊列が見えるようにするために、イントレ(組み立て式の足場)を組み、できる限りカメラの高さを上げて撮影しました。



▲マスク素材

ここからはこうした多重合成によるカット制作の例をいくつかご紹介していきましょう。まず次の動画は第3回で放送された、謀反を疑われた徳川斉昭率いる水戸藩が江戸幕府に大砲などを献上するシーンです。このシーンでも多重合成のカットを制作し、奥行きをエクステンションしています。行軍の進行方向に対して縦位置で撮影する場合は、グリーンバックを設置するのが有効です。しかし、奥に重ねる隊列が手前の隊列撮影時のグリーンバック設置位置をまたいでしまうとグリーンバックで抜けなくなってしまうので、注意が必要です。また、演者の衣装や旗指物の色はできるだけグリーン幕の色と被らないようにします。このカットでは、隊列はエキストラをシャッフルし、両脇の見物人も入れ替え、建物は暖簾の色を合成時に変えるなどして、コピー感を目立たなくしています。


▲第3回放送の多重合成された行軍カットのVFXブレイクダウン

次の動画は第7回に放送されたアメリカのハリス一行が将軍に謁見するため江戸城に登城するシーンです。このカットも奥行きをエクステンションするため、人物の多重合成を行なっています。人物がかかる部分は建物も実写部分を流用し、画面から切れている屋根部分を3DCGで足しています。


▲第7回放送の多重合成された登城カットのVFXブレイクダウン

最後に下記の動画は第16回に放送された江戸の通りを歩く水戸藩士たちです。このシーンではセットエクステンションをするのではなく隊列だけ増やしたいので、隊列と見物人を2パターン撮影し、誰もいないカラ画も撮影し、それらを合成しています。早朝に撮影したため、太陽の向きや色がすぐに変わってしまうのでなるべく短時間で撮影を行ないました。また、手に持っている槍が長く、グリーン幕の高さを超えてしまうため、その部分は手でマスクを切っています。


▲第16回放送の多重合成された行軍カットのVFXブレイクダウン

いくつかの例をご紹介しましたが、多重合成による行軍シーンはこのようにつくっています。今後もNHKの大河ドラマ『青天を衝け』のVFX技術をたくさん紹介していきますので、ぜひ放送をご覧ください。(『青天を衝け』VFXチーム)

info

  • 大河ドラマ『青天を衝け』


    【放送情報】

    NHK 総合 毎週(日)夜 8:00~/[再放送]毎週(土)午後 1:05~

    NHK BSプレミアム 毎週(日)午後 6:00~

    NHK BS4K 毎週(日)午後 6:00~

    公式HP www.nhk.or.jp/seiten

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