入れ替わりの激しい音楽シーンにおいて、30年にわたり第一線に立ち続けるL’Arc~en~Ciel。彼らの結成30周年を記念したスマートフォン向けアプリ「30th L’Anniversary VR Museum」が期間限定で無料配信されており、L’Arc~en~Cielのファンはもちろん、ファンでなくとも楽しめるギミックが満載のコンテンツとなっている。同アプリの開発を手がけた面白法人カヤックの天野清之氏(以下、天野氏)は、カルチャー軸から美術展までXRの領域において様々なコンテンツを手がけてきた。XR最前線に立つ天野氏はL’Arc~en~Cielをどう魅せるのか。
TEXT_武田かおり / Kaori Takeda
EDIT_三村ゆにこ / Uniko Mimura(@UNIKO_LITTLE)、小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)
●Information
「L’Arc~en~Ciel 30th L’Anniversary VR Museum」
■開催期間:2021年8月25日(水)~2022年5月30日(月)
■ダウンロード
App Store:https://apps.apple.com/jp/app/id1574121514
Google Play:http://play.google.com/store/apps/details?id=jp.co.sonymusic.larc30thmuseum
■価格:無料(一部限定コンテンツ有)
■制作:株式会社ソニー・ミュージックレーベルズ、ソニーグループ横断型xRプロジェクトProject Lindbergh
■企画・開発:株式会社カヤック
■配信:株式会社ソニー・ミュージックソリューションズ
「30th L’Anniversary VR Museum」開発の経緯
今年8月にリリースされた「30th L’Anniversary VR Museum」。L’Arc~en~Cielの歴史をVR/AR/通常モードでミュージアムの展示を見るように楽しめるアプリで、面白法人カヤックが企画・開発を担当。天野氏はこれまでにドミノピザ×初音ミクのARアプリ「Domino’s App feat. 初音ミク」(2013)や、エナジードリンク「ZONe」によるIMMERSIVE SONG PROJECT(イマーシブ ソング プロジェクト)でのキズナアイ、YOASOBI、花譜が出演するMV3本の制作、小学館と同社で開発・販売している「からかい上手の高木さんVR」、その他『マギアレコード』や『物語シリーズ』ライヴ版にも参加している。
一方で、これらカルチャー寄りの仕事の他に「美術系」の仕事も手がけている。画家の視点から「描かれなかった風景」が体感できる展覧会「AIT(Art Immersion Technology)」(2018)では、フランス・オルセー美術館が所蔵するピエール・ボナールの作品300点が来日。その際、同美術館より「面白いことをしたい」との依頼を受け、展示・演出として天野氏がアサインされた。天野氏は「額縁の外側も体験できたら “画家の目” が体験できて面白いのでは」と提案し、 同美術館の協力を得て現地を360度で撮影したものをAIでピエール・ボナールの絵画のように変換させた。XRの分野において多種多様なチャレンジを試みる天野氏が今回、満を持して取り組んだのが「L’Arc~en~Ciel 30th L’Anniversary VR Museum」だ。
タップで移動、スワイプで視点移動できる「通常モード」、スマートフォンのジャイロ機能で展示を見渡したり移動したりすることができる「ARモード」、VRゴーグル「ハコスコ」にスマートフォンを装着して楽しむ「VRモード」、と切り替えられるのが特徴の本作。天野氏は「バーチャルでの展示ということで、今の技術&デバイスでできることへの回答が出せたと思う」と手応えを語る。それでは早速、アプリの内容をいくつかピックアップして技術的な取り組みをお伝えしよう。
▲天野清之氏(面白法人カヤック 面白コンテンツ事業部 クリエイティブディレクター/プロデューサー/映像作家/カヤックアキバスタジオCXO)
「ファン目線」を採り入れたVRコンテンツ
実際の美術展の企画も手がけるという天野氏のアイデアは、現実のミュージアムをベースにしてVR/ARのギミックを入れるというものだった。バーチャルの世界では物理法則を無視した演出が可能だが、そこには「VR酔い」の壁がある。また、それを面白いと感じるユーザーがどれだけいるかはわからない。天野氏は「リアルな体験からちょっとだけはみ出していたり、ちょっとだけ拡張されていたりするとすごく面白い」という考えの下にギミックを加えたという。
本アプリの開発を手がけた面白法人カヤックの制作メンバーは、クリエイティブディレクターの天野氏のほかに、プロデューサー1名、エンジニア3名、3Dクリエイター2名、UIデザイナー1名、そして「ファン目線」を採り入れるためにL’Arc~en~Cielのファンであるディレクターが1名。エンジニアにはグラフィックに強いメンバーを集め、スピードと精度の高い成果を出せるチーム構成となっている。ちなみに、開発ツールとして今回はUnityとMayaを選定。制作期間は企画に2ヶ月、実制作に4ヶ月程度とのことだ。
