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モデレーターの株式会社永和システムマネジメント 代表取締役社長 平鍋健児氏(左)、KDDI株式会社 執行役員 サービス企画開発本部長 藤井彰人氏(中央)、株式会社LIXIL 常務役員 Digital部門 システム開発運用統括部 リーダー 岩崎磨氏による基調講演の様子

 オーストラリアのSaaSベース働き方改革ツールを提供するアトラシアンの日本法人となるアトラシアン株式会社は、同社のプライベートコンベンション「Atlassian TEAM TOUR」の日本版となる「Atlassian TEAM TOUR Tokyo」を12月15日に開催した。

 その基調講演として行われたのが「アジャイルでチームが変わる、組織が変わる、経営が変わる 〜LIXILとKDDIの事例:日本の大企業変革の道のりと課題〜」と題した対談。KDDI株式会社 執行役員 サービス企画開発本部長 藤井彰人氏と株式会社LIXIL 常務役員 Digital部門 システム開発運用統括部 リーダー 岩崎磨氏による対談で、モデレーター(司会)は株式会社永和システムマネジメント 代表取締役社長 平鍋健児氏が務めた。

 前提知識を少し整理しておこう。本公演のテーマである「アジャイル」とは「素早い/俊敏な」という意味で、ソフトウェア開発にあたって小規模な設計・開発・テストを重ねながら徐々に全体を作り上げ、完成させていく手法のこと。トライアンドエラーを素早く繰り返し、リスクを最小化できる一方で、最初の段階では全体像を見渡しにくい。

 対して、従来よく使われる開発手法は「ウォーターフォール(『滝』の意味)」と呼ばれ、全体の設計や開発計画を定めた後に計画的に製品を開発していく方式だ。全体像は明確になるが、途中で予定外のトラブルなどがあると、手戻りやスケジュールの遅れが発生しやすいことがリスクとなる。

 なお、本稿で紹介している基調講演を始め、「Atlassian TEAM TOUR Tokyo」の模様はアーカイブを無料(要登録)で見ることができるので、興味のある方はぜひご覧いただきたい。

アジャイル開発を成功させて行くには小さく始めて、成功体験を積み重ねていくことが大事とKDDIの藤井氏

KDDI株式会社 執行役員 サービス企画開発本部長 藤井彰人氏

――アジャイルによりチームをどう組織化していくかについてお二人と議論したい。KDDIはアジャイルを取り入れて7~8年経ったと聞いておりますが。

[藤井氏(KDDI)]従来は開発チームがウォーターフォールで動いていました。そこで、1チームだけアジャイルを導入し、そこから徐々に増やしていった。2016年にほかのチームにもアジャイルを導入し、アジャイル開発センターも発足させ、その後そうしたチームを増やしていって、今では30チームにもなった。

 アジャイル開発を知らないエンジニアはいなくて、重要なことはそうしたエンジニアがいることを前提に企画側がどうオーガナイズしていくかです。私はKDDIに来る前に外資でアジャイルを経験していましたが、日本の伝統的な企業でそれを受け入れる土台があるかどうか、それを見極めるために1チームからスタートして横展開していきました。

藤井氏の経歴

KDDIのアジャイル導入の歴史

[岩崎氏(LIXIL)]LIXILではこの2年半アジャイル開発に取り組んできました。企業合併などもあり、分業という名の下にサイロ(細分化のこと)になっている部分があるようになっていて、事業部側が作って欲しいというのもがなかなか出来上がらなかったり、最終段階にきて企画とのかい離が明らかになったりという状況が発生していました。

 デジタル部門のリーダーは過去に所属していた会社でも経験していました。大企業のやり方が悪いとは言わないですが、もっとよくできるはずだと話し合い、組織全体でやり方を変えようと舵を切り始めるまでに1年かかりました。小さく始めようということで、やりたいチーム、課題を抱えている製品などから初めて、特にB2B2Cのビジネスの中で、いちばん最初のエンドユーザーから見えている事業部の課題を解決していこうという視点で始めました。エンドユーザーを見てやっていくことが大事だからです。よかったことは、テストを始めたチームが、それまで課題だと思っていたことが、この仕組みで解決できると見えてきたこと。それと、早い段階からコミュニケーションを取ることによって、ステークホルダーを巻き込めたことです。これは基本ではありますが、仕組みを入れたことで目が行きやすくなる。そうすることでギャップも減りましたし、お互いの満足度も上がっていきました。

 今はチームの雰囲気もみんなハッピーになっていて、良くなっているということを共有することができています。

岩崎氏の経歴

――意思決定の方法はどんなものでしたか?

