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弱小高校野球部が舞台となっている野球マンガ・アニメというのは結構ある。『キャプテン』『MAJOR』『おおきく振りかぶって』『ROOKIES』……、その他いろいろあるだろう。

 

実際の高校野球でも、部員が9人ギリギリだったり、部員が足りず他の体育系部活から助っ人を呼んで試合をしたりといった野球部もある。夏の地区予選などを見ていると、強豪校と対戦があったりして、大差でコールド負けなんてこともよくある。

練習は週に1回3時間でもベスト16

毎年東大に多数の合格者を出す、超進学校の開成高校にも硬式野球部がある。同校のホームページを見てみると、2021年度は部員数23人、活動日は放課後は木曜と土曜(隔週)、他の曜日は自主練習、朝練は水曜。はっきり言って、全然練習が足りていない。

 

そんな開成高校野球部だが、全国高等学校野球選手権東東京大会(いわゆる夏の甲子園の地区予選)で、2005年には5回戦進出(ベスト16)、2007年と2012年には4回戦進出を果たしている。

 

そんな開成高校野球部を追いかけたのが『「弱くても勝てます」―開成高校野球部のセオリー』(高橋秀実・著/新潮社・刊)だ。

 

本書の前書きには平成24(2012)年9月という記述がある。4回戦に進出した年だ。その前書きにはこのように記されている。

 

本書は、超進学校として知られる開成高等学校の硬式野球部が甲子園大会に出場するまでの道のりを記録しようとしたものです。

いまだ出場には至っておりませんが、早ければ来年にも出場を果たす可能性もなきにしもあらずという期待を込めて、ここに途中経過として出版する次第です。

(『「弱くても勝てます」―開成高校野球部のセオリー』より引用)

 

2021年現在、まだ開成高校は甲子園出場は果たしていないが、当時はそう期待できるだけの勢いがあったということなのだろう。少数精鋭で頭脳プレーで勝ち進んでいったのだろうか。

 

秘策は「ドサクサに紛れて勝つ」

実情はまったく違う。とにかく野球部員全員が野球が下手。本書でもはっきり「下手なのである」という記述があるほどだ。そもそも練習は週に1回3時間。専用グラウンドはなく、特に中学の強豪選手をスカウトしてきているわけでもない。他の高校と比べても、明らかに選手の技量は下なのである。

 

そんな野球部を率いているのが東京大学野球部出身の青木監督。この野球をやるのに全然適していない環境で、勝つ野球をするために取った作戦が「打撃特化」だ。

 

投手は、試合を壊さない程度にストライクが入ればいい。守備はダブルプレーは要らない。確実にひとつずつアウトを取る。とにかく守備面に関しては必要最低限だけをやり、あとは打撃特化。打順は1番から打てそうな選手を並べて、早い段階で大量得点を狙うという作戦なのだ。

 

いったん勢いがつけば誰も止められません。勢いにまかせて大量点を取るイニングをつくる。激しいパンチを喰らわせてドサクサに紛れて勝っちゃうんです。

(『「弱くても勝てます」―開成高校野球部のセオリー』より引用)

 

これを「ハイリスク・ハイリターンのギャンブル」と監督は言う。このギャンブル、結構成果を上げており、2005年の5回戦進出時には、勝利した4回のうち3回がコールド勝ち。ドサクサ野球は、結構効果があるようだ。

 

勢いに任せて短期集中大量得点で勝つ

本書では、選手たちのインタビューも多数掲載されている。ただ、いわゆる高校球児的な感じではない。野球が嫌いなわけではないし、勝ちたいという気持ちもあるようなのだが、熱さみたいなものは感じられない。筆者との対話も禅問答のようになっている。

 

選手は自分たちが野球が下手なこともわかっているし、何が悪いのかもわかっている。課題点はわかっているのだが、それを克服するための練習時間が与えられていない。

 

だから考える。ただ、考え方が理屈っぽい。根性論は一切ない。結果を出すためにどうしたらいいのか、各自が考え行動する。ただし、結果が出ない。

 

ではなぜ勝てるのか。これはもう、野球というスポーツの特異性だろう。野球は必ずしも身体能力が優れていなくてもできるスポーツ。だって、3割打てば好打者という世界。7割8割は失敗してもいい。だったら、力や技だけではなく、「なんだかわからないけど勢いでいく」ということも通用する。9回の攻撃のうち、1回だけ事故のようにバカスカ打って勝つ。そのために、打者たちは常にフルスイング。これにより相手に威圧感を与え、たまたまバットにボールが当たることが続けば勝てる。

 

実際、それを開成高校野球部は証明しているわけだ。ただし、甲子園には届かないが。

 

下手なまま甲子園を勝ち抜く開成高校が見たい

青木監督は、「野球には教育的意義はない」と言い切る。教育というのはムダなことはしない。しかし野球はやってもやらなくても人生にそれほど影響はないムダなものなのだが、学校教育は「野球は役立つもの」にしたい。だから、野球に教育的視点を持ち込むのだろう。

 

野球を通して礼儀や相手を思う気持ちなんてものも手に入るのかもしれないが、結局は勝負の世界。開成高校野球部は、野球から何かを学ばせる気持ちはない。だから、勝ちにこだわる。勝つために、守備は捨て打撃を重視し、一か八かの勝負を毎回行っているのだ。

 

最近の高校野球は、高校の知名度アップやマスメディアの利益のために行われているような気がしないでもない。真剣に野球をやっている球児たちには何の罪もないのだが、周りの大人たちに利用されているように見える。

 

開成高校野球部はそんな大人の世界とは無縁で、純粋に勝ちにこだわっている。金で選手を集めてくるような方法ではなく、自分たちの持っているものを最大限活かして、「勝負」そのものを楽しんでいるのではないだろうか。

 

下手だから上手くなるために努力するのではなく、下手なまま勝つための方法を探る。ある意味、これは超進学校の開成高校ならではの考え方なのかもしれない。球児たちが現役でいられる期間は2年ちょっとしかない。その短い間に急激に強くなることは不可能だろう。だったら、今のままで勝つ確率を高める戦いをする。

 

超進学校の野球部というと、データを駆使した頭脳的な野球をするというイメージだが、開成高校はちょっと違う。なんだか甲子園で一か八かの勝負をする開成高校を見てみたくなってきた。

 

【書籍紹介】

「弱くても勝てます」―開成高校野球部のセオリー

著者:高橋秀実
発行:新潮社

甲子園も夢じゃない!? 平成17年夏、東大合格者数日本一で有名な開成高校の野球部が、東東京予選ベスト16に勝ち進んだ。グラウンドでの練習は週1日、エラーでも空振りでもかまわない、勝負にこだわりドサクサに紛れて勝つ…。監督の独創的なセオリーと、下手を自覚しながら生真面目に野球に取り組む選手たちの日々。思わず爆笑、読んで納得の傑作ノンフィクション!

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(※著者「高橋秀実」の「高」は正式にははしごだか)