▲アプリ内ミュージアムのエリア設計図
最初に決めたのはゾーニングだ。30年の歴史を「記録」、「写真」、「音楽」、「楽器」、「映像」と大まかに分類し配置するコンテンツを決め、簡単なキューブでミュージアム全体を仮組みしてVRでプレビュー。展示するコンテンツやゾーンごとの広さ、ボリュームの草案を作っていく。クライアントと一緒にVR空間内を歩いて「どこにどのコンテンツをどのくらい置けるか」など、各空間ごとに内容を詰めていったという。
▲アプリ内のエントランス。右奥に続く通路に投影されている年表が「ミュージアム感」を醸し出している
▲年表通路エリア
▲動く写真エリア
アプリを起ち上げるとL’Arc~en~Cielメンバー写真が出迎えてくれる。メンバーの写真が次々と遷移し、その美貌に見とれてしまう。壁一面に広がる写真の奥には、「ウェルカムトンネル」がある。ここはL’Arc~en~Cielがこれまでに打ち立ててきた観客動員数やライヴの回数、YouTubeの再生回数といった各シーンでの数字をL’Arc~en~Cielの言葉の意味でもある「虹」をモチーフにしてビジュアライズした映像が投影されているエリアだ。その奥に続くのは動く写真が並ぶエリアで、視点を合わせると写真の中のL’Arc~en~Cielのメンバーが動き出す。「目線トラッキングでトラックに合わせて映像が再生されます。バーチャルだと手軽に実現できますし、ユーザーにとって驚きがあるのでは」と天野氏。
▲過去映像シアターエリア
過去映像シアターには様々な時代のデバイスとコンテンツを用意している。デバイスと表示する映像は年代をできるだけ近くしており、4:3の映像はブラウン管テレビで、最近のコンテンツはスマホで表示されるようにしている。
▲Music Clipシアター一覧状態
▲Music Clipシアター拡大状態。映像を選ぶと大きく表示される
▲Unityで合成・調整
Music Clipシアターにも豊富な音源が用意されており、どれかを選ぶと大きく表示されるというギミックが搭載されている。選曲の基準については、長年のファンだというプランナーにレクチャーを受けたという。
▲楽器展示エリア。メンバーが実際に使った楽器など3Dスキャンして展示
楽器展示エリアは記念品のエリアとして最初にお題があったという。L’Arc~en~Cielのメンバーが実際に使っていた楽器を3Dスキャンして細部まで再現しており、ぐるっと見回してみることができる、ファンにとって記念になるエモいエリアだ。天野氏はこの場所に、楽器などの経年劣化等による損傷を防ぐための「データ保管としての場所」という意味ももたせているという。
なお3Dスキャンは12台のカメラで撮影してモデリングを行なった。「LEDで光っているマイクなど、発光するものはエンジニアサイドで調整した方が見映えが良くなる場合が多いので、エンジニアのメンバーで制作しています」(天野氏)。CGクリエイターも「Mayaで制作して終わり」ではなく、Unityでルックの調整をした後にエンジニアに引き渡すようにした。
▲6面シアターエリア。技術的に最もこだわって制作したエリアだ。選りすぐりの映像に包まれて楽曲を切り替えながら聴くことができる
▲6つの映像はUnityで合成
ミュージアムの最後は6面シアターエリアで、「同じ楽曲の年代ごとのライヴ映像」が室内の6面で投映されるシアターとなっている。「こちらは2005年、あちらは1999年と、見ている方向に合わせて様々な年代の映像を見ることができます」(天野氏)。リアルな環境で視線に合わせて映像と音を切り替えるのは非常に高度な技術が求められるが、バーチャル空間であれば「ギミック」として採り入れることが可能だ。これもバーチャルならではの利点の1つである。再生される映像もかなり高品質で、実装上で処理負荷が一度にかからないよう最適化したり、エンコードレベルで良いものを探したり、後処理をしたりといった「小さなこだわり」を積み重ねることでクオリティを担保したという。
この記事ではほぼ触れていないが、ARモードでも空間情報や位置情報をトラッキングして連動させている。今という時代、今あるデバイスでできる最高峰の技術が詰まったアプリ。ぜひ試してみてほしい。
●Information
「L’Arc~en~Ciel 30th L’Anniversary VR Museum」
■開催期間:2021年8月25日(水)~2022年5月30日(月)
■ダウンロード
App Store:https://apps.apple.com/jp/app/id1574121514
Google Play:http://play.google.com/store/apps/details?id=jp.co.sonymusic.larc30thmuseum
■価格:無料(一部限定コンテンツ有)
■制作:株式会社ソニー・ミュージックレーベルズ、ソニーグループ横断型xRプロジェクトProject Lindbergh
■企画・開発:株式会社カヤック
■配信:株式会社ソニー・ミュージックソリューションズ