[岩崎氏(LIXIL)]従来の意思決定は部長級が行う形でした。しかし、本当のエンドユーザーは誰かといえば、お客様です。そのお客様に一番近いのは誰かといえば事業部です。そこが我々から見てファーストカスタマーになるのだから、まずはそこを見て仕事をしていこうということになった。重要なことはエンドユーザーを見て仕事するということです。そして事業部のステークホルダーを巻き込んで、これをやろうとやっていくとできるようになってきます。ギャップを埋めることがメソッドでできるようになった。まずはパイロットチームでやって成功したことが重要でした。これはトップダウンでやっても上手くいかないと思います。

[藤井氏(KDDI)]企画と開発が私の配下にきたのがラッキーでした。普通の日本の会社には稟議という仕組みがあって、何かをやるときには承認を取らないといけない。1000万円分の設備投資とか、そういったことに承認が必要になります。そうすると、開発のリーダーや企画のリーダーなどから上がってくる課題を管理していくと、どうしても声の大きい人の意見が通ってしまいがちになる部分があります。

 そこで、ある程度のボリュームはチームで決めてよいとルールを決めました。この範囲内での優先度はチームで決めてよいと。ただし、やったことは報告しないといけないし宣言はしないといけないですが。

 その中でスクラム(ラグビーでスクラムを組むように、チームの共同作業を、短期的な課題を解決しながらやっていく手法)をスケールさせていくには付け焼き刃ではなく、ちゃんと学んで行くことが大事です。そこで大事なことは基本から学ぼうと、トレーナーを派遣するよりもトレーナーを育成することにしました。ある程度以上の規模になるには教育の仕組みが重要になってきます。

――会社の文化として定着させるにはどうしたらいいのでしょうか?

[藤井氏(KDDI)]まず、アジャイル開発センターというのを作りました。そして、そのセンターを会社の外の人に見てもらったのです。メディアなどにも公開して、外の人に「すごい」と言っていただけると、自分達はすごいことをやっているんだと客観的に理解できる。目に見えるものを作ることが大事だと思います。

[岩崎氏(LIXIL)]私たちはEAT(エグゼクティブアクションチーム)を作りました。そして、私たちはほかのチームメンバーの課題を取り除くためにいるのだと宣言したのです。そしてスクラムマスターがでてきて、何十チームもあるなかEATをスケールさせていかないといけない、その時に課題があるので助けてください、というコミュニケーションをする。それによってリーダー層が会社の課題が何であるのかを生で見ることができるようになった。そうした文化変革と組織変革を同時にやりました。

会議室のガラス面に障害管理ボードを設置。課題を付箋で貼ってもらうことで、EATで解決すべき課題を管理すると共に、リーダー層にも見える化をできたという

 コロナ禍になった今は、課題はJiraのカンバンボードに挙げてもらって、意思決定をする人にも見てもらってレビューしてもらっています。それによってチームメンバーのハピネスも上がっていった。

――おどろいたのですが、先ほどから何度かハピネスという言葉が出てきています。これは仕事はなにかという話だと思いますが、今までの日本の企業ですと、苦労の対価であったり、言われたことをこなすスピードだったり、オペレーションに対するエフォートという意味合いが強かったと思いますが、ハピネスみたいな基準がビジネスのなかに堂々といるところについて、教えていただけますか?

[岩崎氏(LIXIL)]私たちはハピネスとベロシティ、この2つは当たり前のように使っていますね。でもたしかにそう言われるとレアかも知れませんね。これは私の考え方ですが、やってる仕事がハッピーではない人が作ったものが、他人をハッピーにできるとは思えないですよね。チームが幸せではない時には何かがある。そこでハピネスとベロシティの2つの評価を出してもらうようにした。もちろんそこには心理的安全性を担保もする必要もありますし、ちゃんとケアも必要ですが、そうしたことをちゃんとやっていくと、今ではみんな正直に出してくれるようになったんです。

 そうするとハピネスとベロシティには相関性があることが見えてくる。そして、やっぱりハピネスが下がっているときにはなにか課題が発生しているんですよね。そうした時にはすぐに介入して、早め早めに課題を解決しておく。そうするとハピネスが戻って、ベロシティも上がってくる。小さなレベルで解決しておく方が楽だからです。

 それが何サイクルも回っていくと、チームメンバーも使い方が分かってきて、困っている時にはとりあえずハピネスを下げておけばいいんだとなって、サイクルが上手く回るようになっています。簡単にやってもらうことが大事なので、聞いているのはハピネスとベロシティ、この2つだけです。仕組みはなるべくシンプルにしています。

――外資と日本の会社でも違うと思いますが?

[藤井氏(KDDI)]私は日本と外資の両方で働いた経験がありますが、確かに文化は違うし、マネージメントスタイルも違います。ハピネス、あるいはウェルビーイングなのか、チャレンジしている状態が作れるのは企業理念なども影響しています。ジョブが明確な時には、どのチームで働いているか、ふわっとしたチームで動いている大部屋の雰囲気で働けているのかもしれない。ハピネスやベロシティで見える化はやりたいとは思っています。

[岩崎氏(LIXIL)]ROIの面では良いのは間違いないですね。

――そうなってくると会社と個人が結びつくのが大事なのでは?

[岩崎氏(LIXIL)]LIXILでは実験して学ぶということを掲げています。それをやるために必要なのがアジャイルであり、短期間で小さくやって良ければ、それをスケーリングしていくということを常に繰り返しています。

アジャイル開発は、柔軟な働き方にも対応がより容易になるとLIXILの岩崎氏

株式会社LIXIL 常務役員 Digital部門 システム開発運用統括部 リーダー 岩崎磨氏

――こうしたアジャイル開発ではフィロソフィー(哲学)が大事になってくると思いますが?

[藤井氏(KDDI)]KDDIにも会社の理念というのがあります。前職のGoogleの理念と、KDDIの理念を比較したことがあるのですが、ほとんど一緒のことを言っていました。ただ、Googleの場合には人事評価、採用条件にもその理念を使っているのに対して、日本の企業であるKDDIは採用してからその理念に染めていく、というのが大きな違いです。

 KDDIの理念は、利益は社会のために上げる。社員の物心両面を豊かにするということを掲げています。こうした理念は日本も欧米も通じるものがあります。

 実は過去にソニーの設立趣意書と比べたこともあります。それは愉快な工場をつくろうという設立趣意書でした。成功体験で、日本の企業でそれを忘れているのかもしれません。日本は“これをやるべき”みたいなのが前にきてしまう、「なぜ?」という問いを許さない雰囲気は変えていかないといけないですよね、ウェルビーイングで変えていかないといけない。

 ただ、文化的な違いはあります。例えば日本人はマスクをしていても会話できていますが、相手がサングラスをしていて相手の目が見えないと、なんか会話ができている気がしないですよね。欧米ではその逆で、マスクで口元が見えていないと会話できない。そうした文化的な多様性も意識しないと、無言で忖度してしまうことがある。

[岩崎氏(LIXIL)]日本人はやる気と根性でなんとかしてしまいます。しかし個人が頑張ると、属人化してブラックボックスになってしまい、同じ業務を何年もやっているという人が出てきてしまう。そこから脱却し、ダイバーシティだったり、女性の働き方だったり、リモートワークを実現していかないといけない。リモートワークによって自分の好きな時間を使って開発することをできるようにすれば、子供の送迎とか自由に時間を使うことが可能になる。そこから組織を変えることは重要です。

[藤井氏(KDDI)]そのとおりですね。われわれのアジャイルチームは、ほかのチームに比べて圧倒的に出社率を低く抑えられていました。結構無駄にミーティングしている時間が多いので、それを離してやることで皆の時間を有効に使うことが可能になります。

――アフターコロナは不可逆な変化。新しい働き方のコミュニケーションが必要でしょう。ウォーターフォールでやっていたチームはまだ出社して集まっています。

[岩崎氏(LIXIL)]われわれのデジタルチームはわずか2~3%の出社率でした。Jiraのチケットで仕事をするという文化に踏み出していたからです。チケットがなければ会議室が埋まって、会議が開けないなんてことが起きていたでしょう。もちろん、一度に集まることも重要なので、集まるべき時は皆で集まって、それ以外は会社に来なくていいよという究極のスーパーフレックスにしたのです。逆に今は社員に出社してというと「出社すると効率が悪いですよ」と言われてしまうぐらい(笑)。このことは今後ハイブリッドワークにしていく上でチャレンジになりそうですが(笑)。

――アジャイルではクリティカルな同期ポイントは設定しておくのは大事ですね。組織でアジャイルを取り入れると、個人の評価とインセンティブが重要になると思います。

[岩崎氏(LIXIL)]アジャイルを入れる上でそれはしっかり入れていかないといけないので、人事制度も並行して手を加えました。一般的な大企業では昇進して偉くなるのがプロセスですが、デジタル部門はエキスパート集団なので、年齢、性別関係なく同じ尺度である「技術」で評価しています。それでプロダクトオーナーなどを作っていったのですが、そうしたロールでどう評価するかなどを決めていきました。

 とはいえ、一度に年功序列の壁を越えるのは難しいので、全員が平等にチャレンジできるように、ダイレクションをしていき、エキスパートになれば待遇が変わるということを明確にしてモチベーションを高めていったのです。

 社員には上司を見て仕事をしないでくれと言っています。将来的にはもう一歩踏み込んで、エンドユーザーが評価する仕組みにしようと思っています。例えばカスタマーサーベイによる評価とか、チーム全体の評価で決まっていくようにしたい。そうすると、助け合った方が得だからという仕組みにする方が早い。アジャイルとは、マーケットの変化に合わせて迅速に変わっていくことですし、やれるプランを作り、できる人に参加してもらうということです。

[藤井氏(KDDI)]KDDIでも同じように、「KDDI版ジョブ型人事」と呼ばれるジョブ型の人事を導入しています。これだけ図体が大きな会社なので、すべてが1つとはいかないですが、アジャイル開発に関わる人にはできるだけそれを適用していきたい。ただし、外資のようにジョブ型で採用市場から採用するということはやらない方がいいと考えています。ジョブ型ではない部署もあるし、社内で異動もある。今の時代は社会全体が成長している時代のスタイルとは異なり、自己成長を考えながら会社を運営していかないといけない時代ですね。

――新しい考え方、マインドチェンジが重要ですね。今までの従業員との関係をどうしていくのかも課題です。

[岩崎氏(LIXIL)]職制が上の方に共通しているのは、業務を知っていて、しっかりやれる能力です。そういう人が部長になったりしています。LIXILではプロダクトオーナーとか、リーダーシップをとるようなポジションに転換しています。新しい知見を得れば、そういう人にも優先してスクラムの研修トレーニングを受けてもらっています。そうした人が、結果的に大きなサポーターになっている。100対0の世界ではないですが、変革のドライバーに変えていくことが大事で、切り捨てはよくない。

[藤井氏(KDDI)]リーダー層は危機感を持っていて、それに反対する人はいません。GAFAはなぜあんなに迅速に動けるのかという危機感は常にあるわけです。中間になってフラットになって飛ばされる人、そこにどういう役割を与えるのか。頭ごなしに「無駄です」と言ってしまうのはよくない。ほかのところで活躍できるようにしていくことが大事です。

 また、結果が出るまで時間がかかる場合には、どう耐えさせるのかを注意してきました。成功したプロジェクトがある、従業員がハッピーになっていると、納得してもらうことが大事です。

――アジャイル、自然な形になっていますね。しかし大企業の場合には、全体でやるべきかとか、オペレーションすべてでやっていくべきとかさまざまな議論がありますが。

[岩崎氏(LIXIL)]コロナによって生活の仕方も大きく変わってきています。そうしたデマンドの変化や、あるいは部材の調達などで製品が作れないといった環境の変化にも振り回されています。そうしたことに対して柔軟でいられるように、巨大な戦艦になって身動きが取れなくなってはいけないです。アジャイルとスクラムをデジタルチームだけでなく、人事や営業などにも広げています。顧客に接する部門は既にアジャイルになっています。

[藤井氏(KDDI)]例えば商品企画とSIでは種類が違います。製品を出したときがゴールになってはいけない。通信キャリアのように、毎月毎月料金を頂くサブスクリプションなどさまざまな形態のビジネスがある。必要な時にはアジャイルのスタイルで経営すべきですが、やる人がやりたくないのにアジャイルにしろといっても失敗してしまう。そこは確認しながら進めていくことが大切です。

――最後に今後の展望をお聞かせください。

[岩崎氏(LIXIL)]製造業の大企業としてデジタルを入れ始めていますが、直接的な利益や顧客のハピネスまではまだ至っておらず、発展途上です。しかし、取り組みを始めたことで大きな変化が起きています。共通のゴールを可視化して、みんなで取り組めるようになるというカルチャーの変化が起きました。そうした自社流のアジャイル導入により、エンドユーザーバリューを出せるように、これからギアを上げていきたいです。

[藤井氏(KDDI)]アジャイルをやること自体が目的にならないように、「ビー・アジャイル」であるチームでいられるかどうかが大切です。ハピネス/ウェルビーイングという考え方の導入は今後の課題ですね。アジャイル開発を社内の商品開発に適用していくだけでなく、他社との共創にも使っていきたい。例えばJR東日本とのプロジェクトは、KDDIだけでは難しい「都市開発」というテーマに、通信と鉄道のカテゴリーから取り組んでいます。この中に、アジャイル、そしてスクラムの考え方を取り入れていきたいと思っています。